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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・7~『Love me do』番外編

 持って来た文庫本を広げて、僕はカウンターの隅で気配を消した。

お客さんが店に入ってくると、マスターの「いらっしゃいませ」が聞こえる。僕はその度に顔を上げて顔を確認する。

 マスターは僕が本に集中しているから、声を掛けてきたりはしない。家永さんと暮らし始めてからは、こうして一人で何をするでもない時間を過ごす事はなくなった。文庫本を広げてから2時間が経ったが、若は《エクート》には現れなかった。


「はあっ」

僕が溜息を吐くと、マスターが気の毒そうに言った。

「昼間に来たのに、また来るかな?」

「そうですよね・・・」

それもそうだ。

若は《エクート》のスタッフに「本当に24時間開いているのか」、と聞いたという。という事は、またここに顔を出すかもしれない。

僕がここで始発を待っていたのは、安上がりだったからだ。終電を逃してネットカフェやカプセルホテルに泊まっても良いけど、ここで人の温もりを感じながらウトウトするのが好きだったのだ。

若は『人』が好きだ。おしゃべりも好きだし、人当たりも良い。だから皆に好かれて人気者だ。

そう考えて気が付いたのだ。

若は「『蘭雅』の若旦那」を演じていたのではないか、と。「明るくて、人懐こくて、優しくて、人気者の若」という存在を彼は作り出して、動かしていたのではないか。

僕は「秀藤学院に通う優秀な息子」を演じて疲れてしまった。もしかしたら若も「着物の似合う素敵な若旦那」に疲れたんじゃないのかな?

だから、というわけではないけど、若はホテルやネットカフェではなく人の息遣いを感じられる《エクート》を選ぶのではないか・・・僕はそう考えたのだ。

 家永さんから『今から部屋に戻る』とメッセージが来て、僕は『終電で帰る』と送り返した。『車で迎えに行く』とか『心配だ』と何度もメッセージが来たけど、僕は『来ないで。ちゃんと終電に乗ります』と返信した。

「何度もメッセージが届いてるね?」

「ええ」

「家永さんが心配してるんじゃないのか?」

「そうなんですよ。僕、慣れてるから大丈夫なんですけどね」

家永さんは忘れているに違いない。僕がこの夜の街の住人だった事を。

「子どもじゃないんだしね。彼、心配性だね」

「まあ」

マスターは僕がここで何度も夜を明かし、始発電車まで時間を潰していたのを知っている。女の子じゃあるまいし、終電に乗るくらいで心配する必要はない。

熱い紅茶を追加オーダーして、僕は本を閉じた。


 スマホの時計を確認した。そろそろここを出なければ、終電には間に合わない。

「マスター、また来ますね」

「家永さんによろしくね」

「はい。もし写真の人が来たら、連絡してもらえませんか?」

「ああ、任せてよ」

「お願いします」

お金を払ってバッグを肩に掛け、マスターに挨拶して僕は《エクート》を出た。『第12家永ビルディング』の前を通り過ぎて駅に向かう。ゆっくり歩いても十分間に合う時間だから、歩を早めたりはしない。

足早にスーツ姿の男性が僕を追い越していく。追い越しざまに軽くだが肩がぶつかり、僕は一瞬足を止めた。

「うわっ」

サラリーマンは振り返りもせずに駅に急いだ。

「危ないな」

バーの看板の方から人声がした。

「ホーント」

「・・・えっ?」

声の主が看板の向こうからヒョコッと顔を出した。

「あっ」

「こんな時間まで、何をしてるの?箱入り息子」

「若」

それまでバーの看板に隠れて見えなかったが、看板の向こうに若が立っていたのだ。若は朝と同じ服装だった。ジーンズとカーキ色のスプリングコート。手には何も持っていない。

「若こそ。何をしてるんですか?」

「俺?家出中」

「《エクート》に行きましたよね?」

「ああ。カンナちゃんも航くんもお勧めだって言うからさ。食いたかったんだよ。《エクート》の玉子サンドを」

ちょっとだけバツが悪そうな若は、いつもの笑顔を見せた。

「終電、乗らないんですか?」

「乗らないよ。航くんは急げよ。保護者が面倒臭いぞ」

「若が乗らないのなら僕も乗りません」

「あははっ」

若は飲んでいるようだ。僕が終電に乗らないと言うと、可笑しそうに手を叩いて笑った。

「今からどうするんですか?一緒に終電に乗りませんか?」

若は「終電」と聞いて僕を睨む。

「どうしようかな?」

「家には帰らないんですか?」

「帰らないよ」

「そうか」

「帰れ、とは言わないのか?」

「帰りたくないんでしょう?」

「わかる?」

「はい」


僕もそうだったから。

若は結婚を「特にしたい」と思っているわけではないのだ。ご両親から「跡取りを」と急かされて、その期待に沿いたいと思っているだけだと思う。別れた彼女の事を結婚したいくらい大好きだったのか、そうではなかったのかわからないけれど、若はご両親の為に結婚しようと思っていただけじゃないのかな。

