FC2ブログ

『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・16~『Love me do』番外編

「廉慈さん」

「なんだ?」

「気が済んだら家に戻ってくださいね」

僕は厳しい口調で言った。廉慈さんはそれが意外だったようで、僕を見るとちょっとだけ目を大きくした。驚いたからか起き上がってベッドに座り、前で手を組むと、僕を真っ直ぐに見て言った。

「嫌だね」

「このままだと捜索願が出ちゃいますよ?」

「いいんじゃない?それまでに俺がここを出て行けばいいだろう?」

出て行かれては困る。本当に遠くに行ってしまいそうだ。だが遠くに行ったとしても、彼は必ず家に戻ってくるだろう。何となくそれがわかっているけど、このまま放り出すわけにもいかない。

「そういう問題ではないと思いますけど」

「そういう問題だろ?」

「でも」

「捜索願が出たからって、すぐに警察が動くわけじゃない。俺は遺書を残したか?」

「遺書?そんな物があるとは聞いていません」

「ああ。そんな物は書いちゃいない。俺が未成年か、明らかに何らかの犯罪に巻き込まれているとしたら警察はすぐにでも動くよ。だが、そうじゃない」

「だったらどうなるんですか?」

「未成年ならすぐに捜索が始まるだろうが、生憎と俺は立派な大人だ。営利誘拐なら金銭の要求がされるだろう?だがそれもない。という事は警察に行くだけ無駄って事」

「えっ?そうなんだ」

捜索願が出されたらすぐに警察が捜査するのかと思っていた僕は、「無駄」と聞いてポカンとした。

「当たり前だろ?事件性はないし、プチ家出中で連休を楽しんでます的ないい歳の大人を真剣に捜すほど警察も暇じゃないさ」

「そうか」

「俺がなーんにも考えずにフラッと家出した、とでも思っていたの?」

「ちゃんと知ってたんだ」

「当たり前。でも君と家永さんには迷惑を掛けたくないから、夜中に出て行くよ。仕事終わりに帽子とマスクを買って来てくれる?」

廉慈さんは財布を取り出した。

「そんなのダメですよ!」

ここから出て行かれては困る。僕は大きく腕を広げてドアを塞いだ。

「じゃあ、俺をベッドに縛っておく?」

廉慈さんは笑いながら両手を差し出した。

「そんな事をしたら、それこそ監禁じゃないですか」

「そっか。あははっ」

乾いた笑い声。廉慈さんは「あーあ」と言いながら財布を放り出し、ベッドにパタッと転がった。

「心配すんなって」

「でも」

「可愛いね。俺みたいな男の心配してくれるなんてさ。家永さんが過保護になるのもわかるよな。俺が君の事を好きだと知ってるクセにのこのこやって来るし」

「それは」

「俺、なめられてる?」

また廉慈さんが隠していたものがふらりと顔を出す。一歩引こうかと思ったが、ここで怯んだと思われるのは逆効果だ。僕は廉慈さんの瞳を見て答えた。

「違います」

「男として見えていないんだ?」

そういうわけではない。昨日、確かに彼の"雄"の部分を感じて僕は怯んだ。優しいお兄さんのような存在だった廉慈さんが、急に怖くなったのは認める。

「・・・」

廉慈さんはベッドから起き上がったが、うな垂れていて表情は見えない。

「はあ~っ。俺が家出したのは、確かに両親への反発だよ。俺は自分が男も女もどっちもイけるとは、両親には話していない。話したとしても、両親は女性と結婚して家庭を持てばそれで問題はない、と言うだろう。俺もそう思っていた」

思っていたけれど、家永さんと僕がやって来て彼の「標準」を崩してしまったのか。

「もしかして男の恋人がいるんですか?」

「いないよ。俺は自分が抜け殻になって『蘭雅』の若をやっていればすべて丸く治まると思っていたんだ」

廉慈さんは僕とではなく自問自答していた。

「このまま無理をしながら生きていくのか?それとも全てを曝してスッキリさせるのか」

頭を抱えるようにして小さくなった。

「両親の期待とか、店とか、全て放り投げてやるか・・・家永さんがここへ来てから、ずっと考えていたよ」

「でも・・・廉慈さんが家出した事によって、そうしなくてもよくなるんじゃないですか?ご両親に話しをしたら」

「ははっ」

もしかして彼は、自分を追い詰めたいだけだったのかな?

