『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

T・49

「若、今夜はどこでおやすみになりますか?離れに布団を敷きましょうか?」

「どうして離れなんだよ?俺は本宅の自分の部屋で寝る。飯坂、お前こそどうする?お前も俺の部屋に泊まるか?」

「いいえ、私は事務所に戻ります。ファイナンスの方は明日も開いてますからね。槌屋補佐がお戻りになるまでは、俺がいないと」

「そうか。槌屋がいないとお前に負担が掛かり過ぎるな。悪い」

「いえ、それが私の仕事ですから」

そう言いながらも、飯坂は小さな期待を抱いていた。河野が「今夜はここに泊まれ」と言うのではないかと、淡い思いを消せないでいた。

「明日は迎えはいいから。こっちのもんに送ってもらうよ」

「はい、わかりました。では護衛は置いて行きますから」

「いや、それは危ないな。2人はお前が連れて行け」

「はい。ありがとうございます」


 河野の小さな気遣いだったが、今はそれが辛い。飯坂は、河野と知り合って転がり込むようにして事務所に居ついた。コンピュータの知識とハッキングの腕を買われて、今では河野にとってなくてはならない者であると周囲も認識しているし、飯坂も自負している。

 これまでも河野の目を惹こうとする者は、男女に関係なく何人もいた。河野も気紛れにそれらの誘いに乗る事がある。だが、それはあくまでも「気紛れ」であって、一度きりの関係で終わる事もあれば、数回、数ヶ月続く事もあった。

だが飯坂だけは違った。いつも傍にいる手軽さがあるのかもしれないが、河野が自分に飽きたとは思えない。身体で縛られているとも思わない。どちらかというと、自分の腕を人質にして河野に捨てられまいとしているのは自分の方だと、飯坂は卑屈な気持ちになる。

河野が加々見敬治に惹かれているのはわかっていたが、今まで敬治は手の届かない場所にいた。それで飯坂は余裕しか感じていなかったが、今は状況が一転してしまった。敬治は河野の手の内にあるのだ。

飯坂にとって「加々見敬治」は脅威でしかない。彼は河野たちの世界を根底から揺り動かそうとしていた。


 組事務所と本宅を繋ぐ長い渡り廊下の途中から、敬治と武村がいる離れへと通じる廊下が分かれている。すでに日付は変わっているが、気温はなかなか下がらない。蒸し暑さとイラ立ちから、飯坂は今すぐにでもネクタイを引き抜いて放りたい気分だった。

河野は離れの方を気にしていた。

「敬治くんの寝顔でも見てくれば?」

「はあ?俺がか?」

河野は惹かれる気持ちを隠して惚けた。河野の、シャツのボタンをいくつも開けた襟元から零れてくる生々しい色気を感じながら、飯坂はいつかこの男を手放してしまわなければならなくなる日が来るのを悔やんでいた。

