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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

或いは、不埒な熱情1

「好きです!」

いきなり告白されたのは初めてだ。しかも、顔も見た事がない男・・・いや、男と言うより『少年』だ。

「はあ?」

「好きです!付き合ってください!」

俺の目の前に差し出された右手。テレビの観すぎじゃないのか?


 俺の勤務先・《イゾルデ》はいつもどおりの時間に営業を終えた。店長の黒川嘉美と共に従業員用エレベーターから降りた直後の出来事だった。

エレベーターの前の床にペタリと座り込んだ若い男。黒地に白い水玉模様の長袖シャツにダメージジーンズ、コンクリートの床に座り込んだ彼は眠そうな顔で俺たちを見上げた。

物騒な事件も多い今日この頃。なにかと人から恨まれるような事ばっかしやってる黒川に用があるに違いないと考えた俺は、「黒川店長、お疲れさまでした」と声を掛けて立ち去ろうとした。

「待って下さい!」

これは、黒川への言葉だ。

「じゃ、黒川店長。失礼します」

その場から足早に去ろうとする俺を、黒川が引き止める。

「佐井さん、あんたじゃないの?」

「はあ?」

「そうです!」

被さるように少年Aの声が地下駐車場内に響く。全く見覚えのない顔・・・誰だ?忘れているだけか、それとも・・・。

「好きです!」

「はあ?」

「好きです!付き合ってください!」

真っ直ぐに俺に向かってくる右手にナイフなどはないとわかって、ちょっと安心した。

「・・・間に合ってます」

「えっ?」

「はははっ」

笑うな、黒川。

「黒川店長、後はよろしく」

「はあ?佐井さん、話くらい聞いてやったら?」

「・・・黒川店長にオマカセします」

「待って下さい!僕は佐井寺さんに告白してるんですよ!」

眠そうだけど真剣な顔・・・冗談だろ?

「なあ、黒川。今日はエイプリルフールか?」

「確か、6月1日だな。俺の記憶が正しければ、間もなく2日になりますけど?」

「だよな」

「あ、あのっ!」

黒川がタバコに火を点けた。プンと周囲にタバコの香りが漂って、壁に凭れた黒川の立ち姿が妙に決まってるなあ、なんて感心してる場合じゃなかった。黒川のヤツ・・・高みの見物を決め込んでやがる。

「ええっと・・・君はその、オトコが好きなのか?もしかして、相手を間違えてるとか?」

タバコ片手にポーズを決めてる黒川を親指で指す。黒川は両手でバツ印を作って見せた。

「間違えてません!佐井寺一公さんっ!」

「・・・名前は合ってる」

「当たり前です!」

目の前の彼、どう見ても高校生だな。童顔って事を加味しても大学生・・・俺の守備範囲じゃない。

「悪いけど、ガキは好みじゃない」

「・・・えっ?」

意外そうな顔・・・誰か情報を与えたヤツがいるって事か?

「あれ?佐井さん、良いんですか。可愛い子が告白してくれてんのに。泣いちゃうよ?」

こいつが一枚噛んでいるのか?

「泣いたら、黒川が慰めてやれよ」

「おっ、俺で良いのか?余計に泣かせる事になるよ?」

楽しそうな声・・・この事、明日には社内に広まるな。

「知るか。未成年はお巡りさんに補導される時間だぞ。帰れ」

「明日もここに来ますから!」

少年Aの声が駐車場内でこだまする。

「迷惑だ」


 昼間はムッとするような湿気を帯びた晴天だったが、日が暮れてから雨が降り始めた。少年Aを無視して自分の車のロックを開ける。俺の背中の向こう側で、黒川の声がした。


「佐井寺さんはご機嫌斜めのようだな」

「あの、どこに住んでるか知ってますか?」

言うなよ?黒川。

「知ってるけど、教えるわけないだろ?諦めろ。佐井寺さんは頑固だから」

余計なお世話だ。


2人の会話を聞きながら俺は車に乗り込んだ。ネクタイを少し緩めて、エンジンを掛ける。エアコンの吹き出し口からはムッとするような風が吹き出て、思わず顔をしかめる。エアコンにさえも嫌われたか・・・。


俺には少年Aなんか相手にする余裕はない。

ただ今、絶賛失恋中だからな。


*****

ご訪問ありがとうございます!新連載です~よろしくお付き合い下さいませ♪

久しぶりの黒川です、いいえ違います。彼、脇役です(笑)主役を食わない程度にしますwww「いつも同じ設定ですね」なんていうご批判はご遠慮願いますwwwそれなりに凹むので~~~♪

一応、登場人物紹介をUPしましたがネタバレも面白くないので、時々書き足していきます!

★拍手コメ・ゆりさま~「待つ夜ながらの有明の月」25話のコメント欄にて、キサトアさま~「それでも君が、好き~忘らるる身を知る袖の番外編」のコメント欄にてお返事書かせて頂きました~ご確認下さいませ!

   日高千湖

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★「待つ夜ながらの有明の月」37話まで、「忘らるる身を知る袖の」13話まで更新しました!
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或いは、不埒な熱情2

 自分の部屋に帰るのは勇気がいる・・・一ヶ月前までは、あいつがいたから。


 別れた光彦の事を思い出すのが辛くて・・・その辛さに堪えるには少々の勇気がいる。女々しいと笑うなら笑えばいいさ、恋人にこっ酷くフラれてなんともないなんて人間はいやしない。多少のダメージは誰にでもあるはずだ。

つい感傷的になるからここは引っ越す予定だ。

《イゾルデ》まで歩いて3分の場所に、S-fiveの社長が持っているマンションがある。そこに引っ越せばあいつが「これが良い」と言ったハイブリッドカーも必要なくなるから売ってやる。

「やっぱり、時代はハイブリッドだね」

そう言ってあの車を勧めた光彦はもういない。燃費は良いが、公共の交通機関とタクシーで事足りる。気が付くのが遅かった・・・バカだよなあ。

マンションに空室が出たと連絡があったから、来週の休みに引っ越す予定だ。


 ジャケットを脱いでネクタイを引き抜くが、そのネクタイは1年前の誕生日プレゼントに光彦からもらった物だった。免疫を付けようなんて思って、このネクタイを選んだのが間違いだった。

光彦らしいセレクト。俺が絶対に選ばないだろうオレンジを基調にした派手な花柄。

「はあっ・・・ヤバイ」

思い出すな・・・わかってる。

ただの『物』だ・・・光彦はもういない。ここにあるのはただの『ネクタイ』なんだ。ネクタイに罪はない。そう思いながらも、忌々しい派手なネクタイをクルクルと丸めた。

俺の趣味じゃない、不要なネクタイだ。

そう思った瞬間に、光彦の笑顔が瞼に浮かび手元が狂う。

「あーーーっ!」

入らない。

丸めたはずのネクタイは静かに解けて、ゴミ箱には届かずに床に落ちた。投げたネクタイを拾ってゴミ箱に入れるという無駄な行動が、更に空しさを呼ぶ。


「・・・」

それにしても・・・最近の高校生はナニを考えているのやら。

「あの子、黒川に食われちゃったかな?」

水玉模様のシャツが似合っていた。幼さが残る真剣な眼差しは俺をからかってるわけでもなく、黒川を喜ばせているわけでもない・・・って思うんだけど。

ちょっと垂れ目の可愛らしい顔立ち・・・だから眠そうだったんだな。

いやいや・・・ベビーフェイスにはご用心だ。

「高校生かな?」

良い子は自分の部屋で大人しくお勉強でもやってりゃ良い時間だ。

「黒川に、電話してみるか?」

いや・・・そんな事をすれば、黒川になんと言ってからかわれるかわからない。

「気にするな。そうだ、気にするな」


光彦の痕跡だらけのこの部屋を出る時には、不要な物も思い出も全て捨てていこう。独り言が多くなった今日この頃。ミジメになる一方だから、さっさとシャワーを浴びて寝るのが一番だ。


