『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・8~『Love me do』番外編

「終電、出ちゃったな」

「そうですね」

若は店の壁に掛けられていた時計を見て言った。家には帰らないと言ったのに、若が終電の時間を確認していたのが可笑しかった僕は思わずクスッと笑ってしまった。

「何が可笑しいんだよ?」

自分の矛盾点に気が付いたのか、若は少しバツが悪そうだ。

「いいえ、別に」

「面白くなーい」

「大した事じゃないんですよ」

僕はブブッと鳴ったスマホの画面を見て、家永さんからのメッセージを読んだ。若は僕が手元でスマートフォンを操作するのを見ながら、少しだけ羨ましそうだ。

家に帰ればスマホがある。そこに寄せられたメッセージや着信を見て、彼は自分がどれだけ心配を掛けているかを思い知るだろう。

『乗った?』と一言だけ書かれたメッセージを盗み見たわけではないが、若は笑った。

「家永さんからだろ?」

「ええ」

僕は返信しなかった。

「いいのか?帰らなくても」

「ええ」

「家永さん、心配してるぞ?」

からかうような言い方。

「若のおうちの人も家永さんも、『ひいらぎ』の敦子さんも心配してますよ?『蘭雅』の従業員さんがあちらこちらに『若は来ていないか』と聞いて回ってますからね。商店街は若の失踪事件で大騒ぎですよ」

「事件・・・はあっ」

深い、深い溜息。そんな事は若にもわかっているわけで、僕が今更言うような事ではないか。

「どうしてそうなるかな?」

「警察に連絡していないだけ、マシですね」

「あぁぁぁっ。俺、行方不明者かよ?」

「はい」

若はテーブルに突っ伏した。

「当たり前じゃないですか?スマホを家に置いて出て来たんでしょう?誰かに『一日だけ家出します、心配しないでくれ』と言っておけば良かったのに」

「それって家出ですか?」

「プチ家出ですね」

「航くん、それはただのサボリでしょう?」

「そうですね」

「仕事をしたくない大人の強行突破じゃないですか?」
 
「わかってるのなら」

「それ以上は言うなよ?航くんの事が嫌いになるからな」

「はい」

《ピタゴラス》にもいた。突然、店に来なくなる学生アルバイトやフリーター。現状、若も同じようなものだ。

「家永さんに俺と一緒にいる事を知らせたのか?」

「いいえ」

若は僕の目をジッと見つめた。本当の事だから、僕は目を逸らさずに彼の目を見返す。若は綺麗な顔立ちをしている。どちらかというと母親似だ。神経質そうな瞳だが、普段は愛想が良くていつも笑顔だ。

その笑顔に騙された人たちがたくさんいる、って事か。

「信じよう。家永さんは今、どこにいるの?」

若はビールのジョッキを傾けて一気に飲み干した。そして手を上げて「もう一杯!」と元気良く注文した。

「部屋にいますよ」

「連絡しなくてもいいのか?」

「後でします」

「乗り遅れた」と連絡すれば「車で迎えに来る」、と言うに決まっている。終電が駅に着く頃にメッセージを送ればそれでいい。

「若」

若は『若』と呼ばれて眉間に皺を寄せた。

「俺、そう呼ばれるのは、本当は大っ嫌いだったりするんだよね」

『大っ嫌い』を強調して言った若の目が厳しかった。

『若』は僕たちと知り合った時から『若』だった。「『蘭雅』の若旦那」以外の何者でもなかった。本当は「老舗の跡取り息子」なんかに生まれてきたくはなかったんだろうな。

苦虫を噛み潰したような渋い顔は、いつもの彼らしくない。

「若」と呼ばれて「嫌いだ」とは、今まで一度も言った事はない。だから家永さんは、青年部に加入した瞬間から他のメンバーと同じように『若』と呼び、僕や吉塚さんも『若』と呼んでいるのだ。

そうか。『若』は彼にとって生まれてきた瞬間から与えられた称号のようなもので、『若』=「福富廉慈」ではないのだ。

「じゃあ、何と呼べばいいんですか?」

「廉慈」

「廉慈さん」

『さん』を付けたのが気に食わなかったのか、彼は僕を睨んだ。年上だから『さん』付けは当然だと思うんだけど。

「廉ちゃん」

「・・・廉ちゃん」

渋々繰り返すと、ニヤッと笑う。

「廉慈」

「廉慈」

「じゃ、廉慈で」

「それはちょっと」

「どうしてだ?」

「僕は年下だし」

「廉慈、でお願いします」

彼はキッパリと言い切った。家永さんの事を「久紀さん」と呼ぶのにやっと慣れてきたのに「若」から「廉慈」とか、絶対に無理。それに、家永さんに何と言われるかわからないじゃないか。

「廉慈さんで」

若は僕を睨んでから、「若じゃないならいいか」と納得してくれた。

 
 廉慈さんは3杯目のビールを注文し、枝豆を追加した。

「一日目にして発見されるとは、情けない家出人だ」

本格的な家出をするつもりではなかったクセに。

「発見して欲しかったんでしょう?」

「・・・北海道か沖縄に行くべきだったな」

「そうですね」

最初から本気の家出ではない。明日か明後日には、何食わぬ顔で戻るつもりだったのだろう。発見が早くて残念そうだけど、嬉しそうでもある。家永さんや僕が尋ねれば、すぐに《エクート》に立ち寄った事がわかるのに足跡を残していたのだから。

これで現状が変わる事はないとわかっていたけれど、それでも離れたかったんだね。

 まるで数年前の僕を見ているような気がした。あの頃の僕とは事情は違うけれど、彼は家や店といったしがらみから離れたかったのだと思う。

3杯目のビールの半分程を飲んで、若は指先で僕を手招きした。僕が少しだけ前に身体を屈めると、若は声を落として言った。

「俺さ、誰にも言ってないんだけど、実は・・・バイセクシャルなんだ」

「・・・へえ」

「どちらかと言えば、オトコの方が好きかも」

「僕は誰にも言いませんから」

「家永さんと航くんの事は最初から、カップルじゃないかと思ってたんだよな。家永さんにカミングアウトされた時は驚いたフリをしたけどね」

「そうですか」

だからすんなりと青年部の人たちにも、僕らの関係が受け入れられたのかな?若は青年部の中心的存在で、発言力も大きい。

「大学生の時にさ、興味本位で。彼女がいる時もあったし、それがオトコだった事もあった」

「ふうん」

「反応、薄過ぎませんか?」

「そうですか?」

「はい」

「僕が家永さんとお付き合いしてるの、軽蔑しますか?」

「しないよ」

「ありがとうございます」

「いいえ」

少し酔っている若はヘニャッと笑って敬礼した。

「廉慈さんは、僕が秀藤学院に通っていたの、ご存知ですよね?」

「・・・まあ、一応」

「僕、落ちこぼれだったんです」

「俺は賢い人だと思うよ」

「ありがとうございます」

福富廉慈さんは心の広い人だ。

*****

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