『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・15~『Love me do』番外編

 廉慈さんは僕をジッと見つめた。すぐに家永さんがここに来るとは思うけど、僕は廉慈さんから一歩下がった。

廉慈さんは僕に過ぎった不安を感じ取ったのか、一瞬見せた"雄"の空気を引っ込める。

「怖がるなよ。襲ったりしないよ」

「そ、そうです、よね」

廉慈さんの空気が変わった。それはふわりと一枚薄物を一枚、身に纏ったかのような変化だったのだ。「若旦那」の空気を纏った彼はいつもの優しい廉慈さんだった。

「自意識過剰だよ」

「ですね」

僕はすっかり安堵して、いつもの優しげな廉慈さんに微笑み返した。

「嘘だよ」

今のも冗談っぽい。

「・・・僕、家永さんには言いませんから」

「何を?」

廉慈さんは大きく伸びをしながら飄々と答えた。それは屋上での告白などなかったかのようだった。僕が屋上での告白を聞き違えたんだろうか、と思うくらいあっさりとした返事。

廉慈さんには、家永さんとの関係を崩す気はないのだ。それと、本気で家出しようとしたわけじゃない。ただ、現状を打破したかっただけだ。彼は放っておいても家族の待つ家に戻るだろう。

その時に彼が「僕を好きだった」と家永さんが知る必要はない。むしろ知らないほうが都合が良い。

「すみません。自意識過剰でした」

これでこれまでどおりだ。

「怖い顔をするなよ。情けなくなるだろう?」

「・・・」

僕の言葉を「同情」と捉えたのか、廉慈さんは不機嫌になった。


 廉慈さんはベッドにゆっくりと座った。そしてゴロンと横になると、天井に向かって腕を伸ばした。

「家出中とか言ってるけど、結局はさ、俺は家に戻るんだよ。そのうち『蘭雅』の若に戻るんだよ」

「そうだと思いました」

「ちょっとだけ家から離れたかっただけだよ」

「はい」

「でもね、まだ気持ちの整理が付かないんだよね。しばらくの間、放っておいてくれる?」

「気が済むまでここに居てもらって構いませんよ」

「うん。迷惑が掛かりそうになったら言ってくれ。出て行くから」

廉慈さんは腕で目元を覆った。顔を見られたくないのだと思った。

「見つからないようにしてくださいよ?ここにある食料品は好きに食べてもらって構いませんから。食べたい物とか必要な物はメッセージ送ってくれれば持ってきますからね」

「ありがと」

ずっと優等生で頑張ってきたのに、ある日プチッと糸が切れてしまった。何があったのかはわからないけれど、廉慈さんが家に戻ろう、仕事に戻ろう、という気持ちになるまでは無理強いしても同じだ。


 しばらくして、車を置いてきた家永さんがハアハアしながらドアを開けた。

「航!」

短い廊下をドスドスと走ってきた家永さん。下の階の人に迷惑なのに。

「シーッ!夜中に大きな音を出さないでよ」

家永さんは自分でも足音が煩かったと気が付いたのか、ドアをそっと開けて大きな身体を縮めるようにして部屋に入ってきた。

「若は?」

「寝ました」

本当は寝ていない事もわかっていた。寝たふりをしているだけだけど、家永さんが来た事がわかっても廉慈さんはピクリとも動かなかった。

「全く。人騒がせなヤツ」

「悩みがあるんですよ」

「・・・悩みの一つや二つ、誰にだってあるんだよ」

「それはわかってるけど」

「そのたびに家出するか?」

「うーん。僕はどっちかというと家出してた方だから・・・」

そう言うと、家永さんは腕を組んでベッドに寝ている廉慈さんを睨んだ。

「若は何か言っていたか?」

「特には」

「理由とか?」

直接的な原因を聞いたわけではない。廉慈さんが口にしたのは店や家族に対する不満だ。それは家永さんが言ったように「一つや二つある悩み」であって、家出したくなるくらいの理由ではない。