 翌朝、9時45分。

従業員用のエレベーターの前で、昨日ここに座り込んでいた少年Aの事を思い出す。あれからどうしたのか、黒川に聞けばわかるかな。ちょうど降りて来た従業員用エレベーターからは、『岸屋商店』の翔太くんが降りてきた。

「佐井さん!おはようございます、毎度ありがとうございます!」

綺麗な顔立ちだ。翔太くんは明るくハキハキしてて性格も良い美形だ・・・なのに黒川の『暫定的な恋人』だと公言して憚らない。

もったいない。黒川には過ぎた恋人だ。しかも『暫定的』ってなんだよ。

「おはようございます、翔太くん。納品ですか?」

台車を押して出てくる彼の為に、『開』ボタンを押して待ってあげる。

「そうです。ありがとうございました!」

いつも元気な彼は台車を押しながら、ポロシャツの袖で汗を拭き笑顔で答える。すれ違いざまに首筋に赤い痕を見つけて黒川の顔が浮かぶ。

「そうだ!佐井さんっ!」

好奇心に湧く瞳がキラキラしてやがる。

「なんですか?」

「昨日、可愛い男の子に告白されたそうですね」

「・・・ええ、まあ。黒川店長に聞いたんですか?」

「河崎店長です」

意外な答えだ。

「・・・黒川は意外とおしゃべりですね」

「はははっ、ホント!あいつ、佐井さんの事が大好きだからなあ!」

「はあ?」

顎が外れるくらいに驚くような情報、ありがとう。

「ははっ、今のは聞かなかった事にして下さい。じゃあ!」


黒川が俺の事を『大好き』?

『岸屋商店』と大きくプリントされた緑色のポロシャツの背中を目で追いながら、首を傾げた。


「まあ、嫌われちゃいないとは思うが・・・『大好き』はないだろう」

腑に落ちないままエレベーターに乗り込んだ俺は、嫌いではない黒川のニヒルな笑みを思い出しながら《イゾルデ》の事務所のドアを開けた。


「おはようございます」

「おはようございます」

事務所には黒川が一人。

「佐井さん」

「なんだ?」

「昨日の少年の事ですけど」

「・・・早速、河崎店長に話したらしいな?」

「翔太に聞きましたか?」

「ああ」

「あの子の事、聞きたくないですか?」

「別に」

「別に、か」

楽しそうな黒川の視線を感じながら、ロッカールームにフェードアウトした俺に黒川の声が追い掛けてくる。

「あの子、今夜も来るって言ってましたよ」

「そう」


 今日の黒川は黒いスーツに紺地に青のドット柄のネクタイ。シャープな印象の彼とは反対に、俺は甘めのサーモンピンクとグレーのストライプ柄を選んで結ぶ。

黒川嘉美と俺は『同期』と言って良い。黒川が中途採用される3ヶ月前に入社した俺の方が先輩なんだが、黒川の方が先に出世した。黒川は入社してすぐに《イゾルデ》の副店長に抜擢され、俺は《イゾルデ》から《トリスタン》の副店長を経て、3ヶ月ほど前までは《花宴》の副店長を務めていた。

同じ年だし、同期だし・・・黒川とは否応なく比べられる事も多いが、気にはしてはいない。なんて言う時点で気にしてるって事か。

去年の年末から年明けに掛けて、黒川を引き抜こうとした会社があって《イゾルデ》は少々ゴタゴタした。そこで、梃入れに俺が転勤となったわけだが・・・。

意外と気を遣う黒川は、誕生日が3ヶ月ほど早くて3ヶ月程早く入社した俺に敬語を使う。仕事中は互いに敬語だが、こんな時間は普通に話せば良いものを・・・ヤツは敬語ともなんとも付かないような話し方をするから、そこが気にいらない。ヤツの方が上司なんだが。

微妙な配置換えを決断した山下店長を恨みたくもなる。「敬語は止めないか?」と言いたいが、俺はそれをなかなか口に出せないでいる。


「なあ」

机に着いて声を掛ける。

「はい?」

パソコンを弄っていた黒川が顔を上げた。

「あの子、食った?」

「はははっ、気になってましたか?」

「っていうか、未成年だろう?」

「はい」

ニヤッと笑う、黒川。唇の片方が上がり、意地悪そうな顔で言い訳を始めた。

「さっきまで、河崎店長もここにいたんですよ。ちょうど、翔太が来て河崎店長が俺から聞いた事を話して聞かせたんで」

屁理屈を捏ねるな、黒川。

「そう・・・終電に乗れたか、気になったからさ」

「俺も、すぐに帰りましたから。わかりませんよ」

「ふうん、食っちゃったかと思った」

「佐井さん」

「なんだ?」

「俺の好みじゃない」

「そう?」

知ってる。黒川はスッキリした美形がお好みだ。

「俺も好みじゃない」


嘘だ・・・ちょっと甘い雰囲気の子犬みたいな少年Aは好みだ。守備範囲ではないのは「年齢」だけ。

ああ、ダメだ・・・また、思い出した。光彦の甘い喘ぎを。


*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

黒川の引き抜きでゴタゴタの下りは、まだこちらに移しておりません。すみません!もし、お読みになりたい方はお知らせ下さい。

★拍手鍵コメ・ゆ○さま、Uさま、Sさま~「或いは、不埒な熱情」1話のコメント欄にてお返事書かせて頂きました、ご確認下さいませ!ゆ○さま、申し訳ございません!お返事を送信したつもりだったんですが、エラーになっていたみたいで、夕方まで気が付きませんでした!すみませんでした!

   日高千湖

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★「待つ夜ながらの有明の月」41話まで更新しました!

或いは、不埒な熱情3

 店の営業も終わり、黒川と一緒に戸締りと火の元を確認して事務所を出たのは23時を過ぎていた。

「戸締りはやっておきますから、お先にどうぞ」と言っても、例の少年Aの動向が気になる黒川は帰ろうとしない。俺たちは一緒にエレベーターに乗り込んで、無言のまま地下を目指した。


「佐井さん」

含みのある口調だ。

「なんですか?黒川店長」

「昨日のあの子、いると思いますか?」

興味津々だな・・・黒川がこんなに興味を示すのも珍しいな。

「いないんじゃないの」

「賭けましょうか?」

最初から俺の負けが決まっているような気がする。なんとなく、いるような気がする。

「ああ、いいよ」

「じゃ、あの子がいたら今から《SUZAKU》に付き合って下さいよ」

俺と話がしたいんだったら、事務所でそういえば良いのに・・・黒川はヘソ曲がりだからな。

「OK」

俺の返事と同時にチンと音がしてエレベーターのドアが開く。エレベーターのドアが開き始めて、僅かな隙間の向こうに人が見える。隙間が徐々に広くなって昨日の少年がいる事を確認出来た。エレベーターの到着に気が付いた少年Aがドアが開くのに合わせたようにゆっくりと顔を上げる。

膝を抱えて座り込んでいた彼の頬が綻んだ時、黒川が俺の胸を叩く。

「はい、俺の勝ちね」

ククッと笑いながら、黒川は先にエレベーターを降りた。

「佐井寺さんっ!」

コンクリートの床に座り込んでいた少年Aは俺を見て笑顔で立ち上がる。昨日のやり取りなど覚えていないかのような態度。今日も、昨日と同じ服装・・・家に帰っていないのか?

「あのっ!」

勢いよく立ち上がり過ぎたのか、前にのめり込むようにして俺に向かってくる。

「もう11時過ぎてるぞ。家に帰りなさい」

嬉しそうだった瞳が途端に色を失う。家出少年には関われない。

「あの」

「高校生はおうちでお勉強でもしてな」

彼の返事を聞くまでもなく、俺は彼に背を向けた。少年Aの切羽詰まったような声が聞こえた。

「高校生じゃありません!」

だいたい、俺と話すくらいの事でなんでこんなに一生懸命になってるんだ?

