『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

T・6

 駐車場に待機していた車は黒いセダンだった。運転席には他の男が座ってエンジンを掛けて待っていた。河野たちが乗った車が到着すると、男は無言で車に向って深々と頭を下げた。そして大川に運転席を譲ると敬冶たちが乗っていたワンボックスカーに乗って、猛スピードで去って行く。

助手席に槌屋が座り、敬冶は後部座席の真ん中に河野と飯坂に挟まれた形で座らせられた。

「狭いよ」

「我慢しろ」

「だって」

「すぐに着くから、我慢しろ」

「・・・」

特に狭いとは感じなかった。隣の飯坂は槌屋のように大柄ではなく、敬冶は痩せている。5人乗りのセダンだが、男2人の真ん中に挟まれて座っても「狭い」とは感じないくらい車内は広かった。それでも「狭い」と文句を言ったのは、河野が見せた優しい笑みをもう一度見てみたかったから。

河野は機嫌を損ねたのか、微笑みはしなかった。敬冶に目もくれずに、「悪いな」と言うと窓の外ばかりを見ている。それが悔しくて、敬冶は唇を噛んだ。


「どうして警備員のおじちゃんたちは追って来なかったの?」

「追って来られない」

「どうして?」

「俺が外から遠隔操作してました」と、飯坂が足元に置いたノートパソコンを指差した。すると、河野が外を見たままで言った。

「飯坂はハッカーだ」

「ハッカー?」

「知らないか?コンピューターの専門家だよ。彼はプロ中のプロだ。他国からのサイバー攻撃に備えて政府が招聘したくらいの腕前だ」

河野の口調は少し自慢げだ。彼は、飯坂が自分の部下である事を誇りに思っているようだ、と敬冶は感じた。

「へえ・・・よくわからないな。ねえ、パソコンでそんな事が出来るの?」

「簡単ですよ。ちょちょいと細工して、あの店の監視カメラを操作しましたから、若や槌屋さんの顔は録画されていませんし、警備員たちにはあのドアのロックを解除出来ませんから、追う事も出来ません」

「わかんない。どうして解除出来ないの?」

「パスワードを変えましたから」

「じゃあ、どうして部屋の防犯カメラを壊したの?壊さなくても良かったんじゃないの?ちょちょいとやれば良かったのに」

敬冶に突っ込まれて、飯坂は苦笑いした。

「あれはタイミングってヤツです」

「タイミング?」

「ええ。若たちがいつあなたの部屋に入れるかわからないでしょう?もし俺の操作が早ければ、全てに支障が出てきますからね。俺はタイミングを見計らって《SWAN》の出入り口のロックを解除したり、監視カメラの録画機能を壊したりしなければならなかったんです。あそこの監視カメラって10人体制で監視してるんですよ。だから、あれだけは若たちのタイミングで壊してもらいました」

「へえ・・・」

飯坂の話しはよくわからなかったが、詳しく聞いても理解出来そうにないから敬冶はわかったフリをした。それも彼が編み出した処世術だ。

「今頃、もっと大騒ぎになっていますよ」

飯坂はニカッと笑った。彼はヤクザと言うよりも、一般人にしか見えない。河野と槌屋はカジュアルな服装でもカチッとした感じが消えないが、飯坂にはフード付きのトレーナーとジーンズがピッタリだ。大学生というのはこういう感じなのだろうか、と敬冶は飯坂の顔をジッと見る。

飯坂は、敬冶の黒くて美しい瞳に見詰められて頬を赤くした。

「僕が誘拐されたから?」

「ええ、それもありますけど。時限付きのウィルスを仕掛けましたから、あなたを追うどころの騒ぎではないでしょう」

飯坂は楽しそうにノートパソコンの画面を開いて敬冶に見せた。

「ほら」

敬冶の居た部屋の前では、数人がドアを蹴破ろうと体当たりしている。敬冶の部屋では、閉じ込められた支配人たちが苦しそうな格好で粘着テープを剥がそうと必死になってもがいている。敬冶たちを逃がしてしまった警備員たちは、地下駐車場で右往左往していた。駐車場に停車している車の盗難防止システムが一斉に作動し、プァンプァン、ビービーと機械音を響かせているのだ。エレベーターは停止し、中に閉じ込められてしまったスタッフが助けを求めていたり、非常口や店の出入り口のドアを2、3人で引っ張ったり、押したり、叩いたり。

