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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

恋とは戦さのようなもの・7

 『S-five』の新人研修は、基本的に黒川に任せる事になっている。

以前は「新人研修」と言っても名ばかりで、本格的に専門の講師を呼んで行うようになったのはここ4,5年の話しだ。採用が決まると《イゾルデ》に連れて行き、黒川がフレンチのマナーから叩き込んでいたっけ。

それというのも『S-five』には春山のご両親が心配なさっていたとおり、性的マイノリティーが集まり易い。そういう事情もあって、以前は「紹介」という形でしか採用をしなかったからだ。

要するに、春山のように学生アルバイトから正社員として採用されたり、フリーターから正社員へ、というパターンが多かったのだ。

あとは三木くんや俺、信吾さんが営業先で誘ったりする事もあった。《有明の月》の店長に決まった小鳥居くんもそのパターンだ。人数も少なく、黒川の研修で十分足りていたのだ。

 だが、ここ3、4年は正社員を公に募集するようになったが、そういう事情もあって一般から応募してくる者はそう多くはない。まあ、色々と問題も起きるしね。

現在、研修はビジネスマナーやビジネス基礎研修に関しては専門家を呼ぶが、総責任者は今でも黒川だ。

 研修が始まり、春山も本社に顔を見せた。再会した時の暗く落ち込んだ雰囲気は払拭し、以前の溌剌とした彼に戻っていたのは喜ばしい事だ。

社長以下、幹部の紹介と挨拶が終わり、全員で《イゾルデ》へと移動する事になった。そこでは黒川のマナー教室が待っている。

 午後の予定が《イゾルデ》でフレンチのフルコースを食べながら社長と三木くん、俺の3人と懇談会、と知った新入社員たちは嬉しそうだ。だが、黒川の定規を知っている春山だけは緊張していた。

「春山くん」

春山は、新入社員がよく着ている定番の紺のスーツに紺と赤のストライプのネクタイを締めている。靴は新調したのかピカピカに磨いてある。

ああ、黒川は靴には煩いからな。靴が汚れていると席に着く前に、「磨け」と部屋から追い出されてしまう。そういう所は覚えていたらしい。

「山下店長、この度はありがとうございました」

「大丈夫か?緊張してないかい?」

「してないですよ」

否定したわりには目が泳いでいる。

「そう?」

「はい」

「良かった。一週間、頑張ってくれ」

「はい。よろしくお願い致します」

初日はナイフとフォークの使い方とテーブルマナーを半日使って、徹底的に叩き込まれる。明日は《花宴》へと移動して、和食のマナーを。3日目には再チェックがあり、出来ない者には容赦なく黒川の竹製の定規が唸る。

「そのうちパワハラで訴えられるぞ」と信吾さんは心配しているが、黒川は全く意に介さない。「いつ《イゾルデ》に配属になるかわからないでしょう?ここでお猿さんを働かせる気ですか?」と言って相手にしない。

だが、以前と比べれば定規が威力を発揮する回数も減ったと思う。黒川も、言うほどには「我関せず」ではないのだ。

輝也くんやベニちゃんが《イゾルデ》で研修した時は、手の甲は真っ赤になって腫れ上がったからな。圭介くんが怒鳴り込んでくるかと思ったがそれはなく、逆に気を遣った黒川が軟膏を買って来て渡したっけ。

「春山くんはちゃんと覚えているだろう?大丈夫だよ」

「わ、わかってます」

「すぐに合格ラインだよ。大丈夫、頑張って」

「はい」

まあ、ちょっとしたミスを黒川は見逃さないけどね。

 
「おい、黒川」

「はい、何でしょうか?社長」

親睦会という名のマナー教室が終わり、信吾さんは事務所で深く溜息を吐いた。

「お前な、全員今日で辞めさせる気か?」

「ご冗談でしょう!私も彼らに末永く勤務してもらう為にも、頑張っておりますよ」

黒川は自信タップリに言ってのけた。

 一般家庭では、毎日外食してフレンチのフルコースを食べる事はない。何かの記念日や誕生日、入学や卒業のお祝い事、結婚式、その程度だと思う。その日の為に、家でマナーを学ぶ事はまずないだろう。

研修初日に「幹部との親睦会」と称して高級フレンチのフルコースを食べられるとなれば、大学、専門学校を卒業したての彼らにとってはラッキーな出来事でしかない。

社長と専務、常務に囲まれての食事会だが、彼らは緊張しながらも少なからずフレンチを楽しみにしていたはずだ。敷居の高い店での食事を楽しみにしていた彼らの中で、覚悟して臨んだのは春山伸樹くらいのものだろう。

《イゾルデ》は取材は一切お断り。都内でも有数のフレンチの名店と言われているのだ。学生の身分ではおいそれとは来店出来ない高級店。

なかなか予約が取れない店としても有名で、常連客の多くは次の来店日時を予約してからお帰りになる。「毎年、何月何日は席を空けておいて」、とおっしゃって下さる方も少なくはないのだ。

