『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

T・88

 敬治は助手席からの景色が物珍しくて、ずっとキョロキョロしている。運転席にはいつものように大川が座りハンドルを握っているが、後部座席には槌屋と河野大成。護衛が乗った車も含めて3台が連ねて出て行くさまを、飯坂は笑みを湛えながら見送った。

 敬治は武村も一緒に行くものと思い込んでいたが、それは秋元が「武村には仕事がある」と言って許さなかった。

現在、敬治の仕事は掃除や炊事、洗濯が主だ。本来なら、一番下っ端の敬治がやるべき仕事を、今日は古株の武村が代わってやらなければならない。

もう河野の『客人』ではないのだ、と敬治は一秒ごとに感じている。

 今朝は大川から習いながら朝食を作った。大所帯の食事は鍋も炊飯器も大きく、材料を切り揃えるだけでも大変だ。慣れない作業にもたもたする敬治は足手纏いでしかなかった。「もっとスピードアップ出来ないのであれば、1時間早く起きるしかない」と大川に言われたが、敬治はポジティブだった。「もっと早く起きますから!明日も教えてくださいね?」と言ってのけ、大川に苦笑させた。大川も1時間早く起きなければならない、という事までは思い至らないのだ。

大川には車に乗る前に、「車の中では私語は禁止」、「スマホの電源は入れたままでいいが、バイブにしておけ。出ていいのは組からの電話だけ」、「いつ危険な目に遭うかわからないから、常に緊張感を持つように」と注意を受けたが、敬治は窓の外の景色を楽しんでいるだけだ。

車に乗り込む時も、敬治は当たり前のように後部座席に乗ろうとして大川に襟首を掴まれた。目を吊り上げた大川に、「お前が助手席だよ!」と注意されて、自分を取り巻く世界が変わった事を実感する。

「あの」

話し掛けたが大川は無視した。

「大川さん」

大川は眉を寄せたが、前を向いたままで返事をした。車に乗る前に「私語禁止」と伝えておいたのに、と大川は敬治を睨んだが、敬治はニコニコしている。

「何だ?」

「前の席って、景色が良いね。あっ、ですね」

「まあな。運転するのに前が良く見えないと意味ないだろ?」

「・・・あっ、そっか」

敬治はポンと手を叩いた。

「成程」

「っていうか、お前さ。それを今言う?」

「あっ」

後部座席に座っている槌屋が咳払いをしている。

「黙ってろ」

「あの・・・すんません」

雑魚部屋の者たちが言うように、「すんません」と言ったのが可笑しかったのか、河野が笑い出した。

「あははっ。敬治、無理しなくてもいいんだぞ」

「・・・す、すんません」

「ははっ」

敬治を気遣う河野に反して、槌屋は今までとは待遇も立場も違うという事を思い知らせ、「ケジメ」を覚えさせなければと思っている。河野が同乗していれば遠慮するのが筋、というもの。河野の傍で何年も仕えている大川と2、3日前に雑魚部屋に入った敬治では立場が違う。大川が軽口を叩くのとは、わけが違うのだ。

「若。加々見には厳しくしませんと」

「急に若い衆の真似して、可笑しいだろ?」

「いえ。それでは他の若い衆に示しが付きませんから」

「そうか」

河野は気に入らなかったのか、視線を窓の外に向けた。

 一方、敬治は次々に現れる巨大なビルを見ては遠慮しながらも「うわっ」と感嘆の声を上げ、スカイツリーの先端が見えれば窓にしがみ付く。

「先が思い遣られますよ、若」

「まあ、そう言う。全ては親父の判断だ。俺には口は挟めねえよ」

それが全ての免罪符になるかのような口振りに、槌屋は眉をひそめる。

「それはわかっておりますが」

「もう言うな。敬治もわかっているさ。今まで先輩後輩とか、上司とか、立場の違いなど教わらずに育ってんだよ、ヤツは」

「はい」

河野と槌屋が自分の事を話しているのはさすがにわかり、敬治は小さく身体を折り畳んでしまいたくなる。


 加々見敏治が入院しているのは、都内でも屈指の大病院だった。病院側には前もって、河野が見舞いに行く事は伝えてあった。病院側の配慮で、裏口から入り職員用エレベーターを使って敏治のいる部屋に向うようになっていた。

