『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

恋とは戦さのようなもの・9

 稲村くんをタクシーで家まで送った。

 稲村くんが住む家は、駅に近い住宅街の一角にあった。その通りは昭和の時代に建てられたと思われる家々が並んでいた。隣は建て替えられたか、リフォームしたかで外観は極めて新しくデザインも今風だ。

隣家には若い夫婦と子どもたちが住んでいるのが、子ども用の自転車と三輪車でわかる。車は7、8人乗りのワゴン車だ。

 タクシーのライトと街灯だけで暗くてよく見えないが、稲村くんの家は確かに新しくはないようだ。駐車場と小さな庭があるが、玄関には電気も点いておらず一見寒々しい。ソーラーライトの庭園灯が足元を照らすだけだ。

「今夜は楽しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ。楽しかったよ」

ふと思った。一軒家に一人。

帰宅しても誰も「おかえり」とは言ってくれない。寂しいというか、侘しいというか。彼の「楽しかった」がお世辞ではなかったとして、楽しい時間の後の静けさは身に沁みるのだ。

「では、おやすみなさい」

稲村くんは笑顔を見せた。

「おやすみなさい。また、明日。よろしくお願いします」

律儀に頭を下げたままで俺が乗った車を見送る稲村くんが見えなくなって、俺は一人だった頃の寂寥感を思い出して目を閉じた。


 静かにドアを開けたが、リビングにいた猫たちに気付かれてしまった。ドアのガラスの部分に、トラの茶色の身体が伸び上がっているのが見える。

それを見た瞬間、待っていてくれる人がいることの幸せをじわりと感じた。それは今となっては当たり前の事だが、以前のように暗い部屋に一人で帰宅して部屋を暖める、という行為が辛いと感じるようになった。

秀人が帰宅していなくても猫たちが待っている。猫たちが玄関で待ち構えているだけでも、心の隙間が埋まっていくのだ。

 リビングからは賑やかなテレビの音が聞こえる。

「ただいま」

秀人もまだ起きていたようで、トラに急かされてドアを開け顔を出した。隙間からトラが飛び出してくる。

「ニャーン」

「ただいま、トラ」

「おかえり、明利」

秀人の腕にはクロエがいた。

「ただいま」

ドアの隙間から飛び出したトラが、俺に向かって突進してくる。一目散に俺に駆け寄ったトラは、足元に身体を擦り付けながらグルグルと回る。

「歩けないだろ?おいで」

トラを抱っこしていると、秀人が来て俺のアタッシュケースを受け取った。秀人はすぐに鼻をスンとさせた。

「稲村くんの香りがする」

「そう?鼻が利くな」

秀人は顔を近付けて、俺のうなじの辺りをクンクンと嗅ぎ始めた。

「犬かよ?」

「犬でもいい。俺を飼ってくれ」

「バカ言え。こんな大型犬飼えるか」

秀人はクロエをポンと下ろすと、俺の手からトラを奪って放った。

「何だよ?」

「おかえり」

「ただいま」

軽く飲んでいるのかな?秀人は俺の顎を掴むと上を向かせる。スッと自然に合わさせられた唇は熱かった。触れるだけで終わるのかと思ったが、秀人のキスはそれだけでは終わらなかった。

秀人の舌が俺の唇を割り、強引に捻じ込まれた。

「・・・んっ」

厚めの舌が歯列をなぞり、口蓋を刺激する。ギュッと抱き締められて、風呂上りの秀人の身体から香ってくるボディソープに安堵感を得てしまう辺り、俺は秀人に心底惚れているのだな、と実感してしまう。

足元でニャーニャーと鳴きながら抱っこをせがむトラに、「ここは玄関だぞ」と叱られているようだ。

「何だよ、いきなり」

胸をそっと押すと、秀人は身体を離して俺のアタッシュケースを持ち、先にリビングに入っていった。クロエがその後ろからゆっくりと付いていき、振り返ると俺に向かって「ニャア」と鳴いた。

秀人がリビングから顔を出して言った。

「稲村くんに嫉妬してるんだ」

「余計な心配をするなよ」

「心配にもなるさ。色っぽい顔をして帰って来るんだから」

それは、秀人の顔を見たからだろう?バーカ。

「バカな事を言ってないで、さっさと寝ろ」

「風呂は?」

「朝」

「わかった」

秀人は足元で甘えるクロエを抱き上げて、俺に手招きした。


 僅かに明るくなったのを感じて目を開ける。カーテン越しに朝の光を感じた俺は、ナイトテーブルの上の時計を見た。

「まだ6時だよ」

俺が起きた気配を察した秀人の方が、先に時計を見ていた。秀人は起き上がった俺の腕を引き「待て」と引き止めた。俺の足元で丸くなっていたトラが、ベッドからトンと下りていく。