画面の中に次々に映し出される滑稽な人々を見て、敬冶は声を立てて笑った。

「あははっ、あっ!この人、見て!」

敬冶は画面を指差しながら河野の袖を引いたが、河野は敬冶には目もくれない。先程よりも機嫌が悪くなったのは間違いない。河野は飯坂を睨むと、低い声でボソリと注意した。

「飯坂、いい加減にしないか。余り恨みを買うのも良くねえだろ?その辺にしておけ」

「すみません」

飯坂はペロリと舌を出すとパソコンのキーを弄り始めた。カシャカシャと目にも留まらぬ速さでキーを操作して、自慢げに微笑むと「終わりました」と河野に報告した。

「痕跡は残すな」

「大丈夫です。絶対に若には辿り着きませんよ。3ヶ国経由して最終的には政府が今一番気に掛けてる北に行き当たるように仕組みましたから」

「そうか」

河野が急に機嫌が悪くなった理由はわからない。だが、敬冶は河野の気を惹きたくなった。

「よくわかんなかった。ちゃんと教えてよ」

飯坂の身体を肘で突いてそう言うと、飯坂も河野に合わせるように声を低くして笑みを殺した。

「わからなくてもいいんだよ、君は」

「でも!」

「黙ってろ」

河野は敬冶を無視するかのように、敬冶に袖を捉まれている腕を引いた。敬冶の指先からポスッと河野の袖が抜ける。それが気に入らない敬冶は、「いつまでこの窮屈な車に乗ってなきゃならないの?いつになったら着くの?」と不満をぶちまけた。だが、河野も飯坂の返事はしない。前に乗っている2人も同じだ。

「ねえ!どこに行くの?」

足をバタバタさせて言ってみても、4人は答えない。

「・・・」

河野は敬冶から目を背けたままだ。飯坂も槌屋も、先程とは打って変わって穏やかな運転をする大川も黙ったままだ。

面白くない敬冶は窓に目を向けたが、黒いシートが貼られた窓から見えるのは街のネオンくらいで風景などは見えない。彼らが自分を無視しているとしか思えなかった敬冶は、自分の太腿を河野の太腿にぶつけてもう一度聞いた。

「ねえ!僕をどこに連れて行くの?」

「君を捜している人がいる」

「僕を、捜してる?誰?母さん?それとも・・・父さん!?」


母が捜すはずがない。敬冶を捨てたのは母親だ。敬冶がどこにいようと関係ないだろう。8年間、母が敬冶に会いに来た事は一度もなかった。

ましてや父親の顔など見た事もない。父の写真すら、母は持っていなかったのだ。母に「父親はどこの誰だ」と問い詰めた時に、嫌と言うほど殴られた。だから、それ以来自分には「父」と呼べる存在はいないのだろうと思う事にした。

「父」がいないから学校にも行けないのだ、と納得するしかなかった。

父親が捜してくれていたのかもしれない。ヤクザの「若」と呼ばれる人を使って捜索出来る程の力を持った人が父親ならば、自分が夢見ていた『王子さま』もあながち空想とは言えなくなったと、敬冶は嬉しくなって河野の腕を掴んだ。


 こちらを見た河野の瞳が優しかった。部屋に入ってきた時はメガネを掛けていたが、今はメガネもない。温かな眼差しに射られて、敬冶の胸の奥に残っていた純な成分が噴出してくる。

・・・うわっ。カッコいい。

「母さんでも父さんでもない。捜しているのは君のおじいさまだ」

「おじいさま?おじいさま・・・?いたんだ、そんな人」

飯坂が「そりゃいるさ」と小声で呟いた。

「そう、君のおじいさんだ」

「おじいさん、いたの?そんな人、いるとか、母さんにも聞いてない」

「そうだろうな」

「ふうん」

河野はこれ以上は語る気はないらしい。彼の視線は再び窓に向う。それが悔しくて、敬冶は河野の二の腕を掴んで聞いた。

「おじいさまって、どんな人?ねえ、もしかして僕を落籍させたの?」

「だったらこんな大騒動はやらなくてもいいんじゃねえのか?とにかく、行けばわかる」

「教えてくれたっていいじゃない?」

「行けばわかる」

同じ言葉を繰り返す河野の腕を両腕で掴んで左右に揺さぶりながら、「ねえ」と甘えた声を出してみたが河野の態度は変わらない。

「じゃあ、今まで僕の事を捜してくれなかったのに、どうして急に?」

「おじいさんから聞け」

河野はムスッとして、敬冶の手を払うかのようにして腕を組んだ。そして窓に頭を付けて目を瞑る。

 敬冶はこんなふうにオトコから邪険に扱われた事はなかった。彼は《SWAN》で最も高い値の付く男娼『T』だからだ。

彼が機嫌を損ねて、「今日は休む」と言えば通らない無理はなかった。「ビルの外に出てみたい」、等という外部との接触を願う以外は、支配人は何でも言う事を聞いてくれた。

ビルの中にいる他の少年たちには出来ないが、テレビを観たり新聞や雑誌を読んだりする事も、『T』には許されていた。それはVIPに接する事が多い『T』が、客との会話に困らないようにする為だ。テレビで観たスイーツやお菓子や物を、「欲しい」と言えば届けられるし、衣食住は保証されている。

