FC2ブログ

『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

忘らるる身を知る袖の1~SIDE・K

 忘らるる身を知る袖の村雨に つれなく山の月は出でけり 

      (新古今和歌集 1271 後鳥羽院)


《SIDE・K~1》


「きいちゃん、またね」

俺を抱き締めて頬にチュッと音をたててキスをした体臭のキツイ男は、毎月1回俺を指名してくれる『タナカさん』。タナカさんは普通のサラリーマンだけど、奥さんにも会社にも、こんなところでオトコを買ってることはナイショで・・・。

「ありがとうございました」

そう言ってニッコリ微笑むと「少しだけど」と5千円札を一枚握らせてくれた。

「良いんですか?」

タナカさんは普通のサラリーマンでお小遣いも少ないと言っていたのに・・・なんだか気の毒になって手の平の5千円札の皺に胸が痛むけど「ありがとうございます」と、5千円分の微笑を返す。


「臨時ボーナスが出たんだ。妻にはナイショだからさ、今月もう一回きいちゃんに会えるんだ。予約がない日を教えてくれる?」

ああ、そういうことか・・・携帯電話のスケジュール機能を呼び出して空いている日を探した。

「えっと・・・来週の金曜日ならまだ予約はないです」

「じゃあ、その日を抑えてくれる?」

「はい、いつもの時間で良いですか?じゃあ、迎えの運転手にもそう言って下さいね」

そう言いながら携帯の方には『19時タナカさん』とスケジュールを打ち込んだもっともタナカさんとの約束が守られる事はなかったけどね。

そのまま携帯を弄って運転手の島村に「終わりました」と連絡する為に発信した。この近くまで来ているはずだ。

『はい!』

「終わりました」

『きいちゃん!悪い!今日はタクシーを拾って帰って来てくれ!事務所の近くに来たらもう一度電話しろ、こっちで払うから』

「はい・・・わかりました」

おかしいなあ・・・首を捻りながら今までにない対応に、驚いた。

「すみません、迎えの車が来ないから予約はいつもみたいにパソコンからお願いします」

「じゃあ、早くしないと他の人が予約してしまうね。また、来週ね!」

名残惜しそうに手を振るタナカさんに笑って見せて、先にホテルの部屋を出た。

タナカさんもヤるだけの安いホテル代と3時間3万円の大金を払えるんだからお小遣いが少ないとはいえ、生活に困ってるワケじゃなさそうだ。

ポケットの中の5千円札に胸が痛んだのは、タナカさんの懐具合を慮ったのではなく、身体を売ってチップを貰っても平気になってしまった可哀相な自分に対しての心の痛みだったのだ。

ホテルを出て少し歩いて、客待ちしているタクシーに乗り込んだ。こんな所から事務所までタクシーを使えば、かなりの金額になるのにな・・・おかしいな。


なにか、緊急事態が発生したに違いない。

ふふっ、面白くなりそうだ。


事務所の近くで再び島村に電話すると、ビルの前に待っていた『春日井ファイナンス』の事務員がタクシー代を払ってくれた。


なんだか、いつもと様子が違う。

駐車場には見覚えのない外車が2台。そのうち1台は黒塗りのいかにもその筋のエライ人が乗っていそうな車で、もう1台は濃紺のBMW。

事務員は金を払うとそのまま帰宅した。

寮に戻る途中で大量のDVDと台帳の入った段ボールを持ったイケメンと事務所のパソコンを持ち出そうとしているイケメンに擦れ違った。

なんだ?

彼らは・・・もしかして警察?いや、違う・・・一般市民だな。彼らは俺を呼び止めて「ココでなにしてるの?」と聞いた。

「あの・・・ここの3階に住んでます」

それだけ答えて、3階の寮に戻ろうと階段を登っていると、イケメンが「春日井さん!あの子はなんなんだ!?」と怒気を露に春日井社長に向かって叫んでいた。


絶対に面白いことになってるなあ。

そう思いながら寮の部屋を開けると、中はもっと面白い事になっていた。

部屋の中にはここに一緒に住んでいる仕事仲間の『花ちゃん』『涼ちゃん』『凛ちゃん』『蘭ちゃん』の4人と運転手の島村と川上の2人。お互いにすごく距離を取り合って、4人はベッドの傍に寄り添って座り、島村と川上はテーブルにちんまりと座っていた。
俺が部屋に入り「下の事務所、すごい事になってるぞ」と面白そうに言うと島村が身体を乗り出して「どうなってるんだ!」と聞いた。

どうやらこいつら、怖くて下には行けないらしい。


俺はここぞとばかりに、「千円」と言って右手を出した。

こいつらはなにかとあれば俺たちに「千円」と請求する。俺はそれにムカついていた。

客が待つホテルまで送ると「千円」、服を買いに行きたいと言えば交通費として「千円」、毎月2回の血液検査の為に病院に行けばまた「千円」と言う。ここにいる仲間全員でファミレスまで車で送ってもらい、島村たちも飲み食いして請求書は俺たちに渡し、その上全員から「千円」と言う。

今まで黙って渡していたけど、いつか仕返ししてやろうと思っていた。俺から「千円」と言われた島村は黙って財布から千円札を取り出した。

その様子を見ていた『蘭ちゃん』が可笑しそうに「ぎゃははっ!」と笑ったけど、川上に睨まれてぺロッと舌を出して俺に笑い掛けた。

「ふふふっ。事務所のパソコンを全て持ち出してます。それから台帳とかDVDとかの入った箱、ちらっと見たけど超イケメンが運んでた。それから、俺のことを社長に聞いてました」

「そうか・・・」

島村と川上は「もう、おしまいだな」と、がっくりと肩を落として「これから、どうする?」「河野組に出てこられちゃなあ」と、これからの事を相談し始めた。


今後の相談なんて、事務所でやって欲しい。仕事終わりで身体がだるいんですけど?

早く横になりたいのに・・・「いつまでもここにいるんなら、あと千円」と言ってやろうかな?


隣で『蘭ちゃん』が不安そうな顔してる。この子は考えてる事がすぐに顔に出て、単純で可愛い。

「多分、警察じゃないと思う。来てる人たちはイケメンすぎるし、警察っぽくなかったから」と笑って教えてやると、ホッとしたように笑った。

『蘭ちゃん』の本名は『福原輝也』と言う。その笑顔は本当に輝くようで周囲に福を与えるようだ・・・名前とピッタリの明るくて良い子だと思う。


しばらくすると事務所から春日井社長とイケメンが3人やって来た。


彼らが俺たちに新しい人生をくれた。

生きてれば良いことってあるんだなあと、両親が死んで始めて思った。

*****

ご訪問ありがとうございました!拍手もありがとうございました!

薫ちゃんのお話を、とお二方からリクエスト頂いてますので、輝也より先に薫ちゃん登場です(笑)

このお話は『朧月夜にしくものぞなき』に出て来ました《スプリング》というデートクラブで働いていた清川薫の物語です。《SIDE・K》が薫目線で、《SIDE・S》が木下章太郎目線で進んでいきます。ちょっと面倒かもしれませんが、お付き合い下さいませ!タイトルに付いた番号順に読んで下されば大丈夫です・・・たぶん。当分薫ちゃんしか出て来ません。

最初の何話かは「待つ夜ながらの有明の月」と重複して進みます。今回は「待つ夜~」5話辺りの話となります。

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!
スポンサーサイト

忘らるる身を知る袖の2~SIDE・K

《SIDE・K~2》

 突然現れたイケメン3人組は、春日井の所から俺たちを解放してくれると言う。


ここから出ても行く所はないし、待っている家族もいない俺に、急にそんな事言われても・・・正直困る。ここにいればとりあえず同じような境遇の仲間がいる、食べる物にも困らないし、野宿する事もない。

ここでの仕事は、毎日好きでもない男に突っ込まれて嫌でも感じて、嬌声をあげるというとんでもない仕事だった。

時には下手クソで痛くて堪らないだけの男もいれば、しつこくて蹴り倒したいヤツもいるさ。それでも、感じたフリをして「また、指名してくださいね」とニッコリ微笑めばいいんだ。

そこに金銭の授受が発生する以上は我慢に我慢を重ねて・・・これというのも全ては、俺をおいて自殺した両親の借金が原因だ。


 父は小さいながらも製麺工場を経営していた。

人が良くってバカ正直で・・・友人の借金の保証人になって、その友人が夜逃げしたあと、我が家では地獄のような日々が始まった。

当然のようにやって来る借金取りと「返済出来ないのなら、ご自宅と工場は差し押さえさせて頂きます」と言う銀行マン。追加融資の依頼を軽く断ってくれた銀行の若いお兄さんは「お願いします」と土下座する両親に「返済期限がありますから、私ではどうにもなりませんよ」と冷たく言い、薄ら笑いで去って行った。

通っていた私立の名門校も月謝が滞り、俺は自主退学を迫られてた・・・学校にかかってきた警察からの電話で、両親が車で海に飛び込んだ事が知らされたのは、昼休みに弁当を広げた時だった。

俺は高校2年生になったばかりで・・・いきなり孤児になった。

お通夜の席では、両親の亡骸の前で泣きながら俯く俺は蚊帳の外。隣の部屋では親戚同士で誰が俺を引き取るのか、言い争いが続いていた。

両親の遺書に書かれていたのは、父の兄に俺の養育を依頼したい事と2人の死亡保険金で借金を返済して欲しい事。

俺には「薫、ごめん。みんなに可愛がってもらって、社会の役に立つ大人になりなさい」・・・可愛がってもらってますよ、俺のこと「可愛い」って言って、キスして身体を自由にする、碌でもない大人たちにね。

両親の葬式のあとは、伯父の家、叔母の家、と親戚中をあっちこっちたらい回しにされ、挙句の果てにはニコニコと愛想良く現れた春日井社長に「伯父さんにお世話になりましたと、挨拶しなさい」と言われて・・・仕方なく荷物を纏めて、伯父の家を出た。


伯父は俺がこんな事をさせられると知っていたのかな?

