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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

恋文・2

 滝山家の正門の横の勝手口のインターフォンを鳴らすと、「ピッ」と音がして鍵が開いた。

 滝山家の使用人や出入りの業者さんが使う勝手口の横には、とても大きな門がある。河野組総本部のような鋼鉄製の重々しい門ではなく、時代劇に出てくるような立派な木の門だ。以前は「開け閉めが面倒だから」と開け放してあったらしいけれど、今は車の出入りがある時だけ開閉するようになっている。

「年寄りばかりが住んでいる家だから用心した方がいい」と、洋子さんは言っていた。お金持ちだから当然なんだけど、門だけではなくて邸内のいたる所に防犯カメラが設置してあって警備はしっかりしている。

僕には槌屋補佐から教わった警棒術があるから、「何かあったら僕がお守りします」と言うけれど、奥さまと洋子さんは「文ちゃんに危ない真似はさせられないわ」と笑う。でも僕は槌屋補佐の言いつけを守って、今でも警棒は持ち歩いているのだ。

こんな平和な滝山家だけど、槌屋補佐に言われたとおり警棒術の稽古は欠かさずにやっている。まあ、実力の程は不明だけどね。

「ただいま帰りました」

勝手口を開けて中に入ると、緑色の作業着を着た国府田さんが笑顔で迎えてくれた。

国府田さんは、50歳。奥さんと2人暮らし。滝山家に住み込みで働き始めて、すでに20年以上になると話していた。国府田さんはおじいさんの代から滝山家の庭師をしていると言っていた。国府田さんの奥さんは、信吾さんが経営している『滝山クリーン』という清掃会社で事務の仕事をしているそうだ。息子さんと娘さんはすでに独立してここには住んでいないから、2人は僕の事を息子のように可愛がってくれる。

「お帰りなさい、文ちゃん。道に迷わなかったかい?」

「大丈夫ですよ。駅までなら一人で行って帰って来られますよ」

僕はタクシーを使わずに帰宅する事が出来た事が誇らしくて、ちょっとだけ胸を張った。

「そう。良かったね」

僕には土地勘がない。その上いつも車で外出していたので「一人で外出する」と言うと、この家の人たちは皆で心配してくれていたのだ。

「さあ!中に入って」

「はい」

国府田さんは庭木の手入れの途中だったようで、手には大きな枝切りバサミが握られていた。

「僕もお手伝いましょうか?」

「大丈夫だよ。それより10分程で奥さまがお戻りになりますからね。文ちゃんはお部屋を暖めてください」

「わかりました」

「10分」と聞き、僕は緩やかな坂道を急いで駆け上がった。

 滝山家の敷地は広い。河野組総本部も広かったけど、ここは更に広い。

この場所は江戸時代、ある大名の下屋敷だったと聞いた。それを少しずつ改装し、減築し、増築して今の「本宅」と呼ばれている母屋が出来上がっている。

本宅の他に今は誰も住んでいないけれど立派な洋風の家が建っている。そこは長男の義道会長と呼ばれている人の家だ。義道会長は僕が住み込みで働き始めた時は「勝手に決めた」と文句を言っていたけれど、それは一度だけだった。最近は会うと「武村くん、いつもありがとう」と言ってお小遣いやお菓子をくれたりする。

 お屋敷の東側の広くて古めかしい日本家屋は昔のお屋敷を残した部分で、西側には増築した洋間やリビングがあるのだ。僕はその中の一部屋に住んでいる。

東側にある大座敷に面した庭は壮麗で、池には赤い太鼓橋まである。その向こうには築山があり滝が流れているのだ。更に奥には稲荷神社まである。

小さな祠の前には赤い鳥居がたくさん並んでいて、それらは以前ここに住んでいた大名の家族や、それ以前からこのお稲荷さんを信心していた人たち、そして滝山家の人たちが願掛けし、それが成就した時にお礼として建てた物だと聞いた。

滝の裏の方には木戸があって、そこから車庫と倉庫と使用人が住む家が建っている所へ行ける。庭師の国府田さんや運転手さんたちはそこに住んでいる。ただし、洋子さんだけは別格で奥さまのお部屋の隣に部屋がある。


「はっ、はっ・・・はあっ」

車で上る時はあっという間だけど、走って上るにはこの坂は難関だ。玄関の前に着いた時にはすっかり息が上がって、バッグの中の鍵を探す手が震える。

「い、急がないと」

「文ちゃん!大丈夫かい!」

余裕で坂を上ってきた国府田さんが笑いながら言った。

「だい、じょ、ぶ、でーす!」

「大丈夫じゃなさそうだね、はははっ」

国府田さんは毎日広い庭を歩き回っているから、この坂はお手の物なのだ。国府田さんが忙しい時は僕も草をむしったり、切った枝を片付けたりしてお手伝いをするのだが、彼の体力には敵わない。

 勝手口に回り、鍵を開けて中に入った。いつもなら「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれる洋子がいない。勝手口の明かりも点いていないから、家の中は薄暗い。

「電気、電気」

その中を僕は手を伸ばして電気のスイッチを探し当てた。スイッチを入れると、勝手口がパッと明るくなった。

 滝山家は広くて古いから、暖房を入れてもすぐには温まらないのだ。僕はすぐにエアコンのスイッチを入れた。いつもなら一日中ストーブの上のヤカンからシュンシュンと湯気が出ているんだけど、今日は寒々しい。