「僕は高校生じゃありません!佐井寺さんっ!話を聞いてください!」

立ち止まって、振り向く事なく言った。

「悪いが、聞く気はないよ。帰れ」

「明日も来ます!」

「勝手にしろ」

階段の昇降口で、黒川が面白そうに俺たちのやり取りを見ていた。俺の後ろを指差して、「良いんですか?」と聞く。

「悪いんですか?初めて会ったんですよ」

「今日で、二度目だ」

また、屁理屈を捏ねる。俺は先に立って階段を上り始めたが、黒川は少し遅れて付いて来る。

「名前も知らないんだぞ」

「聞けば良いでしょう?」

「聞く気はない」

「しょんぼりして、可哀想に」

「ははっ、黒川の口から『可哀想に』だと?」

「俺って、本当は優しいんだよ」

「知らなかったなあ!」

ざっくばらんに話を始めた黒川に少し満足して、俺は《SUZAKU》のドアを開けた。


 「いらっしゃいませ!」と元気の良い声が響き、その声につられたように客の視線が俺たちに集中する。顔見知りの客に頭を下げながら、悠々と進む黒川の一歩後ろを歩く。ピンと背筋を伸ばしたその姿に、周囲の女性客の間から溜息のようなものが漏れる。

「黒川さん、お久し振り」と、声を掛けられて黒川が立ち止まった。俺は声を掛けた女性に軽く会釈して、黒川を追い抜いた。

「いらっしゃい」

カウンターから店長の橋本圭介が声を掛ける。カウンターは珍しく誰も座っていなかった。

「お疲れさまです」

「お疲れ・・・珍しいね。黒川と2人で来るなんて」

話しながらおしぼりと灰皿を準備して、橋本店長の綺麗な手が伸びてくる。

「賭けに負けたんで」

そういえば、入社以来黒川と2人で飲むなんて初めてだな。

黒川の事は嫌いではない。同じ年で、同時期に中途入社して、周囲は2人を『ライバル』と思ってて・・・なんとなく疎遠になってしまったのは認める。

「へえ!佐井ちゃんと黒川の組み合わせは初めてじゃないか?」

「多分、初めてです」

橋本店長は可笑しそうに首を竦めた。冷たい印象を与えるくらい綺麗に整った端正な顔立ちの彼が、そんな表情をすると可愛らしいから不思議だ。

「そうだ!佐井ちゃんには用があったんだ」

「なんですか?」

「マンションの件」

『滝山不動産』の役員も務める彼が、今回の引越し先のマンションを探してくれた。S-fiveの社長・滝山信吾は自分が所有するマンションや賃貸ビル、駐車場を管理する為に『滝山不動産』を経営している。社宅扱いにしてくれるから家賃も格安で借りられるとあって、従業員やアルバイト店員も『滝山不動産』で契約する者が多い。

「ああ、そうでした。『不動産』の女性から明日契約書を持って来ると電話がありましたが」

「部屋のクリーニングと壁のクロス替えで1週間は掛かるから、佐井ちゃんの休みの日に入居出来そうにないんだ」

「ええっ!困ったなあ・・・引越し業者の予約も済んでるんですけど」

「ごめん!キャンセル料とか発生したらこっちで払うよ。それと今の部屋の延長分は要らないよ。こっちの連絡ミスだし。それと、工務店が壁のクロスを選んで欲しいって言ってんだけど、どうする?」

「なんでも良いですから、早く引越ししたいんですよね。クロスなんて替えなくても良いんですが」

黒川が隣に座った。

「花柄なんてどう?」

笑いながら花柄を勧める黒川に橋本店長が同調する。

「はははっ、俺が選んでやろうか?乙女チックな花柄」

「結構です。シンプルな無地でお願いします」

「わかった。適当にやっとく」

「花柄はマジで止めてくださいよ」

「考えとく・・・ところで!佐井ちゃん、美少年に告白されたらしいな?」

出たよ・・・。

隣に座った黒川が、「バッサリと返り討ち」と可笑しそうに答える。

「どんな子?」

「可愛い子でしたよ。ちょっと垂れ目で、マルチーズみたいで。まだ駐車場にいるんじゃないかな」

「マジ?俺、見てくる!」

橋本店長は俺たちの注文も取らずに、事務所に消えた。

「いるわけないだろう?」

「わかんないよ?いたら、佐井さんの奢りね」

「・・・ああ」


どうしてこんなに俺の事に関わりたがるのかと、半ば呆れながら橋本店長が消えたドアを見つめた。


*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ♪

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或いは、不埒な熱情4

 しばらくして戻ってきた橋本店長は、「駐車場にはもういなかったよ」と少々ガッカリした顔をして見せた。

「終電がなくなるから帰ったんでしょう」

「かもね」

「いなかったよ」という言葉に、少しだけホッとしながら少年Aの縋るような眼差しに興味が湧いた。頭の片隅で、「明日も来るかな?」なんて考えている俺がいた。


 《SUZAKU》にしては静かな夜。客も少なく、俺たちが座った後もカウンターは埋まらなかった。


「今日は少ないね」

「ああ、今日はテンちゃんの誕生日なんだ」

去年まで《SUZAKU》で働いていたバーテンダーのテンちゃんが《有明の月》の店長となり初めての誕生日だから、ここの常連たちもお祝いに行ったらしい。

「それで《有明の月》にみんな行ってるんですか?」

「そう。だからテルも来ないし」

つまらなそうにタバコに火を点けた橋本店長。

「あれ?禁煙は?」

「聞くな、佐井ちゃん」

バツが悪そうな橋本店長、それを見て黒川が隣でククッと笑う。

「だってさあ!みんなここで吸うだろう?ついさ・・・」

少しは反省しているらしい。

「《イゾルデ》みたいなお上品な店なら『店内禁煙』でも通用するけど、ここは無理」

「まあ、そうですけど」

長い指がメンソール入りのタバコを弄ぶように動き、灰皿に灰を落とす。黒川の前にはロックグラスが、俺の前にはビールが置かれた。

「ところで、佐井さん」

黒川はグラスの中の丸い氷をカランと揺らしながら、喉に流し込む。

「なんでしょうか?」

「さっきの子ですけど」

「昨日、なにか話したんだろ?」

「まあね」

黒川はタバコに手を伸ばし、橋本店長はライターを差し出した。火を点けてもらうのかと思いきや、さすがに上司に点けさせるのは気が引けたのか、黒川の手が橋本店長の手を握りライターを取り上げる。

「あの子、佐井さんと話しがしたそうでしたよ」

「話しって・・・俺は名前も知らないんだぞ?」

「聞けば良い」

「聞けば良いったって・・・」

まあ、まともな意見ではある。

「聞いたのか?」

「いいえ。でも、明日もいますよ。きっと」

確信的な黒川の言葉に納得しながら、俺は危惧していた事を口にした。

「昨日と同じ服装だったから・・・家出少年なんじゃないかと、思ったんだけど」

「まあ、あり得るな」

手元のグラスの水滴を指で拭いながら、垂れ目の彼の顔を思い出す。

「下手に関われば、悪者扱いだろ?」

「言えてるな」

人の良さそうな瞳。「高校生ではありません」と言っていたが、大学生か?昨日も今日も日昼は汗ばむ陽気で、夏日だった。長袖シャツでは暑かったはずだ。夜間は多少気温も下がるが、同じ服装というのが腑に落ちない。