知っていたとしても、関係ないとしか思わないかもね。伯父にとって、俺は厄介者でしかなかったもんな。


みんなの事、恨んでないと言えば嘘になる。

恨んでもどうなるわけでもないし・・・両親が《春日井ファイナンス》から借りていた金は1200万円。1200万の中身は会社の当座の回転資金に借りたものと例の友人が残して逃げた借金の残りだった。

3年前に工場を増設した時の借金は銀行に差し押さえられた家と工場を処分して残りは両親の死亡保険金で返済し終えたと聞いていた。保険金の残りは働いていた人たちの給与にあてて、もう借金はないものと思っていたのに。

 初めてここに連れて来られて裸でベッドに転がされた時はショックで、何日も何日も泣いて「仕事だ」と言われてもベッドにしがみ付いて絶対に行かなかった。

その度に島村たちに殴られて、ヤられて・・・花ちゃんが心配して差し出した手に救われた。

薄茶色の瞳が心配そうに俺を覗き込み、板チョコ一枚を差し出しながら「これ、お土産だよ」と笑う花ちゃんは、宗教画の中の天使みたいだった。

思わず縋って泣いた俺の背を擦りながら、天使くんは言った。

「このまま、ここで泣いてても借金は増えるだけだし。きいちゃんは可愛いから笑ってごらん?きっとお客さんたくさん付くよ。僕も頑張るからさ!」

16歳からここを出たり入ったりしているという花ちゃんに救われた。今思えば、悪魔くんだな。

救われたというか・・・自分だけ、どうして?と、そんな気持ちでいっぱいだったけど、同じ境遇の仲間がいる事に気が付いた。特に花ちゃんは、両親も兄弟もいないところが俺と同じで、天真爛漫な笑顔にはいつも慰められたっけ。


「まずは・・・清川薫くんからだな、これを持って下の事務所に行ってくれ」

『圭介』と呼ばれた綺麗な顔したお兄さんが、『清川薫』と書かれた台帳を俺に渡してくれた。


久しぶりの本名。

そうだ、俺は男娼の『きいちゃん』ではなくて『清川薫』だった。

思い出した、いつまでもこんな事してちゃいけないんだ。


いつまでも出来る商売じゃない。それにこれからの身の振り方をこの人たちが考えてくれるって言うんなら、利用しなきゃならない。

まだ不安げな蘭ちゃんに笑いながら手を振り、この生活から脱出する唯一のルートに向かって歩き始めた。ここに来て約2年半・・・人生の再出発の日はそこまで来ていた。


「ふうん・・・で、1200万か。これから行く所は?」

「ありません」

「じゃあ、上で仕事の相談して・・・三木くん、計算終わった?」

「はい、もう少し」

カシャカシャと音を立てながらパソコンに入力していた『三木くん』と、俺の身の上話を聞いてくれた『信吾さん』。どちらも負けず劣らずイイ男。三木くんと呼ばれた人が弄ってるみたいに自由にパソコンが扱えたら、きっと就職に有利に違いない。

「う~ん、残念だな。あと50万か」

「50か。じゃあ、俺が立て替えるから。春日井さん」

春日井社長は小さくなって社長の椅子に座っていた。俺の借り入れ台帳に完済の印を押し、信吾さんから50万円を受け取って「きいちゃん、今まで良く頑張ったな」と、声を掛けてくれた。


台帳に押された完済の印が、俺の2年半を物語る。一体何人の男が、この身体を通り過ぎたんだろう。


「きいちゃんは、本当に頑張ったよ。ここにいる子たちの中で一番額が多かったからな」


俺の始めてのオトコが笑った。

悲しいわけじゃないのに涙が溢れた。


後ろから信吾さんが来て「ふざけるなよ!」と机を叩いた。バンッという音と共に春日井社長がビクッとして、更に小さくなった。

「親を亡くした高校生に返済義務があるわけないだろ!こんなことさせやがって!今の50万だって、払わなくたっていいくらいだ」

「すみません」

春日井社長は彼らの事が余程怖いらしい。

そりゃあ、そうだろうな。少し離れたソファーに深々と座った黒塗りの外車の持ち主らしき黒いスーツのお兄さんの眼光は鋭くて、その後ろに控えてるのも如何にもその筋のお方って感じのお兄さん。

島村と川上の会話に出て来た『河野組』の人だな。

「俺が金を立て替えてるのは、ここの事務所で真面目に働いてる連中にあんたが退職金を払えるように、だ。わかってんのか!?」

「すみません」

信吾さんは俺の方を見ると「上で仕事の相談しておいで」と、背を押した。

ドアを開けて頭を下げて事務所を後にした。

入れ違いに上からは蘭ちゃんが降りて来た。ウキウキした顔しちゃって、余程嬉しいんだろうな。俺の顔を見るなり「どうだった?」と、勢い良く聞く。

「俺、あと少し残ってたんだ。上で仕事の相談しろって言われた」

蘭ちゃんは鼻高々に「俺はたった今、ビル清掃の仕事に就職決定しちゃった!」と笑う。この子といるのは楽しい、明るいし・・・。

「へえ!じゃあ、俺も頼もう!」と言うと、更に嬉しそうだ。蘭ちゃんはニッコリ笑って「一緒に頑張ろうな!」と、手を振って事務所に入って行った。

寮の部屋に戻ると、涼ちゃんと凛ちゃんが荷物を纏めていた。花ちゃんは不満そうに頬を膨らませながら圭介さんに相談中。みんなの身の振り方が決まるまでの間、自分の荷物を整理して紙袋とクリアケースに詰めた。


ここからどこに行くのか、どんな人生が待っているのか。

期待と不安の中、俺に出来ることはただ一つ。働いて信吾さんが立て替えてくれた金を返して、自立する事。

ただそれだけだ。


*****

ご訪問ありがとうございました!

薫ちゃん、この子は意外とここでの生活に順応してましたね!ふふふっ♪

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の3~SIDE・K

《SIDE・K~3》

 俺の番が来て、圭介さんに「ビル清掃の仕事をしたいんですけど」と言うと、すっと長い指が伸びてきた。頬を撫でたかと思うと、額をピシッと叩かれた。

「痛いっ!」

「ふふっ、眉間に皺寄ってる。なんかさあ、緊張してる?それとも、気負ってる?薫だったな。ビル清掃って言っても、マンションの整備から深夜の店舗の掃除までいろいろあるけど、大丈夫?」

「はい、頑張ります」

「よし、決まりだな。さっきのテルもそこで働くから、住む所はこっちで準備してやるよ」

花ちゃんは信吾さんが経営してる店の斜め前にある《インカローズ》というゲイ専門のホストクラブに面接に行く事になり、纏めた荷物と共にタクシーに押し込まれて泣きながら去って行った。涼ちゃんと凛ちゃんはそれぞれに身を寄せるあてがあると言って出て行った。

俺と蘭ちゃんは圭介さんに連れられて島村の運転するワゴン車で、彼らが準備してくれたマンションに向かった。

こんな夜中に簡単にマンションを準備出来る彼らは、何者だろう。事務所を出る前に、黒塗りの車に乗り込んだ只ならぬ雰囲気のイイ男が誰かと聞くと、圭介さんが「河野組の若頭だ」と教えてくれた。


組関係者とお知り合いだなんて、やっぱりあんたら、普通じゃないだろ・・・。


「ねえ、きいちゃん!」

「なに?あのさあ、『きいちゃん』は止めようよ。俺も輝也って呼ぶから、薫って呼んでくれない?」

「いいの!?薫!ふふっ。最初は『清川さん』って呼んで『ここでは、きいちゃん』って言われたんだよなあ。なんか、嬉しい!」

「うん。で、なに?」

「あっ、忘れてた。ねえ、住む所ってどんな所かな?って言いたかっただけ」


へへっと笑う輝也は、自分が抱いたワクワク感を隠せない。

輝也は考えている事がすぐに顔に出るから、喜怒哀楽が手に取るようにわかるのが楽しいし、面白い。俺にとっては可愛い弟って感じの輝也は、お客さんからも評判が良かった。よく動くクルリと丸い目が子犬みたいだ。

またどこかで同じ仕事をさせられるんじゃないだろうかとか、前よりもっと酷い目に遭うんじゃないだろうかとか、そんな不安なんて彼には浮かびもしないのだろうな。

簡単に人を信じて・・・俺には出来ない。

父は友人に頼み込まれて断りきれずに保証人になったばかりに、裕福とは言えないまでもそこそこ満足のいくものだったはずの幸せな生活は崩れ去った。家族や他人である従業員たちまで巻き込んでしまったお人好しの父の二の舞にだけはなりたくなかった。

俺の不安と期待と輝也のウキウキを乗せて、綺麗なマンションの一室にお引越し。

2人で住むには十分過ぎるほどの広さのマンションに荷物を移し、「明日迎えに来る」と言う圭介さんを見送って、ようやく眠りに付いたのは朝方だった。


「薫っ!」

「ん・・・」

「薫!起きろよ!圭介さんが来るぞ!」

ああ、そうだった。昨日寮から出て、マンションに引っ越したんだった。

「・・・ん・・わかった」

「先にシャワー浴びてろよ。俺、朝飯買ってくるから」

「うん、ありがと。あとで払うから」

「いいって!俺のオゴリ!」

楽しそうに財布を片手に出て行く輝也の背中を見送って、時計を見ると午前10時過ぎだった。輝也の言うとおりにシャワーを浴び、浴室から出ると、ちょうど買い物から帰って来た輝也がコンビニの袋を手に玄関に立っていた。

