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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・13~『Love me do』番外編

 深夜の《エクート》は、さっきとは違う空気が漂っている。

隅の方の席では、終電を逃してしまったらしいサラリーマンがテーブルに突っ伏している。これから仕事に向かうのはビル清掃業の人。僕が毎日のように顔を出していた頃から知る男女のカップルは、ここで食事をしてから市場に行く。この時間になると近くのバーやクラブへの出前が多くなり、客の数は少ないがマスターやスタッフはバタバタし始める。

マスターは部屋着の家永さんを見て、「あれ?またあそこに住んでるのか?」と言いながら『第12家永ビルディング』を指差した。そして昼間に玉子サンドを食べた廉慈さんと僕を見て、「奥にどうぞ」と案内してくれた。


 家永さんは席に着くなり、「絶対に連れて戻るからな」と廉慈さんに言った。でも、廉慈さんは「どうしようかな~」とすっ呆ける。廉慈さんは今夜は帰らないだろうと思ったけど、それを口に出す事は出来なかった。

ほんの今しがた彼に告白されてしまった僕は、居心地が悪くて仕方がない。

「若」

家永さんの、廉慈さんに対する口調が厳しくなっている。ここで厳しい事を言っても、廉慈さんには響かないと思うんだけど・・・。

「もういい歳なんだからさ、『若』はね。ねえ?航くん」

テーブルに肘を付いた姿勢で、廉慈さんは僕の顔を見た。

「はい」

「ほら!航くんもこう言ってるんだし」

「若」

「『若』とは呼ぶな」

廉慈さんは腕組みして、プンと横を向いた。

「家永さん、『若』ではなくて『廉慈さん』と呼んであげてください」

「廉慈?さっきから聞いてりゃ、どうして航が『廉慈さん』と呼ぶんだよ?俺の事はいまだに『家永さん』なのに?」

「家永さん!それとこれとは」

「違わない!若の事をどうのこうのと言う前に、俺を久紀さん、と呼べ」

家永さんは今、いろんな事に腹を立てていて、いつもの冷静さはどこかへ行ってしまっている。僕が『廉慈さん』と呼んだのを聞いて、余計にカッとしてしまったようだ。

「ここは店じゃないだろ?プライベートだ。ひ、さ、の、り、だ」

僕が困っていると、カウンターからマスターが話し掛けてきた。

「おーい!久紀さーん」

マスターはカウンターの中から笑いながら家永さんを手招きした。カウンターには3人分のおしぼりとお水が準備されていて、マスターはそれを指差している。家永さんは「しょうがないな」と言いながら立ち上がってカウンターに行った。

「大きな声を出さないでくれないか?知ってると思うけど、うちは寝てる人もいるんだから」

マスターは隅の方でテーブルに突っ伏している男の人を指差した。

「すみません」

家永さんがブスッとしながらも謝ったのを見て、廉慈さんは軽く手を叩いて笑う。そして手を上げた。

「あははっ。怒られてやんの!マスター、ビールください!」

「お待ちを!」

仏頂面の家永さんはマスターにトレーを運ぶように指示されて、「ただ働きかよ」と言いながら僕たちのいるテーブルまで運んできた。その家永さんに向かって、廉慈さんは「店員さん、ビール!早く!」と急かす。

家永さんは廉慈さんを睨みながら、水のグラスをバンッと勢い良く置いた。乱暴に置くから、チャポンと音を立てて水がこぼれてしまう。

「若、調子に乗るなよ?」

家永さんの声がグーンと低くなり、怖い顔をして睨んでいるけど廉慈さんは全く気にしてはいない。

「若じゃないから!ほら、拭く物を持ってきてよ」

「お前、そういうキャラだっけ?」

「あははっ」

彼は「着物」という鎧を着て「若旦那」を演じ続けていたのだ。ほんの1、2年の付き合いの家永さんでは見抜けなかったように、誰もが『福富廉慈』という人をわかっていないのだと思う。誰もが彼を「朗らかで良い人」「立派な若旦那」と思い信じているのだ。

廉慈さんが何を考えているのかは、恋人や家族でさえもわからない。だって、彼は「若旦那」を演じている「役者」なのだから。

「俺、不良少年になるっ!」

廉慈さんは大きく両手を広げて上げた。

「少年じゃねえだろ?」

「青年」

「もうオジサンだよ」

「ひでーな。そういうあんたはジイサンか?あははっ」

「ジイサンでも何でもいいよ。とにかく家に戻れ。社長たちが心配してるぞ」

「それはわかってるさ。大事な跡取り息子が失踪してしまって、『蘭雅』はどうなるんだ、ってね」

「そうじゃない。お前の身を案じて」

「違う」

「航。こいつどうしていじけてるの?」

さすがに呆れたのか、家永さんは廉慈さんを指差した。

「いじけてるんじゃなくて」

「いじけてませーん!」

「久紀さーん!ビール」

ビールの栓を抜いて準備が出来たのか、マスターが手招きしている。家永さんは大きな溜息を吐き、廉慈さんを睨みながら返事をした。

「はーい」

「僕が」

「航はいいから」

立ち上がろうとする僕の腕を掴んだのは家永さんだけではなかった。

「廉慈さん」

「航くん、ここは彼に任せようよ。マスターのご指名だ」

「でも」

「廉慈さん、だと?」

そう言って僕を睨む家永さんに困った顔をして見せると、彼は鼻に皺を寄せてトレーを持ちカウンターの方に歩いて行く。いつもならスマートにスッと格好良く歩く家永さんがダンダンダンと床を踏み鳴らすようにして歩くから、廉慈さんはそれを指差して笑った。