チンと音がしてエレベーターのドアが開くと、そこには看護師長が待っていた。看護師長は河野たちを見ても顔色一つ変えずに、「こちらへどうぞ」と案内する。

彼女はこういう事には慣れているのか、河野たちには常に伏し目がちで応対している。

前後を護衛たちに守られて長い廊下を移動し、「ここです」と言うと看護師長は壁に背を向け、ドアの横に立った。護衛の一人は彼女を睨みつけながらその横に立ち、他の護衛たちは一般用エレベーターと階段の前に散らばった。

全員の配置が終わると、河野が「さあ、入れ」と敬治を促す。

「うん」

その気安い返事を聞いた槌屋が、敬治の背中を突いた。以前ならば、「何をするんだよ」と槌屋に言い返していたはずだが、さすがの敬治もペコッと頭を下げた。

「すんません」

「槌屋、もういいから」

「はい」

トントンとノックするが、返事はない。久し振りに会う祖父に何と声を掛けようかと思案しながら、敬治は思い切ってスライドドアを開いた。

 ベッドはカーテンに覆われていて見えない。広い特別室は豪華な造りで、壁には絵画も飾られている。しんと静まり返った病室には誰もいないかのようだった。ピッピッピッと機械音がして、それを聞いた敬治は祖父がまだ生きているのだと知る。

「おじいさん」

「・・・」

「おじいさん?寝てるの?」

「・・・ぐっ」

カーテンの中から、喉に詰まったような音がした。敬治はカーテンの外側から遠慮がちに話し掛けた。

「敬治です。入ってもいいですか?」

「・・・入れ」

微かな声を聞き取って、敬治はカーテンを開けた。

「おじいさん。お久し振りです」

「お元気でしたか?」と言いそうになって、それは相応しくないと口を押さえる。

「たか、はる」

「はい」

ベッド脇に椅子を持って行き座ると、祖父は目を開けた。最後に会った時よりも小さくなった、と敬治は思った。小さく縮んだ、というのが一番合っているかもしれない。病みやつれてしまった敏治の腕には点滴の管が刺さっている。

「顔を、見せて、くれ」

病衣の襟元から赤や青の線が何本も出て、ベッド脇の機械と繋がっていた。痛々しい姿に、敬治にとってあまり馴染みのない祖父ではあるが気の毒に思う。思えば、たった一人残った「肉親」と言える存在だった。

 唯治は「祖父」とはいえ、敬治を憎んでいる。敬治をこの世の生き地獄に落としてしまおうと考えていた人物だ。すでに彼を「祖父」とは思っていないし、あちらも「孫」と思ってはいないはずだ。

敬治にとって、僅かでも『家族』の情を交わせる人間は敏治しかいないのだ。それを失う事になるかもしれないというのは、心細くもあり、悲しさも覚える。

「どこが悪いんですか?」

「全部」

「そうか」

「もう、二度と、会えないと、思っていたが・・・会えて、嬉しいよ」

やせ細った腕が動き、敬治の方に伸ばされる。敬治はその手を掴んで夢中で擦った。祖父にとって、加々見家は命と同じくらい重要だったのだ。敬治が手元を離れた事が、敏治の生きる気力を奪ったのではないか。敬治は自責の念に駆られていた。

「ごめんなさい!おじいさん!」

「私が、悪かった。敬治は、富治では、ないのだと、わからな、かったんだ」

「・・・」

「いや、わかっていたが・・・唯治、には、負けたく、なかった。今でも、唯治には、譲りたくない。だが・・・もう、ここらで、お終いだ」

「ごめんね」

「私こそ。もっと早くお前を捜し出せていたら・・・すまない」

敏治は一気に老け込んでいた。元々足が悪く、歩行には杖が必要だったが、敬治が屋敷にいる頃は元気だったはずだ。

彼の傍にいるはずの塚原の姿もなく、代わりに傍で面倒を見る者もいない。敏治は広い病室にポツンと寝かされているだけだった。

豪華な花が活けられた個室は富裕層の為の特別な空間ではあるが、孤独な老人の命の費える時までの箱でしかなかった。見舞い客が訪れた気配もない寂しい病室で、かつては加々見家を牛耳り、政財界に大きな影響力を持っていた老人は辛うじて呼吸をしていた。

「そんな事、ないよ。ありがとう。僕を捜してくれて。本当に、ありがとう」

敏治が諦めずに敬治を捜し、《SWAN》にいる事を突き止めて河野組に依頼しなければ、敬治が《SWAN》から出る事はなかっただろう。一生を、《SWAN》で無為に過ごすしかなかったのだ。