「ただいま!パンで良い!?」

「うん、輝也もシャワー浴びたら?」

「うん!」

袋を受け取り、何もない部屋の床に寮から持って来たクリアケースを引っ張り出してテーブル代わりにした。床に座り込むと袋の中のパンと牛乳、俺の好きなロイヤルミルクティーを広げて、ペンと紙を準備した。

濡れた髪をガシガシ拭きながら出て来た輝也が「おっ!テーブル、買わなきゃな!」と、即席テーブルに変身したクリアケースを見て笑う。

「買う物を書き出してメモしておけばいいかなって思って」

「うん!圭介さんが買い物に連れて行ってくれるもんな!」

2人でパンを食べながら新生活になにが必要か書き出していると、輝也のワクワクが俺にも伝染してきて・・・俺の漠然とした不安なんて輝也には伝わりそうもないし、こんな綺麗なマンションを準備してくれるくらいだから、彼らを信用してもいいのかもしれない、くらいの気持ちは湧いてくる。


「リビングにでっかいテレビ欲しいなあ」

この、能天気め・・・。

「ねえ、カーテンの色何色にする?」

部屋を見てから決めろ。

「ねえ、俺、ソファー買いたい」

ご自由に。

「ねえ、薫はカーテン何色にするんだ?」

「プッ」

とうとう俺はふきだした。

「はははっ!輝也、品物を見てから決めようよ。タンスもいるしあと炊飯器とか、電子レンジとかさ!」

「あ、うん!へへっ、なんか、ごめん、嬉しくって」

輝也は恥ずかしそうに笑う。

「ほら、圭介さんが買い物とか付き合ってくれるだろ?だから・・・その、時間が掛からないように、迷惑が掛からないように考えておこうと思ってさ!」


『圭介さん』の後ろにハートマークが見えますけど?

きっと一目で恋に落ちた輝也の頬を染める姿には、昨日気が付いていた。単純明快なその反応に思わず笑みが零れる。輝也はこれから圭介さんに振り回されて、何度も泣かされて、何度もキズ付いてしまうんだけど・・・そんな事はこの時にはわからなかった。

俺は、まだ得体の知れない『圭介さん』という男に簡単に一目惚れしてしまった輝也に不安と羨望とを抱きながらも、俺は男なんて絶対に恋愛対象にはしないと、心に決めた。


 昼過ぎに圭介さんから電話があり「もう一度荷物を纏めておけ」と指示された。

「また、引越し!?」とガッカリする輝也に「カーテンの色は無駄だったろ?」と言うと、口を尖らせて「考えてるだけで楽しいからいいの!」とむくれた。

午後からワゴン車で来た圭介さんは大きなオカマを連れて来た。

オカマの名前は華恵ちゃん。

隙あらば俺と輝也にハグ、いや、ハグじゃない、突撃だ。ものすごい力で抱き締められる。

いきなりギュッと抱き付いて頬にブチュッとキスする。擦れ違いざまにお尻を撫でる・・・セクハラの限りを尽くし、その度に圭介さんから痛烈な一撃を喰らうが、華恵ちゃんは荷物を運びながら懲りずにそれを繰り返す。

時々圭介さんの後ろから忍び寄り圭介さんのお尻を狙うが、圭介さんはいつも寸でのところで魔の手から逃れ、蹴りを入れる。圭介さんと華恵ちゃんの間ではそれがコミュニケーションのようだった。

そして圭介さんは「華恵!働け!」「仕事しないんなら、お前デカイだけで邪魔!」と暴言を吐くから、手伝ってもらってる立場の俺たちは「すみません!すみません!」と頭を下げるしかなかった。

引越し先は圭介さんが住んでいるマンションの隣に立つ広くて綺麗なところで、3LDKという間取り。広すぎて2人で戸惑っていると、圭介さんが広さのわけを教えてくれた。

「花ちゃんが、君たちと一緒に住みたいんだってさ。いいかな?」

輝也が「いいです!いいです!」と喜んで答え、俺も「大歓迎です!」と答える。

花ちゃんは、甘えん坊だけど俺にとっては頼りになる存在だったんだ。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

「待つ夜ながらの有明の月」6~7話辺りのお話になります。

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の4~SIDE・K

《SIDE・K~4》

 引越しが終わり、圭介さんが新しい職場『滝山クリーン』へと連れて行ってくれる事になった。

「すみません、ご迷惑ですよね?」、と言うと圭介さんが「大丈夫だよ、社長命令だし。行こうか?」と歩き出した。「隣の1号棟が俺が住んでるマンションだから」と、隣のマンションを指差す。俺たちが住む事になった2号棟と圭介さんが住んでいる1号棟はL字型になって建っていた。

社長って、誰だろう?マンションの名前は『滝山コート』・・・昨日から不思議に思っていた事を聞いてみる。


「あの、どうしてこんなにすぐにマンションを用意したり出来るんですか?」

「ああ、信吾さんの持ち物だからだよ。あの人は『滝山産業』の会長の次男だ。知ってる?『滝山産業』」


『滝山産業』といえば、たしか不動産会社だったな。

圭介さんがこれから行く『滝山クリーン』が信吾さんの持ってる不動産の整備や掃除をする会社である事や、『滝山不動産』という不動産会社と『S-five』という飲食店を経営する会社の社長が、昨日会った信吾さんだという事を教えてくれた。


会社の事とか説明してくれて、徐々に俺の不安も解消されていく。

良かった、まともな会社みたいだ。

それに、昨日会った信吾さん。身なりも良いし、持ち物も高級品でなんとなく本人も品がいい。ポンッと俺たちの借金の残りを払ったり、簡単にマンションを準備出来たり、ヤクザと知り合いだったりと、正直得体が知れなかったけど・・・お金持ちのボンボンか。


俺が不安に思ってる事とか疑念を抱いている事とか、全く頭にない輝也は圭介さんの笑顔を見ては頬を染める。

そして圭介さんは当たり前のように輝也を「テル」と呼ぶ。「テル」と呼ばれて嬉しそうにして圭介さんの後姿にキュンキュンしてる輝也は、きっと自分が恋してるなんてまだ気付いちゃいないよな。


 『滝山クリーン』は圭介さんが「シルバーセンター」と呼ぶように、働いている人はおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん・・・滝山産業の退職者やその奥さんを雇用の中心にしているそうだ。だから、ここでは俺たちみたいな若者は貴重だと言われた。

それに圭介さんが「橋本専務!」と呼ばれていたから驚いた。「専務」って・・・もしかしなくても、偉い人だよな。

「専務」と聞いて驚いたように圭介さんの顔を見上げた輝也に、圭介さんは自分が『滝山クリーン』と『滝山不動産』の専務取締役なんだと説明していた。

輝也に「なんか、偉い人じゃん!この人」とこっそり耳打ちすると、頷いたその表情は暗くなる。

きっと「専務」って役職にビビッてる。圭介さんが俺たちを所長さんたちに紹介している間中、俯く輝也の表情が冴える事はなかった。


 明日の朝から出勤と決まって、作業着を渡されて、給与の事、社会保険の事、住んでる部屋が社宅扱いになるから家賃は給与から天引きになる事や、勤務中の怪我は全て労災になりますとか、所長の大事な話の間中も輝也の心と眼差しは、同じ事務所内で自分の仕事をしている圭介さんの方へ飛んでる。

「若い人に深夜出てもらえると助かりますよ!よろしくね、頑張ってくれよ!」と、本当に嬉しそうな所長に見送られて、今度は待望の買い物タイムだ。

マンションの部屋にはクローゼットが造り付けになっていて、タンスは必要ない。食器も3人分だし、鍋やヤカンとか簡単な調理器具、食器類があれば良さそうだった。

必要な物はカーテンと電化製品、ダイニングテーブルと輝也が欲しがっていたソファーかな。

その後、値札を見て溜息しか出ないような店に連れて行かれて、寝具を一式圭介さんが買ってくれた。

家具は花ちゃんが一緒にいる『高田くん』という人が花ちゃんの分と一緒に準備してくれるそうだ。

しかし、このまま圭介さんに店選びを任せていたら、高級店にしか連れて行ってもらえないと思って、他の買い物はディスカウントストアを指定した。生活必需品を揃え、大型電器店でテレビや冷蔵庫を買って、マンションに戻った。


 一日付き合わせた圭介さんに申し訳ないなあ、と思いながらマンションに着き、輝也がドアを開くと寂しがり屋の花ちゃんが物凄い勢いで輝也にとび付いた。

「うわあああ~~~っん!寂しかったよ!」

たった半日離れただけだったのに、俺たちに会えて泣きたいほど嬉しかったんだね、花ちゃん。

「花ちゃんが1人だと、また悪い男に騙されて借金しそうだから、良かったじゃん!」

そう言うと花ちゃんは「そうだろ!?僕がまた悪いヤツに騙されないように、2人ともしっかり頼むよ!」と、胸を張る。

どうやら、自分でも「また、やりそう」とか思ってたんだな。

その花ちゃんの言葉を聞いて一番笑ったのは圭介さんで、笑いながら花ちゃんをギュッと抱き締め、頬にキスした。それを見ていた輝也の悲しそうな顔。


「どうだ、今度は俺に騙されてみないか!?」

「わあい!いいよ!僕、圭介さんならいくらでも騙される!」


輝也は自分でも、そんな顔をしているなんて思ってないかもしれない。


急に玄関のドアが開いて「おい!」と声がした。花ちゃんは玄関から入って来た男を見ると嬉しそうだ。圭介さんが彼を「高田くん」と呼んだから、この艶のある男が《白夜》の高田店長らしい。