「風呂に入るから。お湯を張ってくる」

秀人は眠そうに片腕で顔を覆った。

「味噌汁は明利だぞ」

秀人は甘えた声で言った。

「そうだったね。何がいい?」

「昨日、ほうれん草を買ってきてある」

「油揚げ、あったな?」

「ある。昆布の出汁も取ってあるから」

「じゃ、任せて」

「うん」

秀人は手を離す代わりに、掴んでいた俺の腕を引き甲にキスをした。その唇の感触にゾクリとしながら、俺は手を引いた。

「放せ」

秀人の口元が緩む。俺が僅かに身を振るわせたのを察したのだ。

「うん」

大人しく手を放した秀人の懐に、すかさずクロエが入り込んで丸くなる。秀人はそれをキュッと抱き締めながら、もう一度目を瞑った。

 白飯と味噌汁。鮭とほうれん草のおひたし。伸び上がって鮭を狙うトラと格闘しながら、俺たちはダイニングテーブルに付いた。

「トラ!行儀が悪いぞ」

「仕方がないじゃないか。この鮭が美味いのを知ってるんだよ」

「クロエを見習え」

「クロエはもうおばあちゃんだから」

トラは秀人の足元に座って、ジッと見上げている。あわよくば鮭をもらおうとしているのだ。秀人は甘いからな。

「昨日、稲村くんを家まで送ったんだけど」

「へえ」

トラが伸び上がって秀人の膝に前足を掛けた。

「トラ!ダメッ!」

トラは「なんだよ?」と言わんばかりに俺をジッと見つめ、じわっと前足を床に下ろす。

「稲村くんが一軒家に一人で住んでるの、知ってた?」

「ああ。聞いた事がある。庭木の管理が大変だ、と話していたよ。その時は木を切りたいと言うから、『滝山クリーン』からトラックと庭の手入れが出来る人を手配したな」

「親に家賃を払っている、と言っていたが」

「俺も詳しい事情は聞かなかったからね。ご両親とは疎遠だと言っていたが、家賃を払っているという事は、家を遺産として相続したわけではないんだね」

「そうだろうな。想い出が詰まっているのか、と聞いたら『ええ』と答えたんだよね。それが良い想い出なのか、悪い想い出なのか」

「悪い想い出ならそこには住み続けないだろう?」

「それもそうだな」

だが、稲村くんが「ええ」と答えた時の間が、良い想い出に繋がるようなものではない、というのは俺の勘だ。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ!

では、以下本文よりも好評のオマケコーナーどうぞ(笑)

【業務日誌】

「へえ~!《インカローズ》はまあちゃんなの?」

「ふふっ、そうなんだ~!」

まあちゃんは、もう超が100個付くくらいの上機嫌で本社にやって来た。それもわざわざ俺が今どこにいるかを電話で確認してやって来たわけだ。

山下店長が外出中だったから良かったけど、彼は堂々とタクシーで本社ビルに乗り付けた。俺に、《インカローズ》の店長に内定した事を報告したまあちゃんを見て、三木店長は苦笑いだ。

まだ「内示だ」と言われてないのかな?

「まだ内示だろ?他の人には言っちゃダメだよ?」

俺なんか、圭介さんにも言えなかったんだからな?

「えっ・・・」

まあちゃんは俺と三木店長の顔を交互に見て、小さく「ごめんなさい」と手で口を押さえた。もう遅いし。

「もう誰かに言っちゃったのかい?」

「うん。キリヤさんに・・・」

「キリヤなら口が堅いから大丈夫だよ」

三木店長がそう言うと、途端に元気になるまあちゃん。

「うん!」

三木店長、相変わらず可愛い子には甘いです。

 実を言うと、まあちゃんは《インカローズ》のオーナーが店を閉めると聞き、秘かに店を自分で買おうとしていたのだ。それを相談された時に彼が見せてくれた預金通帳を見て、俺と薫は目がまん丸になった。というか、顎が外れそうになった。