本当に家出少年か・・・いや、俺が考えてやる事ではない。

「それに・・・どうして俺の名前を知ってるんだ?」

「なに?マジで佐井ちゃんは知らない子だったのか?」

「ええ」

「でも、気になるんでしょう?」

黒川の瞳が、俺を覗き込む。まるで全てを読まれているような感じ・・・お見通しって事か。

「・・・まあ」

「突然告白したりするから警戒したんでしょ?」

「まあ・・・だな」

「子どもですからね。一番言いたい事が先に出ちゃったかな?」

恋愛指南か、お前は。

「・・・なあ、黒川」

「はい?」

「お前、そんなに面倒見が良かったっけ?」

「はははっ!」

橋本店長が堪えきれないといった感じで笑い出し、黒川はニヤニヤ笑って「佐井さんが、可愛いもんだから」と照れ隠しのように言う。

「佐井ちゃんが『可愛い』か!うん、なるほど!」

「でしょ?ほら、性格の良さそうな大型犬って感じ」

「ええっと・・・ほら、なんだっけ。ゴールデンレトリバー?あれ、あれ!」

完全にからかわれている状況に力が抜ける。ビールを一気に煽って、余計に気持ちを堅く閉じる。


 午前0時前に、客は俺たち以外いなくなった。最後の客も「今から《有明の月》に行く」と言って出て行った。

「こんな日は初めてですね」

バーテンダーのカンタくんが、ガランとした店内を見回して言った。

「俺も、《有明の月》に行きたいなあ」

「圭ちゃんは輝也に会いたいだけでしょう?」

「ははっ、バレた?」

黒川が俺を見て誘う。

「それじゃ、俺たちも圭ちゃんにお供しようか?」

「そうだな」

「じゃ、決まり!みんなで行くぞ!」

橋本店長は嬉々として「ベニ、閉めるぞ」と、声を掛ける。「はーい!」と、アルバイトのベニちゃんが看板を片付けに行き、カンタくんはレジを締め始めた。橋本店長は「黒川、カンタを手伝って。佐井ちゃんは事務所を手伝って」と俺を事務所に呼んだ。


橋本店長の後から事務所に入ると、ソファーには少年Aがちょこんと座っていた。


*****

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或いは、不埒な熱情5

 ソファーの上に足を上げ膝を抱えて頬を乗せていた少年Aの瞳がゆっくりと開く。パサッと音が聞こえそうなくらい長い睫毛が何度かパチパチと動き、口元が綻ぶ。

「君は・・・」

橋本店長が躊躇する俺を事務所の中に押し込む。

「佐井ちゃん、ここから先は任せたから!」

転寝でもしていたのか、少年Aの眠そうな瞳はさっきよりも更に眠そうになっていた。俺たちに気が付くと、慌てて足を下ろして居住まいを整える。

「はあ?」

「メンドクサイ事から逃げてりゃ、後々もっとメンドクサイ事になるってわかってんの?」

「そんな事を言ったって!」

「これ、裏口の鍵だよ。俺たちは表から出るから、話を聞いてやれよ」

橋本店長のキーホルダーから一本のキーが外されて、俺の手に握らされた。橋本店長は他の鍵を無造作にジーンズのポケットに突っ込む。

「ちょっと待ってくださいよ!」

「未成年だし、外に放り出しておくわけにはいかないだろ?あとはよろしく!」

橋本店長はジャケットを羽織ると店の方へと身を翻した。騙されたか・・・だから「駐車場にはもういなかった」と言ったのか。駐車場もここも同じじゃないか?

「はあっ」

どうしてこう、おせっかいなんだ?2人とも前からこんな世話好きだったか?ピシャリと閉まったドアが憎たらしい。

「佐井寺さん・・・あの」

少年Aが上擦った声で話し掛けてくる。媚びるような瞳にムッとした俺は、彼に冷たい言葉を発してしまう。

「なんと言ってここに入れてもらったんだ?」

「えっ?」

「橋本店長に、なんと言ってここに入れてもらった?」

「あの・・・佐井寺さんと話がしたくて・・・その・・・従兄弟って」

「従兄弟?」

わかり易い嘘だな。俺が睨むと、少年Aは90度腰を曲げて「ごめんなさい!」と頭を下げた。

「謝るんなら、橋本店長に謝れ」

「はい」


しょんぼりと項垂れる様子が可愛らしい。そこに計算があるのかないのか、この属性のオトコは空気を敏感に感じ取って自然とそれを遣って退けるのだ。

ああ、また思い出した・・・光彦。


「座れ」

そう言うと、彼は話を聞いてもらえるとわかったらしく、頬に薔薇色の笑みを乗せて「はい!」と元気良く答えた。俺は事務所の冷蔵庫の中から缶コーヒーを2本取り出して1本を彼に渡し、彼の前に座った。俺がプルタブを引き上げると、それに続いてプシュッと音がする。

「いただきます」

「それで?話しって、なんだ?『付き合って下さい』ってのは聞かなかった事にするから」

「はい」

「はい」と言った後に、「そこが一番大事なんだけど」と小声で付け加えた。

ノンシュガーの缶コーヒーは彼にはまだ早かったか?開けたは良いものの、飲むのを躊躇しているようだ。缶を持ったままジッと缶を凝視している。

飲めないのなら、開けなけりゃ良いのに。

「ブラックコーヒーは飲めないのか?」

「いいえ・・・大丈夫です」

飲み物一つにしても気を遣わなくてはならないとは・・・。

「で?話しはなんだ?」

缶コーヒーを口に含み、微妙な顔でクッと飲み込む少年Aの口から意外な言葉が飛び出す。

「あの・・・僕の事、覚えてないんですね」

「覚えていない?」

彼との接点・・・ここ数年間分の過去を振り返っても思い当たる節はない。少なくとも『付き合って下さい』、なんて事を言われるような関係ではない、と思う。以前俺が勤めていた店に来店した事があるという程度、とか?


「僕、西谷です。西谷亮輔」

俯いたまま自己紹介した少年Aの名前は記憶の片隅にもない。

「覚えていないな、悪いね」

「そう・・・ですか」

「そもそも、俺たちは会った事があるのか?」

『ニシタニリョウスケ』・・・「ニシタニ」という苗字に引っ掛かる記憶はない。高校生にしか見えない彼と俺では、少なくとも10歳は年が離れているはずだ。

「俺の名前を、誰に聞いた?」

「前から・・・知ってました」

「知ってた?」

「覚えてないんですね」

ニシタニくんの視線が手に持った缶から動かなくなった。

「俺が君に関わったのは、いつの話だ?」

「ずっと前です」

「ずっと前って・・・どこで、だ?」

「長崎」

「長崎?」


 長崎には住んだ記憶はない。正確に言えば行った事はあるが、『住んだ』事はない。

 俺の父親は典型的な転勤族で、2~3年ごとに日本全国を転々としていた。父が長崎支社に転勤になり、母と妹は父と共に長崎市に移り住んだが、中高一貫校に通っていた俺は寮に入る事になった。進学は父が転勤する事を前提に寮がある学校を選んだわけだが・・・俺が寮に入ったのは、高校1年の時だったな。

長期の休みには父母がいる長崎に何度も行った。しかし、長崎には友人もなく家でブラブラするしかない俺は一週間も経つと飽きてしまって、何かと用事を作り寮に戻っていたな。

「長崎か・・・」

「本当に、なにも覚えていないの?」


 中高一貫の男子校の寮で覚えたのはオトコ。寮に入ってすぐに上級生に誘われて、断りきれずにヤったのは夏休みだった・・・山の上に建つ辺鄙な田舎町の学校は、娯楽もなく面白くもなく、週に一度日曜日に大きな町まで降りて行って女の子をナンパするのが生徒たちの楽しみだったが、一部の生徒の間ではオトコ同士の行為に耽る者も現れる。

初めての相手だった高校3年の先輩は、ちょうど目の前にいる少年Aのような線の細い美少年だった。彼の名前は・・・そう、確か内田さんだったな。


「待てよ・・・長崎か」

「内田さんのお兄ちゃんの家に遊びに来てたでしょう?」

「内田雄次か?」

「そう!雄次兄ちゃん」


内田さんは高校を卒業後、実家のある長崎の大学に進学した。そういえば、彼が大学に進学した年の夏休みに一度だけ彼の家に遊びに行った記憶がある。

精霊流しの夜だった。

*****

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★ここからオマケです(笑)

華恵「佐井ちゃん、お疲れさま」

佐井寺「やあ、華恵ちゃん」

華恵「あなた、《SUZAKU》の冷蔵庫の中の缶コーヒーを飲んだんですって?」

佐井寺「えっ?ああ、飲みましたよ」(すでに、後退りを開始)

華恵「そう!じゃあ、わかってるわね!?」(ジリジリと壁際に追い詰める)

佐井寺「えっ?まさか・・・」

黒川「今頃気が付いたのか?佐井さん、ご愁傷さま」

華恵「そうよ、あれベニちゃんに頼んで置いてもらってたの。いつか圭介さんがうっかり飲まないかと思って。ラッキーだったわ、ガードの堅い佐井ちゃんが飲むなんて!

