FC2ブログ

『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

さよなら三角、また来て四角・10

 オープンキッチンのガラス越しに調理中のシェフを見ながら、菜の花とベーコンのパスタを写真に収めた。白い皿に盛り付けられている菜の花の緑は春を感じる。

菜の花の独特の苦味がアクセントになり、店長の志村が絶品ですよと勧めてくれたベーコンの凝縮された旨味もしっかりと感じられる。その味に感動しながらも、久木原は貪欲に全てを吸収しようとスタッフの動きや客の反応にも注意を払った。

サラダとパスタを堪能しグラスワイン一杯を楽しんだ久木原は、これから支払う金額に見合っただけの成果を得たいと必死だった。

シェフの表情は生き生きしているし、スタッフは笑顔を絶やさない。中でも店長の志村は目端が利く。"ちょうど"の頃合を見計らってデザートやドリンク類の追加を勧めたり、食事が終わり席を立った客にも気配りを忘れない。

皿も空になり、そろそろ、と考えていると「いらっしゃいませ」の声掛けもないのになぜか入り口付近がざわつく気配を感じた。何事が起きたのかと久木原は振り返った。

「あっ」

『S-five』の橋本だ。

七分袖の白いTシャツに紫色のジレ。腰に黒いギャルソンエプロンを巻いた橋本圭介が、客に軽く会釈しながら店に入ってきたのだ。橋本はレジカウンターに入りパソコンを操作し始めた。その姿に周囲の視線は集中している。

橋本は志村に何か話し掛けていた。2人は仲が良さそうだ。それを見て、久木原は立ち上がるタイミングを失ってしまった。

橋本はここで食事をしている久木原を何と思うだろうか。

偵察に来たと思うだろうか。おこがましくも『S-five』をライバルと思っていると勘違いはすまいか。それでも橋本と志村から目が離せない。だが、それはここにいる客全てがそうなのだと思う。

後ろのテーブル席の女性たちは彼らを見て小さく「キャア!」と嬉しそうな声を上げたし、隣の女性は食べるのも忘れて橋本を凝視している。

彼らはそういう熱い視線には慣れているのか、全く気にもしていないようで話を続けていた。

話しながらパソコンを弄っていた橋本がふと顔を上げた。そして何気なく店内を見回す。久木原があっ、と思った時には視線が合ってしまった。久木原を見つけた橋本はクスッと笑うと、志村に手招きする。志村が橋本に近寄ると、何事か耳打ちしている。志村は何度か頷き、久木原の方を見た。

志村がニコリとして久木原の方へ歩いてくる。

「お客さま」

「はい」

「橋本が奥のスタッフルームへお越し頂きたいと申しておりますが」

「は、はい」

志村の後に付いてスタッフオンリーの札が下がっているドアから中に入った。


 スタッフルームに入ると、志村は椅子を勧めた。

「ありがとうございます」

橋本は2人の後から入って来た。

「晩飯?」

「あ、はい」

「美味かった?」

「はい。美味しかったです」

その答えに満足したのか、橋本は「ありがとう」と礼を言った。

「しーちゃん、俺も食う」

今の橋本は《ケサランパサラン》にいる時の橋本ではない。服装がスーツからカジュアルな物に変わっているとはいえ、ずいぶんと甘えた声だ。

「店長の分はないです」

「なんで!?」

「あのパスタは限定ですもん。限定品をスタッフが食べるなんて聞いた事ないですよ。それに今日の予定数は出ちゃいました」

「しーちゃん」と呼ばれた志村は、橋本にちょっと意地の悪い言い方をした。久木原は「志村」だから「しーちゃん」なのか、と納得しながら2人の小気味良い会話を聞いている。

まるで卓球のラリーが続いているようなパンパンパンと調子良く進む会話に羨望しながら。

「まかないは?」

「店長の分までないでーす」

「何でもいいから」

「マジで我が儘」

橋本はこの会社の専務で志村は店長だ。2人の力関係は明らかなのだが、志村は遠慮なく言い返している。それに驚きながらも、久木原は2人の関係を羨んでいた。

志村は橋本を睨むと、「ふん」と鼻を鳴らしてスタッフルームから出て行った。

「可愛いだろう?あの子」

「ええ。っていうか、ここのスタッフさん、全員イケメンで驚きました」

「そう?見慣れた」

それは毎日自分の顔を鏡で見ているからだろう、と久木原はツッコミを入れたくなる。

「そうですか」

橋本はスタッフ用のコーヒーをカップに注いで久木原の前に置いた。そして自分は、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出してプシュと開ける。

「どうだった?ここ」

「スタッフが生き生きとしてて、驚きました」

自分の店の活気のなさを痛感した。自分では大きな声で「いらっしゃいませ」と言っていたつもりだったが音量だけだ。規定どおりに「いらっしゃいませ」を言い「ありがとうございました」と言う。そこに「また来て欲しい」という気持ちは籠もっていなかったような気がした。