高田店長は圭介さんに抱き締められている花ちゃんを見て、忌々しげに「こら!花!こっちに来い。圭介はやめとけ」と言いながら、花ちゃんを引き離した。


なんとなく輝也が気の毒で、なんとなく羨ましい。

そして花ちゃんにはあとで注意しなくてはと思う。


 彼の恋愛対象は男の人だ。これまで女の人をそういう対象としてみた事はないと言っていた。

俺は《スプリング》にいた事を出来れば人に知られたくはなかった。悪気はないとわかってるんだけど、花ちゃんはそういうこと結構平気なんだ。

花ちゃんは高田店長と一緒に出勤する事になり、これから部屋に荷物を入れたらすぐに出て行くという。各自部屋に荷物を運んでいる時に、こっそり花ちゃんの部屋に入った。

「花ちゃん、ちょっといいかな?」

「うん、いいよ。なに?」

「あのさ・・・言いにくいんだけど・・・俺・・・ごめんね《スプリング》で働いてた事を人に知られたくないんだ、だから」

「うん・・・わかったよ。でも・・・ごめん、高田店長には昨日言っちゃった・・・」

やっぱり・・・。

「わかった。俺・・・輝也も同じだと思うけど・・・あんまり、知られたくない。ごめん」

「ごめん、薫・・・僕、バカだから・・・考えなかった、ごめん」

泣きそうな天使くんは、俺にとっては可愛いお兄さんだ。うっかりさんだけどね。


 こうして俺と輝也は翌日から、『滝山クリーン』で清掃の仕事をする事になった。高校中退の俺たちにしては破格の給与と待遇だ。

俺は以前から春日井のところの借金が終わったら、大学に行こうと思って少しずつ金を貯めていた。持っていた通帳に少しずつ、少しずつ、島村に千円払って銀行に行き少しずつ。

少しずつでも積み重なって、2年半で150万くらい貯まっていた。

ここで頑張って働いて、絶対に大学に行こう。きっと、なにかが変わるはず。

*****

 ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

「待つ夜ながらの有明の月」8~9話辺りの話になります。

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の5~SIDE・K

《SIDE・K~5》

 『滝山クリーン』の従業員になった俺と輝也は、「若いから」という理由で別々の仕事場に行く事が多かった。

清掃の仕事には大きな機械や道具類の運搬が付き物だ。それに終わった後はそれらを洗浄する作業が待っている。やってみるとなかなか重労働で、たしかにじいちゃんたちだけでは大変だ。それに高い所は脚立を使うし、初日にみんなが「若い人だよ」「良かったなあ」と口々に言い、大歓迎された意味がわかった。

深夜の店舗掃除は《トリスタン》《イゾルデ》《シェーナ》を週に一回ずつ、機械を入れて床を磨いたりする。高田店長の《白夜》と《SUZAKU》は逆に昼間に掃除に行く。

そしてシルバーセンターで俺たちは「孫」と呼ばれている。毎日のようにおばちゃんたちからお弁当や手作りのお菓子、飴玉やペットボトルのお茶、「夕食のおかずに食べなさい」とおかずを貰ったり・・・ほとんど食費が掛からない。

「3人で住んでます」と輝也が話したから、その日から基本的に何でも3人分渡されるようになった。

休憩時間などはわざわざ温かい飲み物を買ってくれたり・・・俺は祖父母と暮らした事がないから最初は戸惑ったけど、輝也は順応性の高さを発揮して「孫」であることに慣れたようで、誰にでも「じいちゃん、ばあちゃん」と声を掛けて可愛がられている。


毎日違った「お袋の味」をおかずにしては、母親の味を思い出す。

母親と似た味に出会っては母親を思い出し、全く違う味に出会っては母親を思い出す。

俺にはそれが辛かったりする。

憎いけど、憎みきれない両親。


 母親も父親と一緒に製麺工場で働いていたが、朝晩の食事はきちんと作ってくれていた。中学時代は週2日、部活の後に塾に直行していたが、塾にはいつも母親の手作り弁当が届いていた。3年になると塾に行く日が増えて、塾に行く前に家に戻るとダイニングテーブルにはちゃんと食事が準備されてて・・・。

そんな事を思い出すから、本当はありがたいはずのおばちゃんたちの弁当や晩のおかずも、時にはグサリと胸を抉る。


《スプリング》の寮で出される食事は、『春日井ファイナンス』の事務員さんの母親が作ってくれていたけど、味もメニューも単調で美味くも不味くもなく、最初の幾日か感傷的になっただけでこんなに母親を思い出すなんて事などなかったけどな。


 仕事にも慣れて、機械の使い方も覚えた、高い脚立の上も怖くない。

就業時間も不規則で、午前3時に寝て午前8時に出勤なんて当たり前で、輝也とも毎回現場が違うし出勤時間も違ってるからマンションの部屋で一緒に食事するのも週に2、3回。深夜の仕事が終わって風呂上りにのんびりしてると、赤い顔して帰って来る花ちゃんに会う事もある。

それでも、部屋に帰って「誰かいる」のは嬉しい。1人は嫌だ。

両親に置いていかれた俺は、花ちゃんと輝也の存在に依存していた。家族がいる輝也はともかく、天涯孤独の花ちゃんとはきっと死ぬまで離れられないだろうな。花ちゃんの行く所なら、どこでも付いて行ってしまいそうだ。

ここに引っ越してから2週間が経っていた。

その日はマンションの清掃で、たまたま輝也と同じ現場。朝から輝也は「今日は薫と一緒だね!」とウキウキを隠せない。休憩時間にマンションの管理人室を借りて休憩だ。管理人さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、久しぶりに輝也といろいろ話をした。

「ね、ねっ!薫、圭介さんに会うことある?」

「うん、事務所でパソコンとか弄ってるよ。一昨日の朝、不動産の事務所の掃除に行ったら、まだ仕事してたから話したよ」

「ふうん・・・俺、事務所で顔見ただけ」

「そう」

わかり易く「その仕事俺がしたかったなあ」って顔してる。輝也が気にするから、朝から「おはよう」のキスとハグをされた事は内緒にしておこう。

圭介さんは自分で言っていたけど、ゲイだ。俺に会うと必ず頬にキスしてハグする。三木店長も、高田店長も同じように、キスしてハグだ。

S-fiveでは「それは挨拶代わりだから気にするな」と言われて、変な会社だと首を捻る。思い切って事務所の女の事務員さんに「どうしてですか?」と聞いた。

「S-fiveはゲイとかバイの人が多いのよ、社長がそうだからかな?それに採用基準に『容姿端麗』って書いてあるの。今時、可笑しいでしょ?イイ男だらけで私には目の保養が出来て最高の職場よ!」

笑顔で答えてくれたが、納得。社長の信吾さんをはじめ、みんなカッコいい。


 滅多にない機会だし、これから輝也がどうするつもりか聞いてみる事にした。

「なあ、輝也・・・俺、金貯めて大学に行こうと思ってるんだ・・・お前はどうするんだ?」

突然俺がそんな事を聞いたからか、面食らった輝也がクリクリの目を更にクリクリにしていた。

「俺さあ、飲食業って興味あるんだ。調理師の専門学校っていくらぐらいするんだろう?」

意外に考えてるんだ。S-fiveは元々飲食業だし、輝也がそう考えるんだったら、ベストな選択だよな。

俺も、折角ここで雇ってもらえたし大学出てもここで働けるんなら、この会社の役に立つ資格とか取って恩返ししたい。どこの誰ともわからない俺たちを「可哀相だから」というだけの理由で雇ってくれた信吾さんに感謝していた。

「俺、ここで頑張って学資を貯めるよ!」

「うん!俺も!」

輝也は調理師の免許が取れればこのままS-fiveで雇ってもらえるだろう。俺も三木店長みたいにパソコンを自由に操れるようになれば・・・webデザインとかも楽しそうだしな。そういう資格を持っていれば、ここでずっと輝也と一緒に働かせてもらえるかもしれない。


なぜ、あの日彼らが突然現れて、俺たちを解放したのか・・・それは謎のままだった。

それが月に1度だけ《スプリング》で仕事をする『雪』という子に絡んでいる事など、この時の俺たちが知る由もない。


 今日は23時から《シェーナ》、久しぶりに輝也と一緒だった。

「こんなところで働いてみたいなあ」と、輝也が呟いた。

「圭介さんに相談してみたら?」

「そうだなあ・・でも、圭介さん忙しそうだしな・・・」

「電話してみたら?」

「いいよ」

《シェーナ》は古城風の装飾が多いし、壁が石造りになっているから掃除が面倒だ。脚立を少しずつずらしながら店内の石壁の上から下まで埃を落としていく、その後で掃除機をかける。更に、ここの床は絨緞になっているから目立つ汚れがあれば染み抜きをする。


作業が終わったのは午前3時だった。

ようやく片付けを始めて、ワゴン車に道具を乗せていると駐車場に見覚えのあるBMWが入って来た。


「薫!終わったのか?」

BMWから降りて来たのは圭介さんだ。紺色のシャツに白いパンツ、背が高くてモデルみたいな彼は夜中だというのに疲れを見せない。

「はい。もうすぐ終わります」

「じゃあ、これから付き合え!テルは?」

「まだ中に居ます。玄関ホールとトイレのチェックをしてます」


そう言うと圭介さんは事務所から中に入って行った。輝也が喜ぶだろうなあと思いながら、輝也の為に仕事を少しでも早く終わらせてやろうと、片付けを急いだ。


 しばらくして中から輝也と圭介さんが事務所から出て来た。輝也の笑顔が輝いてる。

「じゃあ、この子たちは俺が連れて帰ります」と責任者に声を掛けて、BMWに押し込まれた。「作業着だからシートが汚れます!」と遠慮したけど、この人全く聞いてない。あんまり物に執着しない人なのかなあ。

向かった先はファミレスで「好きなもの頼んでいいよ」と言い、自分は「腹減った」とピザを注文していた。

「明日は休みだろ?なんか用があるの?」

「ないです」と、輝也が返事した。

「じゃ、いいな。話って言うのは、これからの事なんだけど・・・」

 圭介さんの話は、俺たちの将来の事だった。

このまま清掃の仕事では可哀相だから、「なにかしたい事がないか?」と聞いてくれた。春日井の所から出た時は、とにかくまともな仕事がしたくて目の前の清掃の仕事に飛び付いたけど・・・。