 家永さんはビールグラスを1つ持って来た。

「保護者は車か?」

「おう」

「航くん、付き合えよ」

「・・・少しだけですよ」

家永さんが僕の腕を掴んだ。すると、廉慈さんは僕の腕を掴んでいる家永さんの腕を掴んだ。

「ちょっと店員さん」

「今度は何だよ?」

「航くんの分のグラス、持ってきて」

家永さんはバンッとテーブルを叩いて立ち上がり、再び床に鬱憤を叩き付けながらグラスを取りに行く。

「廉慈さん、家永さんを怒らせないでくださいよ」

「あのさ、あの人を怒らせようと怒らせまいと、結果は同じだろ?」

「結果?」

「正義の味方の航くんは保護者と共にご帰宅。俺は家出を続行する。航くんお勧めの暖かい沖縄へ」

「別にお勧めはしてないですよ?家永さんも心配してたんですからね」

「ありがとうございます」

廉慈さんは大仰に頭を下げた。そこへグラスを持った家永さんが戻ってきた。

「あっ、今の『ありがとうございます』は航くんに言ったんだ」

「あっそ。俺には?」

「サンキュー」

家永さんは面白くなさそうにビールグラスを僕の前に置き、ビールを注いだ。

「俺にも」

「お前は自分で注げ」

「じゃ、航くん!お願い!」

僕がビール瓶に手を伸ばすと、家永さんはビール瓶を取り上げて廉慈さんの前にダンッと置いた。

「自分でやれ」

「手酌?」

「それで十分だろうが?」

「航くんが注いでくれたら、メッチャ味が良くなると思う」

「そりゃそうだろう。当然だ」

「いいな~家永さんは!羨ましいなあ~」

廉慈さんの視線が僕に巡ってきて、ジッと見つめる。深い、深い、眠りから覚めた冴えた瞳の色。真剣な眼差しに見つめられて、僕は居た堪れない。

「・・・僕が注ぎますよ」

「ありがとう」

廉慈さんは嬉しそうにグラスを持った。

「どうぞ」

「ふふっ。じゃ、乾杯!」

陽気に僕のグラスとカチッと鳴らして、廉慈さんはビールを一気に飲み干した。

「は~っ。生き返る~っ!10階まで階段で上らせられて死ぬかと思った。この一杯は屋上で飲みたかったな」

「すみません。水だけじゃ足りなかったですね」

僕が冗談ぽく言うと、廉慈さんは楽しそうにグラスを口元に運ぶ。機嫌が良さそうな廉慈さんと引きかえ、家永さんはご機嫌が悪い。

「・・・お前、屋上でビールなんか飲んだら帰りはヘロヘロだろうが」

いつの間にか「若」から「お前」に変わったのは、廉慈さんの家出の理由に思い当たったからかな。

「大丈夫だよ。缶の一本くらいどうって事はないさ。それよりも、航くんの大切な場所を共有出来て嬉しかったな」

「おいっ。あそこはな、俺と航の思い出の場所なんだぞ?航が久し振りだから上まで行ってみたいって言うからばあさんに許可をもらったんだからな?お前と航の素敵な思い出っぽく言うな」

「じゃあ、今日から3人の思い出の場所、って事で!」

確かに忘れられない場所になってしまった。家永さんはあの場所に廉慈さんを連れて行った僕を睨んだ。

「何?ヤキモチ?そういう心の狭ーい男は嫌われるよ?」

「誰が心が狭い、だ?俺は海のように広ーい心の持ち主だぞ?」

「そうかな?航くんが終電に乗らなかっただけでここまで迎えに来たクセに」

「若!」

「返事は致しかねまーす」

「お前、いい加減にしろよ?」

「人が気分良く飲んでるのに、邪魔すんな」

廉慈さんはクスクス笑いながらビールを飲み、ムスッとした家永さんはわざとポケットの中の鍵をジャラジャラさせた。
 
*****

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2018/05/10(木) 21:49 | | #[ 編集]
Re: 鍵コメ・Aさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメ・Aさま~いらっしゃいませ♪

あー、家永が向こうの方から怖い顔で睨んでますよ。

「若の事はどーでもいいから、俺を応援してくれよ!」by家永

若はカラ元気ってヤツでしょうかねえ?元気ですからね、これからどうするんでしょうか?ちゃんと家に帰ればいいですけどね。大人な航くんも心配ですね。

家永は航くんに近付いてくる虫くんたちを追い払うのに必死で、近くにいた「若虫」には気がつかなかったんでしょうねえ。

いつも応援してくださってありがとうございます!!コメントありがとうございました!
2018/05/10(木) 22:49 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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