僕とは次元が違うけれど、親の期待に沿えるように頑張っているのではないか・・・そういう気がしたのだ。


 若の帰りたくない気持ちが「わかる」と言う僕に驚いたのか、若は瞬きを何度かして笑った。

「なあ、一杯飲まないか?」

「どこでですか?」

「どこでもいい」

「僕は《エクート》くらいしか知らないですよ」

「そう?俺、ここから出てきたんだけど戻るのも変だから・・・」

若は地下のバーの入り口を指差した。この店は僕が《ピタゴラス》で働いていた頃からある老舗だ。

「そうですね・・・。その先に380円均一の店があるんですけど」

僕は《ピタゴラス》に近い380円均一の店を指差した。若は『赤字覚悟の全品380円!!激安』と書かれた真っ赤な看板を見て笑った。

「あははっ!安上がりだ」

「だって、若は家出中でしょう?節約しないと」

「あははっ。いいよ、そこで」

そう言うと若は、先に立って歩き始めた。


 居酒屋は意外と人が多かった。先に入った若は、指を2本立ててスタッフに2人組みだと知らせた。

「こちらへどうぞ!」

居酒屋の端の方の壁側の席に案内されて、若は「中ジョッキ」と注文した。

「僕はカシスオレンジで」

「飲めるの?」

「少しなら」

お酒は強くはない。お付き合い程度には飲めるようにはなった。サワーやカクテル2杯くらいなら平気だ。

「へえ。箱入り息子だから飲めないのかと思っていたよ」

「強くはないですよ」

「まあ、付き合ってよ」

「はい」

つまみに豆腐サラダと自家製タルタル鳥南蛮とフライドポテトを注文し、若はコートを脱いだ。

「《エクート》に行ったのか?」

「ええ。写真を見せたら昼間に来たって聞いたんで。もしかしたら、また来るんじゃないかと思って待ってたんですよ」

「へえ!勘が良いね」

やっぱり《エクート》で夜を明かすつもりだったんだな。

「吉塚さんに聞いたんでしょう?」

「まあね」

若は面白くなさそうに鳥南蛮を口に運んだ。

「どうして家出したのか、理由を聞かないのか?」

「家に居たくなかったから、でしょう?」

「そのとおり!」

若はグビグビッとビールジョッキを傾けて、あっという間に半分程飲んでしまった。

「これからどうするんですか?」

「うーん。初日に発見されて情けない次第であります」

若は僕に向ってピシッと敬礼した。


 っていうか、この人は真剣に家出したかったわけじゃない。本気の家出なら、今頃ここに居るわけがない。お金だって持っている。クレジットカードだって持っている。パスポートもあるし、どこへでも行けたはず。それなのにまだ都内にいるのは本気じゃないからだ。

「遠くに行けば良かったんですよ」

「どこが良かったかな?」

「うーん。北海道とか?」

「まだ寒いぞ。ゴールデンウィークでも雪が降る。このコートじゃ凍死する」

「あははっ。じゃあ、沖縄」

「海パン持ってこなかった」

「じゃあ、四国とか?」

「坂本龍馬か?俺、幕末に興味はない」

「海外とか?」

「ナスカの地上絵を見てみたかったんだよな。マチュピチュにも行ってみたいし!一緒に、どう?」

イタズラっ子のような瞳。こういう所が女性の母性本能をくすぐるのだろうか。

「いいですね。マチュピチュは行きたいです」

「今から、どう?」

若は左手を上げてまるで飛行機が飛ぶかのように右上へと動かした。

「今からは無理ですよ」

「だよな・・・無理だよな」

「はい。1週間とか休めないし」

「だよな・・・冷静に返事をするなよ。ノリが良いのか悪いのかわからんぞ?」

「すみません」

若は小皿に豆腐サラダを取り分けてくれた。

「・・・俺さ、今日一日スマホがなくてさ」

まるでスマホを持っているかのような左手。右手で画面を触れるような仕草をした若は、「不便過ぎる」と僕に訴えた。

「あははっ」

「笑い事じゃない。俺、自分でスマホを置いたきたクセにポケットの中を何度もさぐってさ、無い!と驚くんだ。アホだよな」

「あははっ」

「時間が潰せないんだぞ?いつもスマホで時間を確認してるだろう?俺は腕時計をする習慣がないから、時間がわからないんだ。空を見上げて太陽の位置を見て、昼頃だなとか。原始人だよ」

「あははっ」

「マジで格安スマホを買おうかと思ったんだぞ」

「本末転倒ですね」

若はいきなりテーブルに突っ伏した。

「航くんってさ、案外言うね」

「だって、誰とも連絡を取りたくなかったから置いてきたんでしょう?暇つぶしなら本とかマンガを買って読めばいい。ネットカフェに行けば良かったんですよ。映画も観られるし、ネットも使えるでしょう?若がスマホを買おうと思ったのは、人と繋がっていたいからでしょう?」

「・・・」

「何となく、わかります」

「・・・飲めよ」

若はカシスオレンジのグラスを僕の前に押しやった。

「はい」

グラスを手に取った僕を見て、若は「はあっ」と大きな溜息を吐いた。

*****

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2018/04/21(土) 22:20 | | #[ 編集]
Re: 鍵コメ・Aさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメ・Aさま~いらっしゃいませ♪

真夜中デートは続きますよ(笑)家永はハラハラしながら駅で待ってたりしてwww

航くんのアバンチュールは想像できないんですが、家永は色々想像(妄想?)してるかもですね。

真夜中デートで何かあるでしょうかねえ?ふふふっ

九州物産展ですか?美味しいものがありましたか?宮崎はあまり馴染みがなくて唐芋もわからないんですが、宮崎はみかん系も美味しいですよ。

お忙しい中コメントありがとうございました!
2018/04/22(日) 09:54 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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