せっせと貯金しているのは知っていたが、まさかの金額だったのだ。俺たちが考えていたよりも、ゼロが一つ多かった。

考えてみれば、彼は家賃も食費も要らないのだ。全て高田店長が払っているから。洋服も靴も全て高田店長が買ってくれるし、移動のタクシー代だって自分では払っていない。

まあちゃんの給与は「ホスト」という職業のわりには少ないと思うが、それでも十分過ぎるくらいもらっていると思う。まあちゃんがお金を使うのは、俺や薫と出掛ける時だけ。彼は「お兄さん」だから、飲食費は払ってくれるのだ。

「これからは、まあちゃんと店長会議で会えるんだね」

「店長会議?」

「うん。出るだろ?」

まあちゃんは首を傾げた。

「ねえ、輝也。店長って大変なの?」

「大変、というか業務報告とか、売り上げ日報とか、色々あるからね」

利益率だとか、客席の回転率とか、ヒヨッコ店長の俺には頭の痛い問題ばかりですよ、まあちゃん。

「・・・それってABCの歌が歌えない僕でも出来るのかな?」

まあちゃんは真剣な顔になって三木店長を見た。三木店長は眉をキュッと引き上げて俺を見る。

「まあちゃん、アルファベットの歌は関係ないでしょ?」

「そう?」

「うん。まあちゃんはパソコンも使えるし、大丈夫だよ」

「ネット通販なら得意です」

まあちゃんが胸を張った。

ああ、彼の散財ポイントがもう一つだけあったな。

俺はまあちゃんが通販で買った無駄な商品たちを思い出した。

3日で飽きた美顔器に2日目には飲まなくなったサプリメント。開封してもいない掃除機が2台に高圧洗浄機が2台。炊飯器が3台と腹筋を鍛えるマシーンとか便利な調理器具セット、フライパンや鍋のセットがいくつか。

掃除はしないクセにキッチン用の強力洗剤とか、モップとか。彼の部屋にはそれらが山のように積まれている。

「欲しい」と言うと気前良くくれるから、「欲しい物は遠慮せずに持っていってくれ」と高田店長には言われている。開封されていない商品のいくつかは、今年の新年会のビンゴの景品になった。

「数字を入力するだけだから、誰でも出来るさ」

「毎日?」

「毎日」

「絶対?」

「絶対」

そうでないと、山下店長がすっ飛んで来るよ。

「・・・やっぱり、辞退しようかな?」

「はあ?」

「難しそうだし」

三木店長は「プッ」と噴出しそうになったが、必死に笑いを堪えている。すでに山下店長から内示を受けているのに、「難しそうだし」の一言で辞退ですか?

「俺が教えるから、大丈夫!頑張ろうね」

するとまあちゃんは腕を組み、偉そうに言った。

「輝也、自慢じゃないけど、僕は足し算と引き算とお金の計算しか出来ないからね?」

「それだけ出来れば十分だよ。お金の計算が一番大事じゃないか?」

「そう?」

大丈夫、電卓があるから。

「うん、多分」

「多分、はやめてよ」

「やってみなけりゃわかんないだろ?」

このままでは、《インカローズ》の日報も高田店長がやる破目になりそうだな。

山下店長、大丈夫でしょうか?心配になって三木店長を見ると、三木店長はスウッと目を泳がせた。

by福原輝也

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2018/03/30(金) 00:29 | | #[ 編集]
Re: 鍵コメ・Nさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメ・Nさま~いらっしゃいませ♪

綱本とは上手くいっているようですね。猫ちゃん、可愛いですよね!日高はペットショップでデレデレしてます。飼ってらっしゃるんですね!羨ましいです~♪

まあちゃんの爆買いは治まっていないようですね。高田店長も溜息しか出ないですね。毎日のように宅配便がピンポーンじゃないですかね?他にもお取り寄せでお菓子などが届いております(笑)

店長業務はどうなんですかね?高田店長がブーブー言いながら頑張るんじゃないですかね?山下店長もいるし!

通販は魔法に掛かったようにクリックしてしまいますよね。勝手に指が動くwww日高もやっちゃいます。「買ってよメール」を開かない事が一番のようですwwwでもテレビ通販は観てて面白いですし、つい買ってしまう。真央ちゃん出てないかな~(笑)

あらら!ひそひそありがとうございます!!毎回、すみませんっ!!今から修正しますね!

コメントありがとうございました!
2018/03/30(金) 07:13 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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