「漸く、自分の店を自分で何とかしようと思ったみたいだね」

「・・・はい」

橋本には、久木原が『S-five』の店を訪れるとわかっていたかのような口振りだ。

「そのつもりでここに来たんだろ?」

「はい」

「よく一年もったよね、あの店。頑張った方じゃないの?」

「・・・ですよね」

「まだ、やる気、あるの?」

「あります」

久木原は力強く答えた。ここまできたのだから後戻りは出来ない。

「閉店は何時なの?」

「19時です」

「明日から17時に閉めろ」

「えっ?」

「その時間に毎日来店してくれる常連がいる?」

「いいえ。そんな人がいたら苦労はしません」

橋本はクスッと笑った。

「じゃあ、閉めろ。一時的にうちでバイトしろよ」

「はい?」

「客も来ないのに店を開けてどうすんだよ?ちゃんとバイト代は払うから、研修と思えばいいだろ?ただし」

「ただし」

「時給は研修生と同じだからな。《325》でもいい、上の《トリスタン》でもいい。《イゾルデ》は面倒臭いヤツが店長だから止めておけ。バーでもよければ《SUZAKU》だな」

橋本の申し出は願ったり叶ったりだ。"研修"として学ばせてもらいながらバイト代も頂けるなら、支払いと生活費の足しになる。

「本当に良いんですか?」

「ああ。俺、一応専務なの。しーちゃんには"なんも専務"って呼ばれてるけど」

久木原は立ち上がった。

「お願いします!頑張りますから!」

「そう?じゃあ、今日から早速《SUZAKU》を手伝ってよ。今から送別会の二次会が入ってるから」

「えっ?今から、ですか?」

「ああ」

橋本は手に持っていた缶ビールを飲み干すと立ち上がった。そして「決まり!」と言うと久木原が手を付けていないコーヒーカップをシンクに運ぶ。

「行くぞ」

「えっ」

あまりの展開の早さに呆然としていると、橋本は久木原の手首を掴んだ。そして厨房に顔を突っ込んで志村の姿を捜す。

「しーちゃんは?」

「店長はホール出てます」

そう聞くと、橋本はドアの横の棚に置いてあったクリーニングから戻ってきたと思われるエプロンを掴んだ。

「じゃあ、しーちゃんに飯は持ってきてくれって伝えて!それとエプロン、借りまーす!行くぞ」

橋本はスッと気配を消した。「消した」とはいえ、橋本が店に出れば視線が集まってくる。久木原を引っ張りながら店を突っ切っていく姿を女性客の視線が追ってくる。その視線をこそばゆく思いながら、久木原は俯いた。

明るい照明の下で橋本と比べられていると思ったら、恥ずかしくて堪らなくなったのだ。

*****

不定期更新中にもかかわらず、ご訪問ありがとうございます!

圭ちゃん、相変わらず手が早いwww

   日高千湖

ランキングに参加しております、良かったらポチッと押してやってください♪
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村  
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL・GL・TLブログ
ありがとうございました!
スポンサーサイト
プロフィール

日高千湖

Author:日高千湖
日高千湖のBL小説ブログへようこそ♪

こちらはオリジナルBL小説ブログです。BLという言葉なんて知らない、嫌悪感を抱くとおっしゃる方は回避願います。

旧ブログ『薄き袂に宿る月影』をご愛顧頂きました皆さまには、ご迷惑をお掛けしております。

旧ブログ内で公開しておりました作品につきましては順次こちらでも公開して参ります。また、旧ブログで公開中の作品は今のところそのまま残しておりますが、こちらへは改稿した上でUP致します。こちらへ移転後は旧ブログでの公開は見合わせたいと思いますのでご了承下さいませ。

左上の【Sitemap】をクリックして頂きますと過去3ヶ月の更新記事がお読みになれます。お久しぶりの方、読み逃がした方はこちらが便利です♪

サイトマップ代わりに【目次と登場人物紹介】というカテゴリを作成しましたので、そちらをご利用下さい。

★拙作ではございますが、著作権は放棄しておりません。お持ち帰りはご遠慮願います。

★大変お手数ではございますが、リンクをご希望の方はコメント欄にてお知らせ頂けると嬉しいです♪よろしくお願い致します。


ランキングに参加しております。良かったら押してやって下さい!
  ↓

にほんブログ村


ありがとうございました!

★尚、拍手コメントくださいました方へのお返事は、コメントを頂いた記事のコメント欄にて書かせて頂いております。ご確認下さいませ★

では、ごゆっくりどうぞ♪

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
リンク
QRコード
QR
フリーエリア