佐井寺「ま、ま、待ってくれーーっ!」

華恵「お代はちゃんと払わなきゃね!華恵のコーヒーは飲み逃げ禁止よ」

こうして華恵のキスの洗礼を受けた佐井寺は、2度と缶コーヒーを飲まない事を堅く誓ったのであった。

★缶コーヒーの話が意味不明だよ!という方はこちら→華恵の夢は夜開く1・どう咲くきゃいいのよ?このワタシ!黒川嘉美の午後3時~嘉美と華恵のコーヒータイム

或いは、不埒な熱情6

 長崎の精霊流しは、大ヒット曲の物悲しい旋律とは似ても似つかない賑やかな行事だ。8月15日、初盆を迎えた家々は故人の御霊を乗せた船を海に流す。爆竹が鳴り響く中、大きな精霊船を引く人々は見物人の足元に向かって容赦なく爆竹を投げ付ける。初めて見る精霊流しがイメージとは全く違っていた事に呆然としたのを覚えている。

「精霊流しの日か?あの時に会ったのか?」

「はい!」

俺の記憶が僅かに引き出せて、ニシタニくんは顔を輝かせる。

「嘘だろ?」

10年以上前の話だぞ。

「本当です!ここ、見てください!」

ニシタニくんは自分のジーンズの裾を捲り、アキレス腱の辺りを指差して見せる。

「ここ!」

左足首の辺りに引き攣ったような痕、古い傷だ。

「火傷か?」

「はい!佐井寺さんが、お嫁に貰ってやるって」

「ちょっと待て!君は男だろう?女の子じゃあるまいし・・・それに俺が怪我させたわけじゃないよな?」

「本当に覚えてないんだ・・・」

半泣きの顔・・・しゅんとして俯いた背中。


 記憶の片隅にある精霊流しの日、内田先輩に呼ばれて家に遊びに行き、ヤったのは覚えている。

そして・・・?

ごちゃ混ぜの記憶の中をかき分けてようやく探しあてたのは、近所の家から海を目指す船の大きさと弾ける爆竹の音に驚いた事。あとは足元に投げられた爆竹と・・・誰かが泣いていた・・・小さな子ども。

「なあ、もしかして・・・泣いてた?」

「そうです!」

ニシタニくんの笑顔が炸裂した。なんて嬉しそうな笑顔・・・少年らしい無垢な表情。最近のマセたガキとは違う、純朴そうな世間慣れしていない笑顔に引き込まれる。

引き込まれて、引き潮に呼ばれたかのように光彦との記憶までもが俺の足元に押し寄せる。


「内田さんの家にいた?」

「違います。僕は隣に住んでて、精霊船を見る為に家の前にいました」

「よく覚えてるなあ」

「だって!爆竹が僕の足元に飛んできて、びっくりして」

「それで火傷したのか?」

「はい。内田さんのお兄ちゃんと佐井寺さんがそばにいて、僕が泣いてたら『大きくなったらお嫁さんにしてあげる』って、言ってくれたでしょう?」

可愛らしかったであろう幼少期・・・俺が女の子と見間違えてそう言ったのかもしれない。


「それ、無効ね」

「無効?」

「当たり前だろう?俺は、そんな事を言った記憶はないからな」

「・・・嘘吐き」

甘えたがりの子犬みたいなニシタニくんが、俯いて「嘘吐き」と再び声にした。そんな仕草の一つ一つが光彦に繋がる。

「は?もし、言ったとしてもそれは『ちちんぷいぷい』の魔女の呪文と同レベルじゃないか?」

「僕は・・・信じてたのに」

「あのなあ!例えばだ、俺が仮にもそう言ったとしてもだ、それは泣いてる君を慰めようとして言ったに違いないだろう?それに女の子だと思ってそう言ったんだよ、きっと。それを真に受けて、『嘘吐き』はないだろう?」

垂れ目の可愛らしい瞳が潤んでいる。

「冗談みたいなもんだろう?それを今頃・・・」

「すみませんでした」

ニシタニくんはフラッと立ち上がり、脇に置いていた流行のファストファッションブランドのビニール袋を抱えた。なにが入っているのかパンパンに膨れて今にも破れそうだ。

「家出して来たのか?」

「・・・あなたには、関係ないでしょう?」

急に冷たい声に変わったニシタニくん。大きな瞳に涙を浮かべ、ペコッと頭を下げるとそのまま裏口から出て行った。誰もいなくなった事務所に残された俺は、家出少年らしき『ニシタニリョウスケ』とは、これで縁が切れたと思っていた。


 翌日、出勤した俺を待っていたのは三木店長だ。黒川は「おはようございます」と顔を上げたが、すぐにパソコンとにらめっこを始めた。

「お疲れさま、佐井ちゃん」

「おはようございます、三木店長。珍しいですね」

 三木店長は以前は《トリスタン》の店長を務めていたが、今は『タチバナ』という会社の社長だ。『タチバナ』は富裕層をターゲットにしたケータリング会社で、S-fiveの子会社である。当然、彼はS-fiveの役員も兼任していて最近は忙しいのかここに顔を出すのは珍しい。

「うん!佐井ちゃんに恋の予感と聞いて、顔を見ないわけにはいかないだろ?」

満面の笑み、《有明の月》でも俺とニシタニくんの話題で盛り上がったようだな。

「恋の予感って・・・誰ですか?そんなふざけた事を言ったのは?」

どうせ橋本店長か黒川だ。パソコンから目を離さない黒川を睨むが、ヤツは視線を感じないかのように顔を上げない。

「昨日、《有明の月》に来なかったからさ」

「来なかった理由を言いなさい」、とでも言いたげな三木店長の意味深な笑み。

「あの子の事なら、もう解決しましたよ」

「解決?」

ソファーに座っていた三木店長は残念そうな顔で身を乗り出す。

「ええ、ですから、お気になさらずに」

「ふうん。結局、知り合いだったのか?あっ、これにサイン頼む」

彼のアタッシュケースから出てきたのはマンションの賃貸契約書。

「ありがとうございます」

「あの部屋はさ、テンちゃんの部屋だったんだ」

「そうなんですか?」

「彼が《有明の月》の近くのマンションに引っ越したから、ここが空いたんだ。この物件人気があるから、ラッキーだったね」

部屋は見に行ってもいない。《イゾルデ》から徒歩5分以内で、便利が良い所を探して欲しいという大雑把なリクエストだったから。

「いつ入居出来ますか?」

「テンちゃんはもう出てるんだけど、男の独り暮らしだから結構汚しててさ。信吾さんに怒られてた。クリーニングに時間が掛かるよ。クロスを張り替えないとタバコのヤニが酷いんだ」