「寒い」

僕は持っていた荷物を床に放って、急いでストーブに火を点けた。

 《SWAN》を出るまで、マッチやライターなど持った事もなかった。初めて火の点け方を習った時は、本当に怖かったのを思い出す。ストーブに火が入り真ん中の丸い部分が赤くなるのを見ながら、僕が真に『自由』な生活を送れる日が来るのだろうかと首を捻る。

滝山家が不自由なわけではない。ただ、僕は自分の好きな事をして、好きな人と会って、好きなように過ごしたいだけ。


「好きな事」か・・・。それは何だろう。「好きな人」とは誰だろう。それは自分が「会いたい人」だ。

でも、「好きなようにして過ごす」って、何だろう。

僕は、麻痺している。

今まで何も持たず、何も考えずにいたからだ。ただ一度、自分で考えて行動したのは《SWAN》から逃げ出した時。後はただただ流されるままだ。

働かなければ生活は出来ない。それだけは理解出来ている。


 ストーブの前に座っていると顔が熱くなってきて、僕は漸く現実に立ち戻った。

「奥さまがお戻りになるんだった!」

慌てて立ち上がり、ストーブの上のヤカンの水が満杯になってるのを確認した。奥さまと洋子さんに温かいお茶をお出しする為に急須とお湯呑みを準備して、ポットにお湯があるのも確認した。


「お帰りなさいませ、奥さま」

玄関に国府田さんと並んで、奥さまの車を出迎えた。黒塗りの大きな車は、河野組の親分さんたちが乗っているような高級車だ。通いの家政婦さんの伊戸さんが後部座席のドアを開けると、洋子さんと奥さまの笑顔が見えた。洋子さんが先に降りて、2人のバッグや荷物を伊戸さんに渡した。

「ただいま」

洋子さんが手を貸して、奥さまが車から降りてこられる。そして、一番に僕に声を掛けてくださった。

「あら!文ちゃん!お帰りなさい」

「・・・ただいま。あの、お帰りなさいませ」

「あら!私たちの方が後だったわね。ふふふっ。お土産がたくさんあるのよ」

「ありがとうございます」

「寒いわ。早く中に入りましょう?」

「はい」

奥さまの手が伸びてきて、慣れた感じで僕の腕を掴んだ。フワリと良い匂いがして、奥さまは僕と腕を組んだ。


 奥さまの貴婦人のような堂々とした立ち居振る舞いは、加々見家の智満子奥さまを思い出させる。だが滝山家の奥さまは、智満子奥さまとは違って気さくで明るい方だ。智満子さまのようなツンとした感じもないし、人を見下したような不遜な空気感もない。そして美人だ。

でも伊戸さんや洋子さん、国府田さんの奥さんとは違って生まれながらにして人を使う事に慣れている感じがする。そういう所は智満子奥さまと共通している。

 奥さまと腕を組んだままで一緒にリビングに入った。エアコンとストーブで、リビングはまあまあ暖まっていた。

「あーっ、疲れたわ」

今日の奥さまと洋子さんは和服でお出掛けだった。奥さまはソファーに座って「はあっ」と、息を吐く。

「お久し振りの歌舞伎はいかがでしたか?」

伊戸さんが聞くと奥さまは「団十郎は艶があるわね」、とお答えになった。

「洋子さんは団十郎と勧進帳が大好きなのよ」

「えっ?奥さまが団十郎さんを観たいとおっしゃったではないですか?」

「あら?そうだったかしら?」

「お忘れにならないでください。一昨日になって急におっしゃるから、信吾坊ちゃんがやっとの事でチケットを手配してくださったんですからね?」

「そうだったかしらねえ?」

「奥さま、呆けるのはまだ早いですよ」

「あら、嫌だわ」

僕は加々見家にいた時に何度も観せられた歌舞伎のDVDを思い出しながら、「勧進帳」の内容を思い出す。僕は歌舞伎よりもお芝居の方が好きだ。

「文ちゃん」

「はい」

「今度は一緒に行きましょうね?」

「はい」

旦那さまや奥さまが歌舞伎やコンサートにお出掛けになる時は、僕もお供する事が多い。今日はたまたまチケットが2枚しか手に入らなかったのだ。

ゴルフや旅行にも一緒に連れて行ってくださるから、河野組にいる敬ちゃんよりも僕の方が外出の機会は多いと思う。この3年間一人で外出する事は許されなかったが、滝山家の方々に守られながら僕の「自由」は保たれていたのだ。

「そうだわ。お土産がたくさんあるのよ。花子ちゃんのおやつも買ってきたわよ」

「わあ!ありがとうございます」

奥さまに大きな紙袋を渡され、僕は思い出した。

「僕もお土産があるんです」

「まあ!嬉しいわ」

「待っててくださいね」

僕は勝手口に走った。奥さまと洋子さんに、小さな花束と最中を買ったのだった。

「これです!」

英字新聞に包まれたピンク系の花を集めた小さな花束を差し出すと、奥さまは少女のように顔を輝かせた。

「あら、素敵なお花だわ。ありがとう、文ちゃん」

「洋子さんにも」

「まあ!私にも?」

「はい」

「この歳になってお花を頂くなんて、素敵だわ」

2人は「まあ、まあ!」と言いながら、着替えるのも忘れて花束を見て喜んでくださった。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ!

文ちゃん、どこに行ってもお年寄りに可愛がられるという・・・。この後、お茶を飲みながら最中を食べるという展開www

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