「こいつには恩義もあるからな。よし。ここは航の顔を立てて『蘭雅』には内緒にする。敦子さんにバレないようにしろよ」

「はい」

「食事とかどうする?」

「お米はあるんですよね。廉慈さんって、自分で料理とか出来るのかな?」

「さあ」

「昼休みに色々買って来ますから」

「いい。そういうのは俺がやる」

「家永さんじゃ目立つでしょう?ここは僕の部屋だから、僕が出入りしても誰も怪しまない」

「航」

「大丈夫だよ。廉慈さんは勝手にどこかへ行ってしまう事はないから」

「どうしてわかる?」

「彼が行方不明なのはみんなが知ってるんだよ。ここから出たら誰に見られるかわからないでしょう?廉慈さんも黙ってここまで付いて来てるんだ。その意味くらいわかってるよ」

「どうして『廉慈さん』なんだよ?」

「『若』とは呼ばれたくないんだって」

家永さんは情けなさそうな顔で僕を見た。捨てられるとわかった子犬みたいな悲しそうな瞳で、クゥンクゥンと擦り寄ってきそうだ。

「久紀さん」

「ずっとそう呼んでくれるなら、『廉慈さん』も許す」

「お店ではダメだよ?」

「はーい」

笑顔になった家永さんが僕をギュッと抱き締めた。

「うわっ」

ちょうど家永さんの肩越しに廉慈さんの身体が見える。廉慈さんは目を開けてこちらを見ていた。


 その日から、僕たちは3人は秘密を共有している。

『蘭雅』の女将さんは恰幅の良い上品な方だが、廉慈さんの失踪後は食欲もなく落ち込んでいるという。敦子さんは仕事の合間を縫っては『蘭雅』に顔を出し、女将さんに甘い物を勧めたりしている。『蘭雅』の社長は「あと3日待って戻らなければ捜索願を出す」と言っているそうだ。

家永さんは、あと3日で廉慈さんの気持ちが変わらなければ僕の部屋から追い出す、と言った。僕の部屋に匿っている事がわかれば拙い事になるのだそうだ。

 青年部のメンバーも心配しているが、桜の開花宣言と同時に桜祭りの準備が本格的になって若の捜索どころではなくなったようだ。広報部長の廉慈さんは失踪前に、青年部のパソコンにチラシや青年部が販売するジュースやビール等のポップを準備していた。誰にでも作れるようにしてあったらしい。

「こんにちは」

「よう!」

昼休みに部屋に行くと、廉慈さんはベッドに横になってテレビを観ていた。

「来てくれてありがとう。退屈だったんだ。テレビがお友だち」

笑いながらテレビを指差す廉慈さんは、昨日着ていた服のままだ。

「あははっ。これ、着替えです」

「気が利くね。ありがとう」

「家永さんが買って来てくれました。サイズは合うと思います」

スウェットの上下と下着、Tシャツの替えと靴下は、ファストファッションブランドの商品を色違いで2組ずつ買ってきてくれた。

「そう?お礼を言っておいてね」

「はい。何か必要な物はありますか?」

「DVDとか」

「観たい映画があるならタイトルを」

「エロビデオ」

「・・・」

「可愛い。頬、赤くなった」

「・・・タイトルを」

「今、スマホもないんでわかりません。航くんのお勧めでいいよ」

「僕、そういうのあまり観た事がなくて・・・」

「そう?」

「パソコンがありますから、ネットで借りるか買ってください」

「えーっ?いいの?えげつないの借りるよ?」

「僕の名前で?」

「うん」

「・・・それは、ちょっと困ります。それより、あと3日で捜索願を出すそうですから、家に戻った方が良いんじゃないですか?」

エロビデオを観たいとか言ったのは、僕をからかいたいからだ。

「捜索願か!いよいよ俺も本格的な家出人だな!」

「僕、困るんですけど」

「あっ、犯人にされちゃう?」

「犯人?」

「そう!誘拐犯だ。俺、誘拐されました~!監禁されてま~す!」

笑顔で「おまわりさ~ん」とふざけている廉慈さん。からかわれているとわかっていても、何となく言い返したくなってしまう。

「そう言うあなたは愉快犯ですね」

「あははっ!そう、愉快、愉快」

廉慈さんはいつまでも笑っていた。悪気があるわけじゃないとはわかっていたけれど、いい加減腹が立ってきた。

*****

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