将来的な不安はない。なぜなら、「男娼」として働けなくなっても生きてさえいれば少年たちの雑用をこなしたり、ホール係として置いてくれるからだ。歳をとれば厨房や掃除を担当するし警備員たちでさえも、以前はここで働いていた者たちだと聞いた。

『T』には毎晩のように何十万円という値が付けられて、オトコたちに抱かれてきた。だが、稼いだ金がどうなったのかは一切知らされない。もし、それが彼の手元に残っていたとしても、使うあてなどないのだけれど。

これまでチヤホヤされる事に慣れていた敬冶には、河野の態度が奇妙でしかたなかったのだ。


 河野に振り払われた手をじっと見て、悔しさが込み上げてくる。敬冶はしつこく河野の腕を掴んで、彼の身体を揺さぶった。声に更に甘さを含ませてせがんだ。

「ねえ!寝ないでよぉ。教えてよ?そうでないと、僕はおじいさんに会いに行かないからね?」

河野はそれでも無視したまま、瞑った目を開こうとはしない。それを見ている飯坂や、助手席の槌屋の方は肝を冷やしていた。河野が「話せない、話したくない」という意思を示しているのに、それに気付かずにしつこくすればいずれ怒りを買うに違いない。

「若はお疲れですから、パソコンで映画を見せてあげますよ」と、飯坂がパソコンを開く。敬冶は漸く自分の甘えた声が河野には通用しない事を悟った。

「いい」

河野から目を逸らし、飯坂の方も向けずに敬冶は口を尖らせて俯いた。そして沸いてくる怒りを、まだ見ぬ「おじいさん」に向けた。

・・・どうして今頃捜すんだよ?もう、「王子さま」でなくてもいいや。自分の好きな所に住んで、自分の好きな所に行って、自由に行動したい。知らない男に身体を好きに弄られてもいいから、自由になりたい。自由でさえあれば、男娼だって構わないさ。僕の願いはそれだけだ。


「降りるぞ」

敬冶は車の緩やかな振動に負けてうとうとしていた。河野の声で起こされた時には、車は薄暗い地下駐車場に停車していた。優しく肩を揺すられた敬冶は、河野の穏やかな声に驚く。

「起きろ」

「えっ・・・ああ、うん」

浅い眠りだったが、眠っていた事が恥ずかしくなり敬冶は目を擦った。河野は敬冶が着ているパーカーのフードを頭に被せた。

「何なの?」

いきなりだったのと、先程の河野の態度が気に入らなかった敬冶は反発した。

「いや、顔が出ないほうがいいからな」、そう言って河野はマスクも渡す。

「どうして?」

「君は自分の顔を鏡で見た事がないのか?」

「毎日見てますけど」

「じゃあ、わかるだろ?お前さんの顔は目立つんだよ」

槌屋がイライラしたように助手席から振り返って言った。河野はそれを軽く窘める。

「槌屋」

「すみません」

「ねえ!あんた、河野さんの子分なの?」

敬冶は不遜な態度で槌屋に聞いた。槌屋は河野に注意されたからか、前を向いたまま答えない。代わりに運転席の大川が振り返って答えた。

「若は『河野組』の若頭だ。若のお父上が『河野組』の組長なんだよ。槌屋さんは若の補佐をしておられるんだ」

大川の顔を見ると、敬冶が思っていたよりも若かった。彼は敬冶と同じ年頃だと思う。年齢が一番近いのは大川で、次が飯坂だと思った。槌屋と彼らは10歳くらいは歳が離れているのではないかと思う。

・・・若は何歳なんだろう。

河野に興味を持っていると悟られるのはよくない。『T』は常に高嶺の花であるべきなのだ。

「ふうん。偉いんだね」

「若」と呼ばれる理由に納得して、敬冶はマスクをするとフードを深く被った。「おいで」と、河野に優しい声で言われて嬉しかったが、敬冶は口を真一文字に結んだまま車から降りた。

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