だが今は、外の世界を自由に闊歩出来るかもしれない可能性を得たのだ。

「・・・っ」

「本当の事を言えば、加々見の跡取りとかそういう目で僕を見るのではなく、『孫』の敬治として一緒に過ごしたかったかな?いつも塚原さんと一緒だったし。歌舞伎とか、演奏会とか、美術展とか、一緒に行っておじいさんから教えて欲しかったな。ねえ、病気が良くなったら一緒に行こうね?僕が知らない事をたくさん教えて?ねっ?」

「ああ、良くなったら、な。一緒に行こう。海外にも行こう」

「うん。だから早く良くなってね?」

「そうしよう・・・そう、しよう」

敬治は、敏治の手を握り締めながら泣き出した。祖父の命の炎が燃え尽きるまで、もう間がないと悟ったからだ。ポタポタと2人の手に涙が落ち掛かる。

「河野くんは来ているのか?」

敏治は目を上げて河野の姿を探した。

「はい」

「敬治のこと、よろしく、頼む。敬治には、何も残して、やれそうにない」

全てを唯治が相続する事になり、「敬治」というあやふやな存在は「無」となるのだろう。河野はこれからの敬治の身の振り方には触れずに、出来るだけ温かい声で答えた。

「ご安心ください」

「頼む」

「おじいさん、僕は立派なヤクザになるからね」

「そうか・・・ヤクザか。楽しそうだな」

敏治は複雑な表情を浮かべたが、小さく頷いた。敬治がこれから何になろうと、どんな人生を送ろうと、敏治には見守る事すら出来ないのだから。

「うん。勉強するんだ」

「そうだな」

精一杯の笑顔を見せた加々見敏治は、「祖父」の顔をしていた。
 
*****

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コメント
敬ちゃん・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
日高様~~~

敬ちゃん、健気で泣かせる。
お祖父さんの最期に間に合ってよかったね。
なんだかんだで、敬ちゃんにとっては肉親なんだもんね。
加々見家のせいで地獄に落とされたのに、それでも「ごめんね」という敬ちゃんの純粋さに、ほろりと来ましたよ。
天使のような敬ちゃん。
そんな彼のピュアな精神に、河野も惹かれたんでしょうね。
ヤクザになると決意した敬ちゃん。
これから、大変な人生が待ち受けてるんだろうけど・・・
でもきっと、彼なら持ち前の明るさとポジティブさで乗り越えられるね!

だけどやっぱり加々見のババアは許せん!
正義の鉄槌を下してやって!!
2017/11/15(水) 03:51 | URL | にゃあ #mig06/e.[ 編集]
Re: にゃあさま~いらっしゃいませ♪
にゃあさま~いらっしゃいませ♪

> 敬ちゃん、健気で泣かせる。
> お祖父さんの最期に間に合ってよかったね。

そうですね。お葬式とか呼ばれないでしょうからね。「いない」事になってる子ですから。

> なんだかんだで、敬ちゃんにとっては肉親なんだもんね。
> 加々見家のせいで地獄に落とされたのに、それでも「ごめんね」という敬ちゃんの純粋さに、ほろりと来ましたよ。

敬ちゃんにとっては肉親です。肉親の情に憧れていた子ですからね。おじいさんが欲を出して頑張らなければ、「孫とじいちゃん」としてノンビリと余生を送れたかもしれなかったですね。敏治が張り切って「敬治に全てをかける!!」と考えなければ、おじいさんから遺産として一生食べていけるだけのお金をもらって、細々と暮らす事も出来たはずです。

> 天使のような敬ちゃん。
> そんな彼のピュアな精神に、河野も惹かれたんでしょうね。
> ヤクザになると決意した敬ちゃん。
> これから、大変な人生が待ち受けてるんだろうけど・・・
> でもきっと、彼なら持ち前の明るさとポジティブさで乗り越えられるね!

彼はある意味、純粋培養(笑)世間は知らずに育ちましたし甘え方もわからない子です。これからどうなるやら・・・。
ポジティブではあるので、飯坂先生の特訓にも耐えてくれるかと???

> だけどやっぱり加々見のババアは許せん!
> 正義の鉄槌を下してやって!!

わかりました~~!!ババアと加々見弟、ですね!

寒くなりましたね!もうマフラーの季節ですねwww年末か~(´・_・`)
お風邪等召されませんように~~コメントありがとうございました!
2017/11/15(水) 07:17 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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