「そうか・・・花柄は止めて下さいよ?」

「あれ?花柄で発注してるよ」

可笑しそうに三木店長が笑う。

「勘弁して下さいよ」

「ははっ、一応聞いとく」

パソコンの向こう側で黒川が笑っていた。ボールペンで賃貸契約書を埋める俺を見ていた三木店長が長い足を組み替えた。少し厚めの唇が彼に色気を添える。

「ところで」

「なんですか?」

「例の子、どうなったんだ?あっと、ここにもサインと捺印ね」

意外としつこく聞くなあ・・・。三木店長がページを捲り、契約書を読む事もなく次から次へと指示されるがままにサインと捺印を繰り返す。

「俺は全く覚えていないんですよ。もう10年以上前の話ですから」

「ふうん。という事は、知り合いだったのか?」

「知り合いなんてレベルではないですよ。家出少年じゃないかと思って・・・関わらない方が得策でしょう?もう、ここには来ませんよ」

自分で『彼はもう来ない』と言っておいてニシタニくんの弾けるような笑顔を思い出す瞬間に、期待のようなものが過ぎる。

「そうか。残念!会いたかったなあ~可愛い子。はい、これで最後だよ」

「最後」と言われてホッとしながら印鑑を押す。

「今、『滝山クリーン』の方に掃除を急いでくれるように頼んでるよ。ここの定休日には無理だけど、金曜には入居出来るようになんとかするよ」

「お願いします。シフトを変更して、金曜日に休んでも構いませんよね?黒川店長」

「どうぞ」

やっと、来週の金曜日に引越しが決まった。これで光彦との思い出が詰まった部屋ともお別れだと思うと、気分も多少上昇してくる。

「佐井ちゃんが最近元気がなかったから、黒川も心配してたんだよ。仕事に穴開けたりしないから良いけど」

「すみません」

「まっ、6年も付き合ってたんじゃダメージもデカイか」

「まあ」

おいおい、俺のキズを抉らないでくれよ。

「良かったね!可愛い恋人候補が見つかって!」

三木店長の微笑みになにも言い返せなくなってしまった。

*****

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昨日は旧ブログへもたくさんの方にご訪問頂けて嬉しかったですwwwオマケの華恵ちゃんのおかげでしょうか?早く、こちらへ移動させたいのですが・・・なかなか思うようには進みませんね。申し訳ございません!

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或いは、不埒な熱情7

「佐井ちゃんにはさ、古巣とはいえ黒川も副店長の大橋くんもいる《イゾルデ》に転勤をお願いして、本当は心苦しかったんだよね」

黒川が事務所から出て行った隙を狙ったように、三木店長は真剣な顔で「ごめん」と頭を下げた。

 店長の黒川と副店長の大橋がいるところへ、黒川と勤務年数が変わらない『俺』という存在を入れた事で軋轢が生まれるのは当然だ。あえてそれをしたのは山下店長になにか考えがあっての事だろうと、俺は思っていた。人事に不服はないが、元々『ライバル』と目されていた2人だから、なにかと気を遣う場面もある。

更には副店長の大橋の存在。大橋も先輩である俺に気を遣うに決まってる。

「佐井ちゃんなら、ここの梃入れにもなるし。2人の間で上手くやれると思ったんだ。まあ、思ったとおりだったからね。感謝してる」

「ありがとうございます。仕事ですから、気にしないで下さい」

居心地が悪いのは仕方がない。俺がいた頃とはスタッフも半分は入れ替わり、《イゾルデ》は良い意味で黒川の色に染まっていた。

「来週の定例会議で、決まるんだけど・・・。7月にオープンする《花信風》だけど店長は佐井ちゃんに、と考えてるから」

内定か。

「ありがとうございます」

「山下くんが店長をやりたいって言って準備してたんだけど、無理そうだから。佐井ちゃんにって、彼が言ってるんだ」

「そうですか」

《花信風》は一日限定3組、完全予約制。食材は山下店長と浜嶋料理長が、吟味して選び抜き契約した農家や漁師から直接買い付けるという。準備に時間が掛かりオープンは7月に延びるだろう、と話しには聞いていた。

「ありがとうございます。頑張ります」

「詳しくは山下くんと話してくれ。来週からオープンまではここと兼任になるけど、頼んだよ」

「はい」

「《花信風》は引っ越し先のマンションから歩いて10分かな?また、引越し先を探すかい?」

と、冗談を口にしながら契約書をアタッシュケースにしまった三木店長は「俺も、佐井ちゃんの可愛い子に会いたかったなあ」とこぼしながら帰っていった。


佐井ちゃんの可愛い子って、なんだよ・・・。

だが、山下店長が俺を指名してくれた事が素直に嬉しかった。きちんとした評価が下されたのだ、そう思うとつい頬が緩む。


 その日の営業も支障なく終わり、早番の黒川店長に代わり副店長の大橋と一緒に店内の最終確認をして事務所を出た。エレベーターの中には不思議な緊張感が漂う。

時間は23時を越えていた。

ソワソワした空気の原因は推して知るべし・・・少年Aがいるか、いないか。

大橋の耳にも当然入っているだろう『噂』が、エレベーターの中をおかしな空気に変えていた。大橋のワクワクしたような期待感が伝わってくる・・・なんでお前がワクワクしてんだよ?

「佐井寺さん。彼、今夜もいますかね?」

待ちきれずに大橋が聞いた。

「さあな。いないと思うよ」

「そうですか?」

いるわけがない。

チンという音がして、一拍置いてエレベーターのドアが開く。一昨日、昨日と駐車場にしゃがみ込んでいたニシタニくんだが、今夜もいるとは思えない。


いて欲しいような、いて欲しくないような・・・微妙な気分。期待した表情の大橋が、「あっ」と小さく声を上げた。


「佐井寺さん!」

嬉しそうな表情で大橋が俺を見て、背中を叩く。

「良かったですね」

「なにがだ!?」

「じゃあ、お疲れさまでした!」

ニヤニヤしながら手を上げて去っていく大橋の背中を見ながら、ニシタニくんがいた事にホッとしている・・・矛盾した感情だ。

「あの・・・」

俯きながら申し訳なさそうに言うニシタニくん。

「家には帰らなかったのか?」

「えっ・・・その・・・」

「服が同じだ」

水玉模様の長袖シャツは変わらない。シャツくらいどこででも着替えられるだろうに。

今までどこでなにをしていたやら。着ている服を指摘されて、眉を寄せ唇をキュッと噛む仕草がツボだ。

「あの」

俺を見たニシタニくんの視線がゆっくりと足元に動き、そこから動かなくなった。

「家出か?」

「まあ・・・そんな感じですけど、家出ではありません」

下を向いたまま微動だにしなくなった。

「俺が君に関わると後々困った事になるかもしれないって、わかるか?未成年」

「・・・そう、ですね」

「家に帰れ」

「帰れません」

ボトッと音がしたような気がした・・・彼の足元に大きな水玉模様が出来た。

*****

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或いは、不埒な熱情8

「ご、ごめんなさいっ」

「泣かれても困るんだよ。君は未成年だよな?なぜ長崎から出てきたんだ?」

彼の足元に出来た水玉模様がパタパタと増えた。

「でも・・・高校生じゃ、ありません」

シャツの袖で乱暴に涙を拭う。

「『でも』、じゃない。『はい』か『いいえ』だろう?」

濡れた睫毛を揺らすニシタニくんに、関わってはいけないという事は重々わかっていた。

「迷惑なんだよ。10年以上も前の戯言を真に受けて、いきなり『付き合ってくれ』なんて言われても。『はい、そうですか』って簡単に返事するか?考えてもみろよ」

「すみま、せん。わかってました」

わかっていたのなら、どうしてだ?

「今度ここに来たら、警察に連絡する事になるぞ。家出少年」

「家出、じゃない、です・・・ひっ、く」

家出ではない?

「じゃあ、どうして毎日同じ服装でここにいるんだ?君は長崎にいるはずの人間だろう?こっちの学校に進学したのか?」

「違い、ますっ、ひっく」


家出みたいなもんだけど家出ではない、じゃあなんなんだ?