親が連れて来た「良いお嬢さん」と家庭を持って、世間一般の人々が思う標準的な人生を送ろうとしているのかもしれない。そこへ向かう為に、何か一つ吹っ切りたかったのかな。

「頭の固い親に理解しろと言えば良いのか?君だって家永さんとの同棲は内緒なんだろう?カムフラージュの為にこの部屋を借りたままにしているくらいだからな。今時、ルームシェアって言葉くらい親も知ってる。君にはそれすら言えない」

「・・・」

そのとおりだ。

両親はいずれは可愛いお嫁さんをもらって、孫が出来て・・・と考えているに違いない。自分たちの夢とは大きく違っているが、小さな会社で真面目に働いて、父の日、母の日にはプレゼントを持ってくる。独立した大人になった僕が満足な出来ではなくても、「もう問題を起こしたりしない」と思っているだろう。

「自分の事も言えないようなガキが、俺に説教すんじゃねえ」

「・・・」

「ちゃんと戻るから。しばらくそっとしてくれないか?」

「ここから出て行かないなら」

「ああ。ちゃんと、ここにいる」

「わかりました。約束ですよ?」

「約束だ」

僕は買ってきたお弁当をテーブルに置き、冷蔵庫の中にお茶とミネラルウォーターのペットボトルを入れた。

「他に欲しい物はありますか?」

「航くん」

「僕、ですか?」

僕は「冗談だ」と心の中で繰り返しながら、持って来た新聞を置いた。

「美味そうだし」

「残念ながら食えませんよ」

僕の動きを追う廉慈さんの視線は、《ピタゴラス》の客のような粘りのある視線ではない。からかわれているだけだ。

「君が最後に着物に触れたのはいつだ?七五三か?それとも着た事はないか?」

「えーっと、多分、七五三ですね。写真が残っていますから」

5歳の僕は羽織袴で、小さな湊は蝶ネクタイとスーツ。5歳の湊が着物を着た写真には、僕はシャツとベストというかなりカジュアルダウンした服装。父と母はスーツ姿の親子4人の記念写真がリビングに飾られているのを思い出した。

僕と湊が着ている着物は全く同じ柄で、僕のお下がりを湊が着ている。

「着物は民族衣装だと言われながらも、日本人の着物離れは激しいんだよ。夏祭りでは浴衣を着た人も増えたが、ネットで格安で買える時代だ。わざわざ呉服屋で反物から買って誂えるのはごくごく少数派なんだよ。成人式の着物もレンタルが増えたしね。『蘭雅』も例外じゃない。このままでは頭打ちだ」

「確かにそうですね。着物を着て歩いているのは外国人観光客ばかりですよね」

「このままでは『蘭雅』はもたない」

「もたない?」

「ああ」

『ひいらぎ書店』と同じなんだ。取り残されてしまう前に、廉慈さんも足掻いていたのだ。

「うちの両親は本当に頭が固くてね。お得意さま相手に高級な作家物を販売していれば良いと思っているんだ。勿論、それだけで十分な収益があれば文句はないが、将来的には難しいんだよ。俺は営業に回りながらそれをひしひしと感じている。せっかく誂えたが成人式だけしか着ていないとか、タンスの肥やしになっているとかね。俺はそれらを買い取ってリサイクル販売を始めたいんだよね。『蘭雅』が販売した商品はどれも一級品だ。織元との信頼関係で取引させてもらっているからね。それを暗いタンスの中で泣かせておく方が罪じゃないか?」