「あの・・・俺、大学に行こうと思ってます。両親は・・・あの、俺を置いて・・・自殺でした。行く所も、金を工面してくれる人もいないから春日井の所で働きながら親の借金を返してました。でも、大学に行けば、人生変わるかなって・・・思って」

両親が自殺したなんて事、輝也には言ってない。それを聞いた輝也は驚いた顔で俺を見て、自分が悪いわけでもないのにすまなそうな顔している。

こんな事を話すとみんな「可哀相に」とか「苦労したね」とか同じ反応。そんな同情が欲しいわけじゃないから、両親の事は人には話さない事にしていた。この事を知っているのは花ちゃんと春日井の事務所で話を聞いてくれた信吾さんと三木店長だけだった。


両親の仏壇も位牌も持ってない。伯父の家に預けたままで、どうなったのかもわからない。俺はこれまで島村に千円払って2回命日に墓参りに行っただけだった。


「ふうん、そうか・・・大学だな。でも、大学に行きたいと言っても勉強しなきゃなあ」

「情報処理とかそんな仕事をしたいんです」

タバコを片手になにか考えていた圭介さんは、「よし!」とタバコを灰皿に押し付けた。圭介さんは奨学金制度が整っている星望学園大を受験する事を勧めてくれた。

「俺もあそこの奨学金を貰って卒業したんだ。受かればあとはどうにでもなるから」

来年の夏まで約9ヶ月あるから『滝山クリーン』で働いて目標金額は200万円。食費はおばちゃんたちのおかげで安く上がってる。入学後は奨学金が貸与されるし、贅沢しなければ自分の貯金150万円と合わせれば入学金と4年間分の学費くらい何とかなりそうだ。

星望学園大工学部情報工学科、目標をもらって希望が生まれた。

*****

ご訪問ありがとうございました!拍手もありがとうございます!

「待つ夜ながらの有明の月」10話と重複した話です。
  ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の6~SIDE・K

《SIDE・K~6》


 深夜の《シェーナ》の清掃が終わって圭介さんに連れて行かれたファミレスで,、俺は「大学進学」、輝也は「調理師になりたい」と希望を伝えた。

俺は星望学園大の受験を勧められて、来年の夏まで清掃の仕事を続けて受験する事になった。輝也は「明日から《銀香》に行け」と言われて、またまた目をクリクリさせている。

「10時に迎えに来るから、いいな」と、言われた輝也は微妙な顔で笑う。その様子が気になった俺は、部屋に戻って「良いのか?」と聞いた。輝也はまだ迷っているようで、「薫こそ・・・大学は星望でいいのか?」と聞いた。


良いも悪いもないんだよ。

親も無く、本当に頼れるものは自分だけ。

助けてくれたここの人たちが「助けてやるよ」と言ってくれる限りは、彼ら頼るしかないんだよ、俺は・・・。たとえそれが罠だったり甘言だったとしてもね。

彼らの引いたラインに乗っかっていくのが妥当なんだ。そこで失敗が待ってたって誰の所為でもない。それを選んだのは自分自身の判断だからな。


 輝也は翌日から《銀香》に出勤している。

『滝山クリーン』のスタッフは口々に「また、若い人がいなくなった」「輝也くんがいないと寂しいわ」と残念がっていて、俺には「薫ちゃんは辞めるなよ」と言われた。嘘を言いたくはないから「来年、大学を受験するために金貯めてるんです。だから来年の7月くらいまでしかここにはいませんよ。でも、夏休みとか深夜のバイトは続けますからよろしくお願いします」と言った。

「夏休みと深夜だけでも助かるから、ぜひ来てくれよ」と所長に言われて、「頑張ります」と答えた。


 《銀香》に移った輝也は前よりも表情が明るくて、きっと圭介さん絡みで良い事があったに違いないと思っていた。

「夕方には圭介さんが、俺の様子を見に来てくれるんだよ!」と、嬉しそうに笑う。

「華恵ちゃんが来る時間を避けて、コーヒーを飲んで帰るんだよ」

「ふうん」

「でも、信吾さんは・・・」

「信吾さんが?」

「信吾さんは俺に会いたくないみたい・・・目を合わさないっていうか。なんか、時々ロッカールームに籠もってたりするんだよね。俺の前にアルバイトしてた子がいるらしいんだけど、『怜ちゃん』っていうんだ」

「へえ、たぶん可愛い子だったんだろうね」

「なんでわかるの?」

「だって、S-fiveのスタッフってみんな顔立ち良いじゃん」

「ああ」


 初めて聞く『怜ちゃん』という子が『雪』という《スプリング》の男娼だったなんて、俺たちは知らない。彼らが『雪』を消す為に春日井の会社を潰したなんて事も、俺たちは思いも寄らない。

『雪』は毎月10日だけしか仕事をしない子で、9日の深夜から10日に掛けてデートクラブのホームページに写真がアップされていた。初めて写真を見た時は女の子かと思ったくらいだ。赤い唇と切れ長の大きな瞳に綺麗な鼻筋、美少年という言葉がピッタリの『雪』は睨み付けるような顔で写真に写っていた。愛想笑いでオトコを誘う俺の写真と『雪』の写真を見比べてとても嫌な気分になった事を覚えている。

この時はまだ、事実は知らされず全ては闇の中だ。


 毎日夕方になると《銀香》に来てくれる圭介さんの目的が、輝也の言うように輝也の様子を見に来ているのではない事がわかるのに、そんなに時間は掛からなかった。

俺は少しでも金を貯めたくて、深夜の仕事をたくさん入れてもらっていた。だから、朝から出掛けて夜11時くらいに帰る輝也とはほとんど顔を合わせる事はなかった。

逆に夜中に帰って来る花ちゃんと俺はよく会う事になった。花ちゃんは午前2時から3時くらいに帰宅するから、週に4、5回は顔を合わせていた。

輝也は寂しかったと思う。

激変した生活、慣れない店、慣れない仕事、毎日やって来る大好きな人・・・生来明るくて表情豊かな輝也だけど、寂しいと思う気持ちは3人の中で一番強かったと思う。


深夜の仕事を終えて、クタクタでドアを開けると珍しく輝也と花ちゃんが揃ってリビングにいた。

「お帰り!薫!」

「ただいま!珍しいね、2人が揃ってるなんて。久しぶりに3人揃って、嬉しいね!」

「うん!薫、おなか空いてない?高田店長がお寿司買ってくれたんだよ!」

「食べる!」

本当は風呂に入ろうと思ってたけど、その時間も惜しかった。だって3人揃うなんて滅多にない事なんだから。俺は洗面所で手を洗って、ダイニングテーブルに合流した。

「美味しい!」

美味い寿司を食べながら、花ちゃんの取り留めのない話を聞くのも楽しい。「高田店長がね・・・」といつものように高田店長の話を始めた花ちゃん。最近会うと、必ず「今日の高田店長」を聞かされるんだ。

まあ、内容はなんて事ない話で「帰りにコンビニでおでん買ってもらった」とか「同伴してもらった」とか。

「それでさあ、高田店長が・・・」

花ちゃんは幸せそう、だけど・・・輝也は対照的で、楽しそうに笑ってるんだけどなんとなく暗い。時々溜息を吐いたり・・・なんかあったな。

「輝也、もう寝たほうがいいよ。9時には出勤だろ?」

そう言うと、輝也は素直に立ち上がった。時刻は午前3時半、残念そうな輝也は「そうだね・・・おやすみ」と寂しそうに部屋に入った。


 寿司を食べ終わり、花ちゃんに小声で聞いた。

「ねえ、輝也だけど・・・なにかあった?」

「うん。良くわかったね」

「うん、なんとなくね。圭介さんだろ?俺、明日は昼から仕事だから話してくれない?」

「薫はさすがに鋭いね!当たり!圭介さんが輝也を《銀香》に移した理由って言うのが、わかったんだ」

「なに?」

花ちゃんは俺の隣に移動して「僕の部屋に行こう」と俺の手を引いた。部屋に入るとますます声を落として、いつになく真剣な顔。

「あのね・・・圭介さんが輝也に『信吾さんを誘惑しろ』って言ったらしいよ」

「はあ?」

「可愛がってもらえるからって・・・輝也さあ、高校時代の同級生にオトコとホテルから出るところを見られてたらしくて、その事をお姉さんにバラすぞって、脅されたんだって!」

「嘘・・・それで?」

「ファミレスで手を握られて、ムカついてフォークで刺そうとしたらしいんだけど・・・ちょうど三木店長がいて止められたって」


ああ良かった。そんな事したら警察のお世話になってしまう。

問題が大きくなって、輝也だけの問題ではなくなるし、《スプリング》の事が公になればあのヤクザのお兄さんが一番迷惑を被る事になる。下手すれば組の存続に関わるような大問題になりかねない。最近はそういう職業の人に風当りが強いんだよな。


「良かった・・・でも、どうして輝也に『誘惑しろ』なんて言うんだよ」

「うん、僕も高田店長から聞いたんだけど・・・社長には恋人がいて、今事情があって離ればなれなんだって」

「それと輝也がどう関係するの?」

「『慰めてやってくれ』って言われたって」


圭介さんへの気持ちに輝也は気が付いているのかな?

圭介さんは輝也の事をどう思っているのかな?