ちょうどエレベーターが着きドアが開く。振り返って見ると他所の店のオーナーが降りてきた。


「佐井寺さん、こんばんは!お疲れさまです」

泣いているニシタニくんを一瞥して、俺に声を掛けてきたのは3階のバーのオーナーだ。

「こんばんは」

「どうっすか?景気は?」

泣き顔の少年と俺を交互に見て、ニヤニヤしている。

「ええ、おかげさまで。まあまあですよ」

「そうですか・・・じゃ、お疲れさま!」

「どうも」

「色男は辛いねえ」

どうも、ここでは分が悪い。バーのオーナーの姿が見えなくなってから、ニシタニくんに声を掛けた。

「来い」

意外な言葉だったのだろう。目を見開いてニシタニくんは固まった。返事を聞くまでもなく俺は自分の車に向かった。ニシタニくんは固まったまま、その場を動かない。俺は、車の前まで移動しても動かない彼に焦れて声を掛ける。

「来ないのか?」

「は、はいっ」

長袖シャツの袖で顔を拭いたニシタニくんは、昨日も持っていたビニール袋を両手で抱えて走ってくる。ちょこちょこと小走りで近付いて来る姿が子犬みたいだ。

車のロックを開けて、助手席に乗るように促すと運転席のドアの前に立つ俺を見る。

「良いんですか?」

「良いも悪いも・・・あんな所で話をしては人目に付くだろう?いろいろ噂されるのは嫌なんだ」

「・・・はい、すみません」


 助手席に収まったニシタニくんはシートベルトをして、「はあっ」と大きな溜息を吐く。それは安堵の溜息か、それとも・・・。エアコンから吹き出すムッとするような温風にイラっとしながら、「どこに泊まってるんだ?」と聞いた。

「・・・友だちの部屋でした」

「でした」?過去形か?

「どうして荷物を持ち歩いてるんだ?」

「・・・その・・・追い出されて」

「追い出された?」

「家出じゃないです!でも、友だちの部屋にはいられなくなって・・・」

「どうして?」

「その・・・友だちに彼女が出来て・・・その」

ゆっくりと発進して、どこに行くというあてもない。車に乗せたはいいが、これからどうしたらいいのか俺は考えあぐねていた。

「高校生じゃない、と言っていたよな?」

「はい」

「大学生か?」

「いいえ」

「じゃ、専門学校か?」

「違います。僕は東京で働く為に出てきたんです」

「就職先は?」

「それが・・・僕の就職先が倒産しちゃって」

「倒産?」

なんだ、それは?

「はい。3月に倒産していたんですけど、そんな連絡もなくて。僕はそれを知らずに上京したんです」

「はあ?なんだ、そりゃ」

ニシタニくんの話によれば、その会社は子ども向けの駄菓子や玩具を販売する会社だった。ニシタニくんが上京して会社に挨拶に行くと、すでに会社は倒産していた。

「後片付けをしていた人に聞いたら、仕入れもたくさんしてたから誰も倒産するなんて思ってなかったって。社長の資産は全部奥さんとかの名義になってて、計画倒産だ、って」

計画倒産か。経営が行き詰まってそれをやるヤツは少なくない。

「どうして長崎に帰らなかったんだ?」

「大学に進学した友だちの部屋に住まわせてもらって、日雇いのバイトしながらあなたを探してました」

呆れてものも言えないってのはこういう事だ。

「はあ?」

「あなたに会いたくて」

「10年以上も前の戯れ言を振りかざして、俺の所為にする気か?」

「僕、あなたの事が好きなんです」

彼の口から出てくるのはあまりにも突拍子もなく、非現実的な言葉で俺にとっては『嘘』としか思えない。考えながら運転するのが困難になる。それに、行くあてもない・・・どうしようもなくなって、俺は車を路肩に寄せた。

「降りろ」

「えっ?」

「降りてくれ」

「でも・・・」

「考えてもみろよ。いきなり現れて『付き合って下さい』だの、『好きです』だの・・・誰に聞いた?」

「誰って」

「俺の職場をどうやって調べた?」

ついつい口調が荒くなる。俺は思わずハンドルを叩き、ニシタニくんは助手席で小さくなった。

「内田さんに頼んだんです。そしたらフェイスブックとかで調べてくれました」

内田さんか。

「家の人は君がこんな事になっていると知っているのか?」

「知らせてません」

「どうして?」

「帰れないし」

「なぜ?」

「父が再婚して新しい母には連れ子が2人いて、去年もう1人生まれて」

「厄介払いされたって事か?」

そう言うとブンブンと首を横に振る。

「違います!僕が決めたんです!」

「そう」

同情するな、同情してはいけない・・・わかっちゃいるが住む所もない、働く所もない。ここで俺が放り出したら、この先この子が行き着くところは・・・。

「わかった。内田さんに連絡出来るのか?」

「はい、携帯電話の番号を知ってます」

「電話しろ」

使い古したボロボロの携帯電話を取り出したニシタニくんは、溜め息を吐きながら電話を掛けた。

*****

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★《彼氏と彼氏の事情・4~5》~待つ夜ながらの有明の月番外編を更新しました!

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或いは、不埒な熱情9

 数コールで内田先輩が電話に出た。

『亮ちゃん、久しぶりだね』

ニシタニくんの耳にあてたスピーカー部分から洩れ出てくる10年以上前の声の記憶・・・彼の声が変化してしまったのか、ピンとこない。内田先輩の男にしては細い身体や白い喉元はなんとなく思い出せるのに。

「こんばんは、遅い時間にすみません」

『構わないよ。仕事頑張ってるか?』

「はい・・・あの」

ニシタニくんが続きを話し辛そうに俺の方をチラチラと見る。

「代われ」

「はい」

ニシタニくんは受話器の通話口の所を押さえて「仕事の事は言わないで下さい!」と、小声で懇願する。俺はそれには返事をする事なく携帯電話を奪った。

「こんばんは、佐井寺です」

『おっ!佐井寺か?久しぶりだなぁ!会えたんだな。部活の後輩に頼んでSNSでお前の同級生を探して、やっと働いてる店に辿り着いたんだぞ』

 高校卒業後も実家の住所は何度も変わり、妹は大阪で就職した。両親は今も社宅を転々としている。卒業アルバムに書いてある住所に同窓会の案内状が送られても、転送されるわけがない。高校卒業後も付き合いのある友人は2人しかいないし、それも年賀状のやり取り程度だ。

「いろいろとお世話をお掛けしました。ところでニシタニくんの事なんですが」

俺がニシタニくんの名前を出すと、ニシタニくんは慌てて人差し指を口に当てて俺に『秘密』を共有するように目で訴える。

『あの子さ、俺の顔を見る度に「佐井寺さんはいつ来るんですか?」、って聞くんだよ』

「そうなんですか」

返事をしながら、ニシタニくんを見る。上目遣いで両手を合わせて「お願いします」と秘密の保持を願う。

『お前が「お嫁さんにしてあげるって言ったから」って笑うからさ、俺も最初は「あれは冗談だよ」とは言えなくて、適当に話を合わせてたんだけど。中学生になってもそれを言うんだぜ』

「へえ」

『「高校を卒業したら、会いに行く」って言うものだから。お前が初恋の人なんだってさ。お前はオトコもイけるから、良いかなと思って』

ダメだ・・・内田さんに言っても無駄だな。ニシタニくんが『就職先で元気にやってる』と、信じて疑う事もない。

「そうですか・・・ありがとうございました」

『じゃ、彼は東京は不慣れだからよろしく頼むよ』


 切れた電話を恨めしく思った。こんな事なら、電話しなきゃ良かったよ。おかげで『頼まれて』しまった。塗装の剥げた古いタイプの携帯電話を畳んでニシタニくんに渡し、ハンドルに添えた手に額を押し当てる。

「はあっ」

大袈裟な溜息を吐き、助手席のニシタニくんを睨む。

「東京に親戚とかいないのか?」

「いません」

「親元に帰るべきだと思うがな?」

「帰っても・・・僕の部屋もないし」

「はあ?」

ニシタニくんの視線が窓の向こうに行ってしまう。

「ほら、義母の連れ子がいるって言ったでしょう?今年、中学生なんです。僕の部屋はもうないんです。改築して・・・」


就職して家を出た以上は「帰って来るな」と言う事か。それとも、自分から『良い子』のフリをして「部屋はもういりません」なんて言ったのか。

言いそうだな、この子。


「すみません・・・僕も、佐井寺さんの言った事は冗談なんだってもちろんわかってはいました。最初は笑って『お嫁さんになるの、良かったねえ』、なんて言ってた大人がだんだん変な顔するようになって。内田さんのお兄ちゃんも・・・でも、佐井寺さんの事が頭の隅の方でずっと生きてて」