「若、嬉しそうですもん」

「そんな事はないさ」

「ふふっ」

飯坂には目の前にあるT字の廊下が、2人の分かれ道のような気がしている。

「飯坂?」

さすがに飯坂の様子がおかしいと気が付いたのか、河野が探るような視線を寄越す。

「俺は、若がそのうち再婚すると思っておりましたよ。でも、まさかあんなガキにしてやられるとは思いませんでした」

「飯坂、何を言ってやがる。俺は」

「若、わかってます。あなたは加々見敬治に惹かれてる」

「飯坂」

「『好き』でしょ?『好きかも』ではなく、『好き』でしょ?自分の気持ちに気が付くのは、いつも本人が一番最後ですからね」

「・・・飯坂、お前・・・」

「俺も悔しいし、悲しいかな。もしかしたら、もう若に抱いてもらえなくなるかもしれませんからね」

飯坂の手がスッと伸びてきて、シャツの合間から指が入り込む。飯坂の指が河野の素肌に触れた。

「何を言ってるんだ、お前」

河野の手が飯坂の指を捉えた。

「俺、押し掛け女房みたいにして河野の杯を受けたけど、返すのは簡単じゃないしね」

「おい!」

「杯を返す」などという言葉を聞き、河野は面食らっていた。飯坂の指を離して、思わず一歩前に出た河野は飯坂の肩を掴んだ。

「すみません、今夜はこれで失礼します。俺も頭、冷やしたいんで」

河野の手をやんわりと外した飯坂の顔は無表情だ。河野はいつもの飯坂とは違うと気付いて、もう一度伸ばそうとした手を下ろしてしまった。

飯坂は河野をその場に残して玄関に向っていく。

「おい、こら!飯坂!」

「若、もう夜中ですよ。お静かに」

振り返って言う飯坂の顔は、いつものような柔和な表情だった。

「ふざけんな、飯坂!」

飯坂はもう一度振り向いたが、笑いながら手を上げた。

「おやすみなさい」

「・・・なんだ、あいつ」

飯坂の言い分はわかる。敬治に惹かれているのは自分でも気が付いていたが、河野も子どもではない。気持ちのままに突っ走るほどの熱量はないのだ。

それよりも今は、飯坂を失うわけにはいかないのだ。

気持ちよりも足が先に出たが、一歩進んで河野は歩みを止めた。飯坂を呼び止めて、自分の部屋に引き摺って行くのは簡単だ。だが、それでは飯坂を身体で縛り付ける事になる。

飯坂が組を離れたいと言うのなら、四の五の言わずに飯坂を自由にしてやるくらいの器量はある。だが、それは今ではない。

「俺も、頭、冷やそう」

色恋で頭を悩ませるのがバカらしくなっていた河野は、特定の恋人は不要と思っていた。飯坂をその場で見送ったが、目の端に入った離れが恨めしく思えた。


*****


「文ちゃん、寝たの?」

「起きてますよ。目が覚めましたか?」

「うん」

泣き疲れて寝てしまった敬治だったが、カサカサという紙の摺れるような音で目が覚めた。松涛の別邸の天蓋付きのベッドでもなく、葉山の別邸でもない。見たことのない純日本家屋の天井は木目が美しい。清々しい空気が漂うのは、まだ畳が青いからだ。

「ここ、どこ?」

「河野組の本部です」

「・・・そっか。そういえば、そう言ってたね」


思いがけず手に入れた『家族』だった。母・白瀬高江に捨てられ、自分には家族はもういないと思っていた敬治にとって、血縁者が現れた事は喜びだったのだ。

だが、敏治の敬治を見る眼差しにはいつも失望しかなかった。自分と父・富治と比べている「祖父」は好きではなかった。勿論、智満子「お母さま」も好きではなかった。

智満子との生活は堅苦しく、彼女との食事だけは勘弁して欲しい、と思っていた。出来れば会いたくない人だ。そんな智満子でさえも、もう会う事はないと思うと懐かしさすら覚える。

唯治は更に敬治の『家族』を広げてくれるはずだったが、彼こそが敬治を《SWAN》へと送り込んだ張本人だったのだ。


「僕、もう、別邸にも別荘にも、戻らなくていいんだよね?っていうか、戻れないよね?」

「・・・うん、ですね。でも・・・」

「でも?」

「これで良かったんじゃないかな、と思って。その・・・もしかして、別邸に戻りたいんですか?」

「戻りたいような、戻りたくないような・・・」

武村は、敬治が「戻りたい」と言った瞬間、「うへぇーっ」と言って口をへの字に曲げ顔を顰めた。別邸では見せなかった顔だ。

「複雑ですね」

「うん、複雑」

武村は敬語を使っているが、別邸にいる時のような緊張感がない。その証拠に、敬治が土産に渡したバウバウバーガーを食べながら話しをしている。ここが加々見家ならば、決して許されない行為だ。

武村の手元からフワリとソースの香りが漂ってきて、敬治は武村がパクつくハンバーガーを羨ましく思いながら溜息を吐いた。

「はあっ」

「あっ、お腹空きましたか?僕、事務所に行って何かもらって来ましょうか?大きな冷蔵庫があるんですよ」

「要らない」

しょんぼりした敬治を気の毒に思ったのか、武村はハンバーガーを置くと近くに来た。

「若もいますよ。呼んで来ましょうか?」

「・・・いい。会いたくない」

敬治は起き上がり、その場で体操座りをして膝を抱えた。膝に額を付けて、大きな溜息を吐く。

「はあっ・・・僕、どうしたらいいんだろう」

「どうしたら」と言いながらも、敬治はわかっていた。自分が、自分の居場所さえも決める事の出来ない人間なのだと。

「本宅には猫の花子がいますよ?連れてきましょうか?可愛いですよ」

「猫・・・触った事ない。怖いもん」

「・・・そっか。敬ちゃん」

「なんだよ?」

「僕が言うのもなんだけど、加々見のお屋敷にいるより、ここの方が楽しいよ。きっと」

「楽しいかもしれないけど・・・僕、『家族』がいなくなっちゃって・・・」

「寂しいの?」

「うん。だって『家族』なんだよ?もう会えなくなってしまうじゃない?」

「敬ちゃんの言う『家族』って、何?」

「・・・えっ?『家族』は家族だよ」

「お父さんがいてお母さんがいて、おじいさんがいて、おばあさんがいて、兄弟がいて。それだけ?いるだけでいいの?」

「・・・はあ?何を言ってるの?それが『家族』でしょ?」

「いるだけなら、血の繋がりなんかなくても良いんじゃないの?本当に敬ちゃんの事を大切に思ってくれて、愛してくれるのが『家族』じゃないの?僕、あんな酷い事を言って平気な顔してる『おじいさん』はいらないと思う」

武村に真顔で言われたが、敬治は釈然としない。

*****

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