圭介さんが輝也の気持ちに気付いていようがいるまいが、信吾さんを「誘惑しろ」なんて簡単に言えてしまう・・・それは俺たちが男娼だったからだ。

こうして永久に侮られるのは、真っ平だった。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

「待つ夜ながらの有明の月」11~17話辺りの話になります。

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の7~SIDE・K

《SIDE・K~7》


 輝也が寝てから花ちゃんの部屋で今日の出来事を聞いた。輝也は友人に脅されて、その上圭介さんから社長の信吾さんを「誘惑しろ」と言われたそうだ。


「それだけ?」

「ううん、同級生が付き合おうって言ったんだって・・・それで」

「フォークでグサッ!ってこと?」

「うん」


一口に同級生と言ってもどのくらいの付き合いがあるヤツからそう言われたのかはわからなかったけど、ソイツが輝也の心を大きくキズ付けたって事だけはわかる。

輝也は明るくていつも元気いっぱいで、だけどフォークで人の手を突き刺してやろうなんて考えるような「キレる子」なんかじゃないんだ。そんな事してしまったら「警察に行く」とか「訴えてやる!」と脅されてしまうし、それくらいの判断が出来ない子ではない。


余程、腹に据えかねたのか・・・その同級生が親しい関係だったんだと思った。


「まだ続きがあるんだよ。その後、輝也は圭介さんにこのことを相談しようと《SUZAKU》に行ったんだ。圭介さんは、運悪くオトコを事務所に引っ張りこんでいたらしい」

「ああ」


親しかった同級生の裏切りと圭介さんの情事・・・どちらもショックだな。

まあ、圭介さんのことは恋人でもないんだしとやかく言う筋合いじゃないが、少なからず圭介さんのことを想っている輝也にはキツイだろうな。


「輝也って、圭介さんのことが好きなんだ」

「うん、なんとなくわかってた」

「さっきそう聞いたら、ドギマギしてた。自分でも好きとか自覚する前だったのかな?Loveの手前?」

Loveの手前・・・なるほど。

「社長に突撃は止めとけって言っておいたけど」

「うん」


たぶん、輝也は圭介さんの言うことを聞くだろう。

それは「Loveの手前」ではなく「Love」だからだ。


《SUZAKU》の事務所にはベッドがある。それは圭介さん専用らしい。酔って帰れない時や遅くなって帰るのが面倒な時に使う為に置いてあると聞いた。

でも、事務所の掃除をする俺は知っている。

《SUZAKU》の事務所のベッド・・・そこはいつも綺麗にカバーが掛けられていて見た目にはなんとも無いんだけど、俺たちはゴミを捨てるから明らかな情事の痕跡を発見する事だってあるんだ。


「薫は、どう思う?」

「どうって・・・輝也は圭介さんの言うとおりに動くと思うよ。それよりその同級生ってヤツが・・・心配」

「今度から三木店長が学校まで送ってくれて、帰りはタクシーだよ?」

「ふうん・・・だけど・・・。輝也は自分をフォークで刺そうとした人間だよ?輝也のことを逆に・・・裏切られたとか、なんていうのか・・・友だちだと思ってたのにとか・・・そんなふうに思わないかな?」

「う~ん・・・それもそうだね・・・でも、大丈夫だよ!だって送り迎え付きだよ?」

「うん・・・そうだね」


楽観的な花ちゃんの言葉がイマイチしっくりこない。俺の取り越し苦労で終わってくれれば良かったんだけど・・・しかし、漠然と浮かんだ不安は現実のものとなる。


輝也は圭介さんが毎日《銀香》にコーヒーを飲みに来るのは「俺の様子を見に来てくれてるんだ」と言っていたのに・・・目的は違う所にあったのか。


この時、花ちゃんは高田店長から『社長の恋人』のことを聞いていたけど、俺たちは『社長の恋人』が《スプリング》の『雪』だとは知らされないままでいた。


花ちゃんは「社長って、昔から輝也みたいに可愛いタイプに手を出すらしいんだよね。圭介さんも輝也じゃなくて僕に言ってくれれば良かったのに」と言った。

花ちゃんは気が付いていないのかな?自分が高田店長に恋してること。

「輝也は圭介さんから『今度の土曜日は三木店長が休みだから、その日に信吾さんを誘え』って、言われたらしいよ」とも花ちゃんが教えてくれた。

俺の土曜日のシフトはたしか深夜は無いけど、翌日が早朝出勤だった。

輝也が帰った時に、俺か花ちゃんが部屋にいてやれればいいんだけどな・・・。


 土曜日は輝也のことが気になっていたけど俺にはどうする事も出来なくて、一日の仕事をこなして帰社した。事務所で明日の予定を確認していて気が付いた。毎週日曜日は定休日の《白夜》か《SUZAKU》に入るはずで、今週は《SUZAKU》だと思っていたら、明日の早朝の仕事は《白夜》だった。

《SUZAKU》は改修工事が始まるから日曜日から3週間の休業、工事の前に荷物を運び出すと聞いた。


輝也がどうしたのかは聞かなくてもわかってた。輝也のことだから、圭介さんの言うとおりにしたに違いない。

信吾さんがどういう行動をするのか、わからないし・・・花ちゃんの話では、恋人とは離れ離れだという。

だったら、ヤるだけヤッて遊ばれる可能性だってあるって事だ。


花ちゃんは「社長は恋人の事を溺愛していたらしいから、輝也がそんなことしたら迷惑だと思うんじゃないかな?」と言っていたけど。

男なんて欲望の塊りじゃないか、わかるもんか。輝也だって1年半《スプリング》にいたんだ、それくらいわかるはずだ。好きでもないオトコに突っ込んで、「処理」してしまえるんだ。

それに「社長が手を出しそうなタイプ」だって言うんだったら、余計にわからないじゃないか。

好きでもない男に媚を売って腰振って、愛想良く「またね」なんて生活からやっと解放されたのに、また同じような思いを輝也にさせたくなかった。


輝也が泣くのを見たくなかった。

自分が泣くより、輝也が泣くのが嫌だった。

俺にとって花ちゃんと輝也は家族みたいなものだったから。



土曜日の夕飯はおばちゃんから貰った鰈の煮付けと自分で作ったサラダ。

最近、自分の節約の為と食事を菓子パンで済ませようとする花ちゃんの健康の為にも毎朝味噌汁を作っている。作り方を教えてくれるおばちゃんはたくさんいたし、「お味噌汁を作る」と言ったら「このお味噌が美味しいわよ」とそれぞれのイチオシの味噌が何個も手渡された。

俺が味噌汁を作るから、2人も当然それを飲んでから仕事に行くようになった。毎月食費を出し合おうということになり、俺たちの共同生活は揉め事もなく順調だ。輝也が学校の課題の練習で切った野菜を持って帰ってくるからそれを使って作る事もあるけど、主に俺が買い物して出勤前に作っている。

流行りのシェアハウスって感じだ。

一緒に住んでいても顔を合わせる機会は減ったけど、こういうことでお互いの存在を確認しているのかなと思う。

平和なようで平和ではない、微妙な均衡で保たれている3人の生活。

このまま何事も無く、平穏に過ごせるようにと思っていたのに・・・輝也の周囲は慌しく荒れ狂う海の中のように変遷を繰り返す。

それに引き摺られるように俺の生活も少しずつ変わっていく。

生活も気持ちもね・・・。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごし下さいませ!

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の8~SIDE・K

《SIDE・K~8》


 俺が漠然と感じていた不安はやがて現実になる。


土曜日、俺はいつものように真っ直ぐ部屋に帰って、輝也の帰りを待っていた。でも、いつまで待っても輝也は帰って来なかった。

翌日の出勤は早朝6時、朝ご飯の準備を含めて5時過ぎには起床予定だけど・・・午後11時過ぎても帰らない輝也は、きっと・・・。

「はあ・・・」

ソファーの肘掛にクッションを置いて凭れかかって、反対側の肘掛に足を投げ出して天井を眺めた。

輝也は圭介さんの言うとおりに、信吾さんを誘惑したに違いない。

それから、どうなったのかな?やっぱり、ホテルとか?


テレビを観る気はないけど、毎週放送されてるくだらないバラエティー番組にチャンネルを合わせて気を紛らわせる。その後は興味もないスポーツニュースが続いて、何度目かの溜息が零れる頃、時間は既に午前0時を過ぎていた。

両親がいた頃はこんな格好でテレビを見ていたら「姿勢が悪くなるから止めなさい!」と母親に叱られてたっけ・・・。

遅くまでテレビを観たり、電気を点けっぱなしにして寝たりすると「電気代が勿体無い!」と叱られたな。


急に思い出したのは、そう・・・今日が母の誕生日だったから。《白夜》の清掃の後、せめて墓に花を手向けたくて休みを貰っていた。

お墓参りの前には百貨店で母が好きだった石鹸を買おう。


つい、うとうとしていたらしい。

物音に気が付き目を開けると「薫・・・ただいま」と、遠慮がちな花ちゃんの声。

「花ちゃん、お帰り・・・輝也が帰って来ないんだ」

「じゃあ・・・社長と・・・ホテルとか?」

「わからないけど」

「電話とかメールは?」

「してない」

花ちゃんが帰って来たという事は、もう午前2時過ぎか。

「薫、明日は何時なの?」

「5時過ぎには起きなきゃ」

「あとは僕が待っているから、薫は部屋で寝たほうがいいよ。重労働なのに」

「うん、じゃあ・・・ごめん、おやすみ」

花ちゃんの「おやすみ」に送られてベッドに潜った。


さっきまで見ていた夢は、親子3人で高校受験の合格祈願にお参りした神社の鳥居の前・・・あそこで両親と何をしていたんだろうと、夢の続きが見たくてそのまま目を瞑った。



 翌日、台所にはカップ麺を食べた残骸が2人分・・・帰って来たんだ、輝也。

輝也が戻って来た事にホッとしながら味噌汁を準備して、タイマー予約ですでに炊き上がっていた熱々の白飯とおばちゃんの旅行の土産物のお漬物で朝御飯を食べた。

輝也の事は、花ちゃんから報告を聞くとしよう。

残りのご飯でおにぎり3個のお弁当を準備して、手早く身支度をし作業着に着替えると仕事に出掛けた。


《白夜》のあとは最寄りの駅前でスタッフと別れて、まずは百貨店を目指す。

久しぶりに電車に乗って気が付いたけど、『滝山クリーン』の社名入り作業着のままだった・・・まあ、いいか。

服装はたいして気にもせず、休日の買い物客や遊びに出掛ける同じ年頃の奴らに混じってつり革に掴まった。百貨店の中では薄い緑色の作業着姿の俺は更に浮いていた・・・まあ、いいか。