 『S-five』の子会社へ配属されるにしろテーブルマナーだけは完璧に。と言うのが社長以下幹部の考えだが、新入社員たちが黒川の無言の圧力と手元の定規に縮み上がってしまったのは言うまでもない。

「ちょっと厳し過ぎないか?」

「あれくらい平気でしょう?」

黒川は個室に入る前に並ばせた新入社員の靴をチェックし、汚れを見つけて靴磨きセットを渡した。彼らが靴を磨き終えるまで、全てがストップしたのは言うまでもない。

当然、食事中にマナー違反すれば黒川の定規が手の甲にビシッと。

「定規は止めろ」

「体罰、ですか?」

黒川は悪びれる事もなくコーヒーを準備し始めた。

「そうだよ。マジで訴えられるぞ」

「受けて立ちましょう」

「勘弁してよ。山下くん!」

黒川もむやみやたらに叩いているわけではないのだ。

新人社員研修は、もっと厳しい会社もある。毎朝、街頭に立ち自己紹介や抱負を大声で発表している会社もあれば、10日間自衛隊に放り込む所もある。

「今更グダグダ言うのなら、黒川を外してください。黒川も忙しいんで。今からでも外部講師に全て任せましょう」

「しかし」

「社長、定規で一発打たれたくらいで『訴える』というのならそれでいいでしょう。私たちが黒川を守れば済む話しです」

「山下くん、一発じゃないぞ?」

「一人何発か数えてたんですか?」

「いや、数えてないけど」

「大丈夫ですよ」

「根拠は?」

「ない」

社長は「はあっ」と溜息を吐いた。

「山下くん、頼むよ」

「あなたが社長ですから、方針をお変えになったらいかがですか?どこに配属になっても、接待にはうちの店を使う事になりますよ?《イゾルデ》で恥を掻くのはあなたですから」

「・・・俺はまともにナイフとフォークが使えない者は同行しない」

お坊っちゃんなんだから。

「ほら、そう言うでしょう?テーブルマナーを会得出来ていない部下を引き連れて食事するのはお嫌なんでしょう?」

「それは、そうだけど」

「言いたい事はそれだけですか?」

「山下くん」

懇願するような言い方。こういう信吾さんは可愛いんだが。

「何度も名前を呼んで頂けて大変嬉しいのですが、そんな顔をして私を見ないでください。最初にそういう方針を立てたのはあなたですからね」

「・・・だが」

「何か問題が起きたら、あなたが守ってくだされば良いだけの事でしょう?」

「・・・世間の目も厳しいんだよ。わかるだろう?すぐに親が出てくるし」

「それを上手く処理するのがあなたの役目です。問題ありますか?」

「今度から、そういうクレーム処理は山下くん担当だからね?」

『今度から』って、クレーム処理はずっと三木くんと俺じゃないか?

「よろしいでしょう。お任せください」

当の本人の黒川はコーヒーを淹れながら「クククッ」と笑い、信吾さんが睨むから背を向けた。

 
「社長、困っていましたね」

「そうか?」

「ええ。今、世間の目は厳しいですから。体罰とか」

「まあね。だが『S-five』はすでに厳しい目に晒されてるんだ。これ以上どうって事はないだろう?春山くんだって、一度はうちに落ち着いたのに、親が反対して退社してしまったわけだ」

「春山、元気そうでしたね」

「ああ。黒川が面倒見てやって」

「俺、忙しいんで。章太郎に任せてはいかがですか?」

「それも考えたんだが、『タチバナ』との絡みもあるから章太郎に、というわけにはいかないかな?ほら、章ちゃんは意外と根に持つからね」

「あははっ。それもそうですね」

「春山が復帰すると聞いて、章太郎は俺に『甘いんじゃないか』と言ってきたしね」

「心が狭い」

「章太郎に言わせれば、俺たちが広過ぎるんだそうだよ」

「まあ、どっちもどっちですね。章太郎の言い分もわかりますよ。漸く仕事を覚えてやっと使い物になると思っていたのに退社します、ですからね。親が勝手に、とは言え春山自身があの時成人していますから。拒もうと思えば拒めたはずでしょう?そこが章太郎には納得がいかないんでしょうね」

章太郎は「家業を継いで欲しい」、という父親を納得させて『S-five』に入社したわけだ。ふらふらと揺れる春山には納得がいかないのだろう。

「それもそうだな。『タチバナ』を買収して一番大変な時に入ってきた期待の新人に辞められたんだからな。あいつが一番割を食ったし」

「まあ、そういう所でしょう」

「どっちにしろ、ご両親にご納得頂けなかったのは俺らの力不足だ。よろしく頼むよ」

「ありがとうございます」

「程々に、ね」

「はい」

信吾さんは《サラダボックス・B》を子会社にして、黒川を社長に据えたい意向だ。

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