「いきてて?」

「そうです。佐井寺さんは覚えてないんですよね?あの時、泣いてる僕を抱っこして家まで運んでくれたの」

「覚えてない」

「僕はあなたの『言葉』が嬉しかったんだ。父は母が出て行って、再婚したいのに僕がいるからなかなか話が纏まらなくて・・・邪魔者だったんです」

涙がポロリと頬を伝う。ニシタニくんはシャツの袖で頬を拭い、鼻をズズッと啜った。

「冗談だって、わかってた。でも、嘘でもそう言ってくれる人がいたんだって事が、嬉しかったんだ」

ここで身の上話をされてもなあ・・・。

「なんて言うのかな・・・可哀想なんだけど、俺には『ごめん』としか言えないな」

「ごめんなさい」

「内田さんに恋すれば良かったのに」

そう言うと、ニシタニくんは顔を上げて俺をキッと睨む。

「僕はあなたに恋したんだ」

「恋したもなにも・・・たった一度会っただけの俺に?それに俺は男だよ?可愛い女の子にしなさい」

ニシタニくんの視線は再び窓の外に向いた。

「女の子なんか、嫌いだ。それに・・・初恋でした」


『初恋』なんて擽るような言葉・・・こうなったら、俺が嫌われるしかない。


「淡い恋心が執念になったって事か?俺を利用するつもりか?」

「利用なんて!」

俺に戻ってきた視線が、地方から出てきたばかりの純朴な少年の澄んだ瞳である事は間違いない。彼は嘘で乗り切れるほどスレてもいないし、光彦みたいに俺を騙す事も出来ない。

「とにかく、ごめん。冗談でした。お嫁さんには出来ません。すみませんでした。これで良いか?」

「・・・わかってたんです。ごめんなさい。でも・・・もしかしたら覚えてるかもとか、思い出してくれるかもとか・・・ちょっと期待してたりして・・・すみませんでした」

ニシタニくんはシャツで涙と鼻を拭き、自ら車を降りた。

ドアを閉める前にもう一度「すみませんでした」と謝罪の言葉を口にしたが、俺は返事をする事もなくパーキングブレーキを解除した。ドアが閉められたのを確認して、ウィンカーを上げゆっくりと車道に合流する。

バックミラーを確認すると歩道に佇むニシタニくんの姿が小さくなって、やがてそこから消えた。

*****

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ニシタニくん、置いていかれるwww

★拍手鍵コメ・Uさま、「或いは、不埒な熱情」8話のコメント欄にて、お名前なしさま、「或いは不埒な熱情」8話、「花橘の袖に涼しき」12話のコメント欄にてお返事書かせて頂きました~ご確認下さいませ!

★「待つ夜ながらの有明の月」46.47話を更新しました!

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或いは、不埒な熱情10

 この先の彼の運命なんか俺の知ったこっちゃない。


10年以上も前の戯言は時効だ。それに俺の居場所や気持ちを確認する事なく勝手に上京して、勝手に付き纏って、俺はいい迷惑だったのだから・・・。

そう考えて、一刻も早く彼の事を忘れてしまいたかった俺はアクセルを踏み込んだ。加速する間に脳裏に浮かぶのはニシタニくんの泣き顔。

彼は今、泣いているだろうか?それとも・・・いいや、関わってはいけない。スピードを上げて、彼の事を振り切った・・・はずだった。


葛藤する時点で負けだな。


「クソッ!」


目の前の信号は青。

Uターン禁止の標識を無視して、俺は来た道を戻る破目になってしまった。


 僅か数分だったが、彼が移動していれば居場所がわからなくなる・・・なんて心配は無用だった。彼にとってここは不慣れな土地で、右も左もわからないのだから。今、自分が何区のどこら辺にいるのか、最寄の駅はどこなのかそんな事もわからずにその場に座り込んでいた。

反対車線の歩道に座り込むニシタニくんの背中を見つけて、ホッとしながら彼の前に車を横付けし、軽くクラクションを鳴らすとニシタニくんは涙と鼻水でグシャグシャの顔で車を見上げた。

助手席の窓を開けて「乗れ」と言うと、彼はなぜか首を横に振る。

「いいから!」

「でも」

「なんだ?俺の気が変わらないうちに乗れ。今度は戻って来ないぞ」

「・・・」

捨て犬のような目。後ろに付いてるシッポはブンブン振ってるんだけど、素直に「はい」とは言わない。

「いいのか?」

「すみ、ま、せん」

涙を拭いたニシタニくんが助手席のドアを開ける。

「内田さんに頼まれたし・・・乗れ」

「・・・はい」

彼が助手席に再び乗り込み、ドアが閉まった瞬間に彼への『義務』が生まれた。



「お邪魔します」

玄関で靴を脱ぐ彼を見ながら、「反省」の意味を知る。失敗したなあ・・・あのまま別れれば良かった。

しかし、あのまま彼を放り出せばもっと反省、いや、後悔するだろうし・・・。仕方がない、これは一時的な「保護」だ。明日の長崎行きの飛行機に乗せれば俺の『義務』は終わる。

「おいで」

素直に付いて来る彼を、まずはバスルームに案内した。

「汗を流しなさい。着替えはあるのか?」

ビニール袋を指差すと、それをパンパンと叩いて「はい」と返事をした。

「他の荷物はお友だちの部屋に置いているのか?」

「はい。とりあえず、歯ブラシとか、タオルとか・・・パンツとかここに入れてます」

「家具とかは?」

「就職するはずの会社からは家具も家電も全部揃ってるって言われていたから、僕は着替えとスーツだけ持って来たんです。家を出る時に父がお金をくれて『これで足りない物は自分で買い足しなさい』って」

「その金は?」

「2ヶ月間、友だちの部屋にいたから家賃とか電気代とか折半して・・・食費とかいろいろ使って、ほとんど残ってないんです」

「それで追い出されたのか?」

家賃や電気代まで払っていたのなら、ただの『居候』ではなく立派な『同居人』じゃないか。人が良過ぎないか?

「ちょうど6月だったし」

自分のマヌケさに全く気が付いていないニシタニくん。

「ああ、それで6月1日に俺の前に現れたってわけ?」

「まあ・・・偶然、佐井寺さんの勤め先がわかったのが5月31日だったんです」

「明日、荷物を取りに行くぞ。俺は明日休みなんだ。車を出してやるから友だちの部屋に行って荷物をもらえ。そしてそのまま空港に直行だ」

「えっ?」

「家に帰った方が良い。本当の事を話して、家に帰れ。向こうで仕事を探せ」

俺の言葉を聞き、ニシタニくんはクルリと向きを変えた。そのままズンズン玄関に向かって歩いていく。

「お邪魔しました」

「おい!」

「僕は帰りません。ちゃんと自分で仕事を見つけて働きますから。ご心配なく」

「おい!」

こんな時間に出て行って、どうするんだよ?

「待て!」

「いろいろとご迷惑をお掛けしました」

玄関で靴を履き終えると、ペコッと頭を下げた。

「待て!」

本気だ。本気で出て行こうとしている・・・そう感じた時には、ニシタニくんは躊躇いもなくドアノブを回してドアを開けた。

「待ちなさい!」

「さようなら」

俺をここまでお節介な人間にしておいて・・・。

「待て!」

走って行き、閉まろうとする玄関のドアを開けた。ドアから出てしまった彼の身体を強引に部屋に引き戻す。そして、とんでもない事を口走った。

「わかった!わかったから!俺が、仕事も部屋もなんとかしてやるから!」

「えっ・・・」

言った本人も驚きだ。ニシタニくん以上にビックリしているのは俺だった。

「待ってろ。まずは風呂に入れ」


 ニシタニくんを強引に部屋に入れて、バスルームに押し込んだ。そして、頭を抱えながら俺は三木店長に電話する事になる。

*****

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