「新しい事業を立ち上げるんですか?それを反対されてるから家出したんですか?でも、社長たちからはそういう話しは出ていなかったみたい」

「するわけがないだろう?体裁が大事なんだから」

「そうか」

「ついでにそれだけがプチ家出の理由じゃないからな。家永さんのギャラリーに古布やアンティーク着物で小物を作って販売している人がいるだろう?」

「ええ。長野さんですね」

「彼女の紹介で知り合った人がいるんだ。彼、一人で着物のリサイクル会社をやってるんだよね」

「へえ」

「最近、彼が気になるんだ」

「・・・」

「自分じゃなくてガッカリした?」

「いいえ。むしろ、ホッとしました」

それは僕の本心だったけど、廉慈さんは寂しそうな笑みを見せた。

「航くんの事が好きだよ。でも君には家永さんがいて、俺には全く目もくれない。毎日『ひいらぎ』で昼飯食ってるのに、君には俺の気持ちは届かないんだと思うと結構、辛かったんだよ?3ヶ月前かな。彼と出会って、時々一緒に飯を食ってさ。彼は君のような美形じゃないけど、傍にいると安心するんだ」

「安心する」という気持ちはわかる。離れていても心はいつも寄り添っている気がするんだ。ムシャクシャしてても、家永さんの顔を見てギュッとされたら心に負ったかすり傷なんかすぐに治ってしまう。

「屋上でも言っただろう?俺は心から人を愛した事はない。君に対しても同じだ。手が届かないから余計にもどかしくてね。そういう禁じられた存在の君への、憧れのようなものがあったのかな。でも、彼には何というのか・・・傍にいて欲しいと思うんだよ。こういうの、初めてなんだよな」

「その人って、その・・・男の人と、その」

「残念ながら」

廉慈さんは諦めたような、投げ出したような表情で笑った。優しい人なのだ。

 理不尽だと思った。

廉慈さんは『蘭雅』の為を思って新事業を提案している。そして自分を殺してまでもご両親の意向に沿おうとしている。彼は自分の為に何かをするのではなく、お店やご両親の為だけに何かしようとしているのだ。

でも廉慈さんは手足をもがれたかのように何も出来なくて、その鬱憤だけが蓄積されていた。

*****

不定期更新中にもかかわらず、ご訪問ありがとうございます!

   日高千湖

ランキングに参加しております、良かったらポチッと押してやってください♪
   ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村  
携帯電話の方はこちらを押して頂けると嬉しいです♪
   ↓
ブログ村 BL・GL・TLブログ
ありがとうございました!
関連記事
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

日高千湖

Author:日高千湖
日高千湖のBL小説ブログへようこそ♪

こちらはオリジナルBL小説ブログです。BLという言葉なんて知らない、嫌悪感を抱くとおっしゃる方は回避願います。

旧ブログ『薄き袂に宿る月影』をご愛顧頂きました皆さまには、ご迷惑をお掛けしております。

旧ブログ内で公開しておりました作品につきましては順次こちらでも公開して参ります。また、旧ブログで公開中の作品は今のところそのまま残しておりますが、こちらへは改稿した上でUP致します。こちらへ移転後は旧ブログでの公開は見合わせたいと思いますのでご了承下さいませ。

左上の【Sitemap】をクリックして頂きますと過去3ヶ月の更新記事がお読みになれます。お久しぶりの方、読み逃がした方はこちらが便利です♪

サイトマップ代わりに【目次と登場人物紹介】というカテゴリを作成しましたので、そちらをご利用下さい。

★拙作ではございますが、著作権は放棄しておりません。お持ち帰りはご遠慮願います。

★大変お手数ではございますが、リンクをご希望の方はコメント欄にてお知らせ頂けると嬉しいです♪よろしくお願い致します。


ランキングに参加しております。良かったら押してやって下さい!
  ↓

にほんブログ村


ありがとうございました!

★尚、拍手コメントくださいました方へのお返事は、コメントを頂いた記事のコメント欄にて書かせて頂いております。ご確認下さいませ★

では、ごゆっくりどうぞ♪

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
リンク
QRコード
QR
フリーエリア