母が好きだった石鹸は素朴だけど上品なオールドローズの香りで、この香りを気に入っていた母は、いつも自分のタンスの中に入れていた。「本当は化粧品もこのシリーズの物を全部買って使いたいんだけど」と、笑う母の化粧品はドラッグストアの手頃な値段の物だったと思う。

今の仕事は汗を掻くから、常に持ってるタオルと下着の引き出しに入れようと思って買いに来たんだ。

初めて自分で買った石鹸は意外と高くて、1つ1260円。2つ買って再び電車に乗り、お寺までは約1時間だ。

駅前の花屋さんで母が好きだった白いミニバラを1000円分。途中のスーパーマーケットでお線香を買って、徒歩で少し高台にある墓地を目指した。

誰も掃除なんかしてくれる人はいないから、両親が眠るお墓は当然荒れ果ていると思っていたのに・・・意外な事に綺麗で草も生えてない。誰かが掃除してくれていたんだ。


良かった。


「おばあちゃんかな」と、伯父と同居している祖母の顔を思い浮かべた。

俺が春日井に連れて行かれる時は、祖母は部屋から出て来なかった。

部屋からは祖母の泣き声だけが聞こえてきて、切なかった。襖越しに「おばあちゃん、元気でね」と声を掛けて、春日井と一緒に伯父の家を出たんだっけ。


お線香に火を点けようとしてライターとかマッチがないことに気が付いた。

「どうしよう?」

来る途中にあったコンビニに行って買ってくればいいか。来た道を立ち帰ろうとして、墓地の入り口に立っている祖母を見つけた。

「おばあちゃん」

祖母は俺の顔を見て、お化けでも見たような顔をして呆然と立ち竦んでいた。

*****

ご訪問ありがとうございました!拍手もありがとうございます!

輝也の事も気になるけど、おばあちゃん・・・気になるよね~~~!

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の9~SIDE・K

《SIDE・K~9》


 2年半・・・か。

久しぶりに会う祖母は一回り小さくなっていた。高校2年の初夏だったな、春日井の事務所に連れて行かれたのは・・・本来なら俺だって同級生達と一緒に大学受験して、順当にいけば今頃大学1年生。

アルバイトして、学園祭だ、旅行だと楽しかっただろうなあ・・・。


「おばあちゃん」

「か、薫・・・薫ちゃん」


祖母の声が震えた。

その場からお互い動く事も出来ずに、祖母はその場で泣き出し、俺はその様子を黙って見ていた。


どうして泣いているのかな・・・久しぶりに会って嬉しいから?

だったら、駆け寄って「会えて嬉しいよ、薫ちゃん」と、言ってくれるんじゃないのか?

祖母なのに・・・どこか穿った考え方しか出来ない俺は、変わってしまったのかな?

ゆっくりと歩み寄って祖母の前に立った。


「おばあちゃん、久しぶりだね。元気だった?」

「薫ちゃん・・・ごめんね、ごめんね・・・おばあちゃんは・・・なにもしてやれなくて」

「おばあちゃんが、お墓の掃除してくれてたの?」


頷く祖母の手には、お線香と花が握られていた。


「ありがとう」

「薫ちゃん・・・生きていたのね」


祖母の言葉は衝撃的で、不思議な事に俺にはピッタリだと思った。

「うん」

これが伯父ならば「生きてて悪かったね」と、嫌味の一言でも出てきそうなもんだけど、相手は『おばあちゃん』だ。


「おばあちゃんも元気でしたか?」

「薫ちゃん・・・ごめんね、ごめんね」

「おばあちゃんがお墓の掃除してくれてたんだね?」

「毎月の月命日と2人の誕生日だけは、お線香とお花をね。薫ちゃんに会えて良かった、おばあちゃんは・・・」


泣き止まぬ祖母の肩を抱いて墓の前でお線香を上げた。花を替えて、俺が持って来たおにぎりを2つお供えして、残りの1つを祖母と2人で半分こしてお墓の前に腰掛けて食べた。


「薫ちゃん、今までどこにいたの?」

「うん、ここで働いてるよ」


と、胸ポケットの『滝山クリーン』の刺繍文字を指差して見せた。


「『滝山クリーン』・・・何の会社なの?」

「清掃業だよ。ビルとかお店の掃除とか、マンションのエントランスを綺麗にしたり電球替えたり、そんなこと」

「そう・・・あの日・・・毅おじさんが急に『務の借金がまだ残ってて、返せと言って貸し金業者が来た。今すぐ全額返せないんだったら・・・息子を連れて行くと言ってる』って・・・薫はまだ子どもじゃないか、ダメだと言ったんだけど・・・おばあちゃんは、ほら、伯母さんと上手くいってないでしょ?だから・・・『じゃあ、母さんが年金で返すのか?』って・・・それでもいいって言ったのよ。そしたら・・・伯母さんが『ここから出て行け』って、借金の肩代わりはごめんだって・・・ここに住んでいたかったら・・・部屋から出て来るなって」


伯父一家は、普通のサラリーマンの伯父と近所のスーパーマーケットでパート社員として働く伯母、同じ歳の従兄弟の誠と2つ年下の由梨の4人家族だ。祖母は小さな家で一人暮らしをしていたけど、5年ほど前に新築した伯父の家で同居を始めた。

同居してから祖母と伯母はよく揉めていて、祖母は父を頼って家出してくる事もあった。

母が「お義母さん、ここで一緒に住みましょうか?」と言うこともあったけど、祖母は「あの家は、私が死ぬまで面倒見る約束で私の全財産を毅に渡して、頭金にして建てたのよ。半分は私の物なんだから!」と言って、伯母の悪口を気が済むまで言うと2、3日で戻っていくのだ。

そんな事もあって、伯母と母もあまり上手くいっていなかったようだった。

祖母は黙って、俺を「春日井に渡す」という伯父の言いなりになるしかなかったんだな。

父が残した借金と厄介者の俺・・・どちらも祖母の思い通りにはならないものだしな。


従兄弟の誠は公立高校だったけど、俺は私立だった。学費だって余計に掛かるし交通費だって掛かる。

伯父の家に移る前にも、母の姉の家に1ヶ月、母の兄の家に1ヶ月と、親戚の家をたらい回しにされた。結局、父の兄・毅が「遺書に書いてあるでしょう」と周囲から詰め寄られて、渋々「通っている私立のK学院を辞めて誠と同じ高校に転校するなら」という条件付きで伯父の家に俺の住所を移すことが出来たのだ。

あの家から追い出されたら、祖母だって年金だけで暮らせるはずないもんな。祖母が住んでいた小さな家を売却して、伯父の家の頭金の足しにしたらしいし。

そういえば、母が「私たちはなにももらってないのに、お義母さんを引き取って面倒見なくちゃならないのは、納得いかないわ」と言っていたのを聞いたことがある。

「ここで一緒に住みましょうか?」という母の言葉は、母がそう言っても祖母は「うん」とは言わないとわかっていたから言えた言葉だったんだな。


今頃気が付いた・・・それは母の偽善だったんだ、と。


「よかった、薫ちゃんのことは『忘れるんだ、死んだと思ったほうがいい』って毅おじさんが・・・」

「ちゃんと、生きてるから。安心して・・・伯父さんたちにもよろしくね」


なんだか嫌な感じがして、立ち上がった。


「薫ちゃん、携帯電話の番号を教えて頂戴!持ってるんでしょう?」

「持ってない」


平然と嘘を一つ。


「持ってないの?じゃあ、どこに住んでいるの?それだけでも教えて」

「おばあちゃん、これからもお墓の事お願いします。俺も来れる時はちゃんとお参りするから・・・お位牌とかはどうなってるの?」

「おばあちゃんが毎日お線香上げてるよ。おじいちゃんと一緒のお仏壇に入れたでしょう、あのままだよ」

「そう、ありがとう・・・お願いします。俺、ちゃんとお仏壇買えるようになったら、必ず受け取りに来るから。寒くなるから、おばあちゃんも身体に気を付けて。命日でも、寒い日は来ない方がいいよ」


祖母に「お願いします」と頭を下げて傍を離れた。


「薫ちゃん!待って!電話してちょうだい!おばあちゃんの携帯に!時々でいいから!」

「番号、わからないから・・・いいよ」

「薫ちゃん!」


祖母の偽善に付き合う余裕はなかった。

みんな自分の事で精一杯なんだから・・・両親を一度に亡くして一文無しになって、その上借金を抱えた俺なんか邪魔な存在でしかないさ。

作業服の袖で涙を拭いた。


「薫ちゃん!」


さようなら、おばあちゃん。

また、ここで会えたらいいね。


駅から長く続く坂道を上ってここに通うのは、あと2、3年で80歳になるだろう祖母には大変だろうな。

ここを上って毎月お墓参りするのは、自分の生活の為に俺を捨てた祖母の贖罪の気持ちだろうか。

お墓に「ごめんなさい」と謝っていたんだろうか。


それで祖母の気が済むんだったら、それだけでもありがたいと思わなきゃな。

父母の墓なんか誰も掃除に来ないだろうし、花やお線香を上げてもらってるなんて思いもしなかった。俺はここで草取りして帰るつもりだった。


さようなら、おばあちゃん。

ありがとう、おばあちゃん。


必ず大学に合格して、自立してお仏壇を買ったら、両親の位牌を引き取りに行こう。

その時まで、おばあちゃん、よろしくね。長生きして待っててね。

あの家で唯一優しくて、時々「誠たちには内緒だよ」とこっそりと千円札を握らせてくれた人。


駅に着いた時には、涙も枯れてトイレの洗面所で顔を洗った。駅ビルの大きな書店に入り、一目散に参考書売り場を目指して、星望学園大の赤本を探して購入した。


「輝也は帰って来たかなあ」

つい零れた独り言は「輝也」だった。

*****

ご訪問ありがとうございます!拍手もありがとうございました!

薫ちゃんの伯父さん、その他はこれからも出て来ますので・・・苦情は三木くんまで!!(三木くんは最近、苦情係という新たな役職をもらいました。ありがたくないね♪)

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!

忘らるる身を知る袖の10~SIDE・K

《SIDE・K~10》


 祖母の事、伯父の事、両親の事、いろいろな考えで一杯になって部屋に帰ると、花ちゃんがソファーに転がってDVDを観ていた。

「ただいま」

「薫、お帰り!おなか空いた~!」

まあちゃんはDVDを停めて駆け寄ると、俺の背後から抱き付いて離れない。どうやら1人で寂しかったらしい。

「はいはい、輝也は?」

「5時までだからもうすぐ帰るよ!ねえ、なにを買って来たの?」

俺の手から買い物の袋を取り上げて中から肉や野菜を出し始めた。ダイニングテーブルの上に置いた百貨店の紙袋が花ちゃんの目に留まった。


「これ、何?」

「石鹸、それと赤本」

「へえ~ね、ねっ、晩ご飯は何にするの?」


百貨店の袋の中の石鹸の包みをクンクンしてる花ちゃんは石鹸には興味を示したけど、赤本の袋には無反応。


「おばちゃんたちに豚汁の作り方を聞いたから、豚汁。それと豚の生姜焼き。それより、昨日の事はどうなったの?輝也に聞いた?」

「うん・・・それがさあ」と、花ちゃんは昨日の輝也の事を聞かせてくれた。

「案の定、裸で突撃したらしいよ!」

「裸で?」

「あっ!正確には上半身裸」

「ああ、そう。で?」

花ちゃんにはニンジンとピーラ-を渡し、俺は豚肉や椎茸などの野菜を切っていく。

「椎茸、嫌い」

「食べなきゃダメ!」

「それでさ、社長に丁重にお断りされたらしい」

やっぱりね・・・。

「その後、社長が一緒に《シェーナ》に行こうって言うから、連れて行ってもらってまかないのカツ丼食べたんだって!僕も食べたい!ね、ねっ!今度、カツ丼作って!」

話がカツ丼メインになってしまいそうだ。

「あ、うん。習っておく。それで?」

「それで・・・《シェーナ》から電車で帰って来たら、駅のコンコースにアイツがいたんだって!待ち伏せだよ!」

「待ち伏せ!?」

思わず手が滑り、椎茸が飛んで行った。

「アイツ、ほらフォークでグサッ!の同級生」

「アイツか・・・」

「ソイツが輝也を脅してさ、部屋に連れて行けって・・・それでさ」

「それで?」

花ちゃんは、すごく自慢げに「王子さまが現れたんだよ!」と言った。気が付けば渡したニンジンはどこまでも皮を剥かれて細くなっていた。

「あっ、ニンジンはもういいよ。次はこれ洗って、皮を剥いてね」と、今度は大根を渡す。

可哀相なくらいに細くなったニンジンを切りながら「王子さまって・・・もしかして、圭介さん?」と聞いた。

「当然だろ!?」

興奮気味に大根の皮を剥く花ちゃんを見て、このままじゃ大根もニンジンと同じ運命を辿るから「大根はもういいよ」と受け取り、代わりに「小さい鍋でお湯沸かして」と頼んだ。


「仕方なくソイツをここに連れて来ようと思ったら、圭介さんが来て『俺のもんだ!手を出すな!』って凄んだって。カッコいい!言われてみたいなあ~いいなあ~」

少女のように「いいなあ~」と王子さまの出現を夢見る花ちゃんは、なぜか頬を染めた。

彼の目下の王子さまは高田店長だ。

「そう」

「それでね《SUZAKU》の皿洗いを手伝って、でね!でね!お客さんにキスされちゃったんだって!」

「お客さんに!?」

俺の手は再び滑って、今度は大きなゴボウのささがきが出来た。

「うん!」

また、どうしてそんな事になったのか・・・花ちゃんが沸かしたお湯に油揚げを入れて油抜きをし、「はい、もう一回お湯沸かしてね」と、再び鍋を渡す。

説明不足も良いところだけど、花ちゃんだから仕方ない。要するにお客さんにキスされたらしい・・・多分、無理矢理。

「そしたらさ、また圭介さんが助けてくれたって。それでね・・・圭介さんからキスされちゃったんだって!」

「キス」

「そう、キス!頬っぺたにチューじゃないよ!お口にだよ!《SUZAKU》でも、お客さんに『俺のだから、誘惑しないでくれ』って言うんだって・・・輝也、スッゴク喜んでたんだよ」


それは圭介さんの気紛れなのか、それとも・・・。

圭介さんの気持ちなんて全くわからないし、なぜそんな事するのか事情もわからない。

だけど、俺の心には簡単にキスしたり、『自分のもの』と発言して輝也の心を翻弄している圭介さんに、疑念というか・・・不安みたいなものが生まれた。

俺にも頬にキスしたり、ハグしたりするけど・・・そんなのはただのイタズラみたいなものだ。


モヤモヤする気持ちを茹でたコンニャクにぶつけた。他の材料も適当な大きさに切っていくけど、やっぱり納得出来ない俺がいた。

どうか、圭介さんが輝也のことを『遊び』でからかったりしませんように。軽く見られても仕方ない俺たちだけど、『遊び』ならキズが浅いうちに『遊び』だと輝也に悟らせて欲しい。


「ふうん・・・それで?」

「《SUZAKU》は閉店して改装するんだろ?昨日は閉店まで手伝ってたから遅くなったらしいよ。スタッフからも可愛がられて・・・いいなあ」

「花ちゃん、大きな鍋を取って」

「はい」

豚汁を作りながら、豚の生姜焼きの準備をして、花ちゃんに豚汁の灰汁取りを任せて、俺はキャベツを千切りにする。

「でも、みんなにもキスしたりハグするだろう?その事を気にしてたよ」

「そう」


輝也が単純に喜んでるだけじゃなくて、少しは冷静な部分もあるんだとわかって、少しホッとした。


輝也は5時過ぎに帰ってきて、久しぶりに3人で食卓を囲んだ。輝也は「信吾さんが今までどおりに接してくれたから良かった」と嬉しそうに笑っていた。


「豚汁、美味しいね!」

そう言ってニッコリと笑う花ちゃんは可愛い。

というか、綺麗な顔・・・いかにもハーフですって顔で、色白で・・・白いと言っても俺たちの白さとはちょっと違う、抜けるような白い肌。

薄茶色の瞳と同じ色の髪。西洋と東洋が上手い具合に合わさって、「美少年」と言う言葉がピッタリだ。

例の『雪』は生粋の日本人だとわかる。

花ちゃんは英語で話し掛けられそうな雰囲気だが、彼が正確に理解しているのは「ハロー」と「グッバイ」くらいでABCも怪しい。特にH、I、J、K、L、M、N辺りは、相当怪しかった。まあ、ABCの歌が途中で可笑しな歌に変わる感じだ。

「だって、中学もあんまり行ってないもん!」

と、威張って答えるところが可愛いんだけど・・・「社会人としてアルファベットの歌くらい歌えた方がいいよ」と言ったら、「今のところ必要性を感じた事がない」と笑った。

こんなふうに口が達者な所も、可愛いかったりする。


この後、輝也には酷い災難が次々に訪れるんだけど・・・こんなに楽しい共同生活は嵐の前の静けさだったんだろうか。


*****

ご訪問ありがとうございます!拍手もありがとうございます!

「待つ夜ながらの有明の月」18~22話を輝也発花ちゃん経由で話すとこうなりますwww

   日高千湖

ランキングに参加しております~良かったらポチッと押してやって下さい!
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL小説
ありがとうございました!
プロフィール

日高千湖

Author:日高千湖
日高千湖のBL小説ブログへようこそ♪





無料アクセス解析



こちらはオリジナルBL小説ブログです。BLという言葉なんて知らない、嫌悪感を抱くとおっしゃる方は回避願います。

旧ブログ『薄き袂に宿る月影』をご愛顧頂きました皆さまには、ご迷惑をお掛けしております。

旧ブログ内で公開しておりました作品につきましては順次こちらでも公開して参ります。また、旧ブログで公開中の作品は今のところそのまま残しておりますが、こちらへは改稿した上でUP致します。こちらへ移転後は旧ブログでの公開は見合わせたいと思いますのでご了承下さいませ。

左上の【Sitemap】をクリックして頂きますと過去3ヶ月の更新記事がお読みになれます。お久しぶりの方、読み逃がした方はこちらが便利です♪

サイトマップ代わりに【目次と登場人物紹介】というカテゴリを作成しましたので、そちらをご利用下さい。

★拙作ではございますが、著作権は放棄しておりません。お持ち帰りはご遠慮願います。

★大変お手数ではございますが、リンクをご希望の方はコメント欄にてお知らせ頂けると嬉しいです♪よろしくお願い致します。


ランキングに参加しております。良かったら押してやって下さい!
  ↓

にほんブログ村


ありがとうございました!

★尚、拍手コメントくださいました方へのお返事は、コメントを頂いた記事のコメント欄にて書かせて頂いております。ご確認下さいませ★

では、ごゆっくりどうぞ♪

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
リンク
QRコード
QR
フリーエリア