『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・17~『Love me do』番外編

 僕が『ひいらぎ』に戻るのを待ち構えていた敦子さんが飛び出して行った。息子が家出してしまって落ち込んでいる『蘭雅』の女将さんの話し相手になる為に行ったのだ。

その後姿を見ると、廉慈さんを匿っている僕の心はチクリと痛む。

「ハッ、ハクション」

吉塚さんが盛大にクシャミをした。「病院には行かない」と頑固に言い張るので、見かねた敦子さんが漢方薬を買ってきた。漢方薬だから即効性はなくて、1、2回飲んだからといって症状が劇的に改善するわけではない。

「大丈夫ですか?」

「うん」

廉慈さんが僕の部屋にいる事は、吉塚さんにも言っていない。僕が《エクート》に行くのは吉塚さんには知られていたので、吉塚さんには嘘を吐く事になってしまった。

「敦子さんも大変だね」

「女将さんの話し相手になって、気が紛れればそれでいいんじゃないですか?」

「まあね」

吉塚さんは敦子さんが買ってきた桜餅を僕の前に置いた。

「若はどこに行っちゃったんだろうね?」

「そうですね」

「昨日、《エクート》には行ってなかったんだろ?」

「はい。マスターには写真を見せて、もし若が来たらすぐに電話して欲しいと頼んでいます」

「そうか」

「若がいつ戻ってきてもいいように」と言って、まかないを一食分多く準備していた吉塚さん。その余った材料を見る度に僕の心はチクチクと痛むが、口を噤んでいる。

「今日も無駄になっちゃったな」

「そうですね」

吉塚さんには申し訳なく思いながら、僕は箸を持った。今日のまかないは親子丼だ。トロトロの卵と出汁のしみた鶏肉、三つ葉の香りがふわりとした。

「若が好きだから親子丼にしたんだけど」

「そうですね」

吉塚さんは、「はあっ」と溜息を吐きながらマスクを外して桜餅を頬張った。

家永さんは朝からギャラリーに行き、昼休みには桜祭りの準備の為に青年部に行くと言っていた。今朝、「若には今夜、もう一度話しをしてみよう」と言っていたが、無駄だと思った。

廉慈さんが「気になる」という人と連絡が取れないものかと考えたけれど、今のところそれも難しそうだ。ギャラリーの作品の入れ替えをやっている時であれば長野さんという作家さんも『ひいらぎ』にいたと思うけど、入れ替えが終わってしまったから、長野さんの作品の売れ行きが良くて品薄にでもならない限り、長野さんがギャラリーに顔を出すのは一週間以上先になる。

「美味しい」

「ありがとう。若にも食べさせたかったな」

「そうですね」

今頃、冷めたチキン南蛮弁当を食べているだろう廉慈さん。吉塚さんや敦子さんがこんなに心配してくれているのに、「無事ですから」と言えない僕は親子丼を口に運んだ。

「いつも美味い、美味い言って食べてくれるからさ、気持ちが良いんだよな」

親子丼は裏切りの味だ。美味しいのに、口に入れるのが申し訳なくなる。このまま廉慈さんの話しが続けば、親子丼が喉を通らなくなるのではないか。

「ありがたいお客さまですよ」

「ここの売り上げ、一人分減るじゃないか?」

「本当だ」

「ヘッ、クシュン。あははっ」

「あははっ」

吉塚さんは廉慈さんに《エクート》を教えてしまった事を後悔していたけど、吉塚さんが教えようと教えまいと廉慈さんは家出していたはずだ。

それに廉慈さんだって、完全に行方をくらませたかったわけじゃない。そうだとしたら《エクート》には行かないのだ。

「じゃあ、俺が下の店番してるから」

「はい、よろしくお願いします」

吉塚さんはエプロンを外して、階段を降りていった。吉塚さんの気配が消えて、僕はホッとしている。秘密を抱えているというのは意外と疲れるのだ。

 
 その日の夕方、『ひいらぎ』には大口の注文が舞い込んだ。

以前ご自宅に伺った事がある『円井グループ』の会長秘書、井上さんから電話を頂いたのだ。

グループ企業の中には従業員の子どもさんを預かる保育園がある。働く女性の支援の為に保育園を新設する事になり、知育玩具や絵本を準備して欲しいと注文されたのだ。

返事は勿論、「承知しました」だったんだけど、本を選定して発注するとなると僕一人では難しい。すぐにギャラリーの方を閉め、家永さんは知育玩具の卸し元に行った。

敦子さんには残業をお願いして、2人で納入する絵本を選んでいる。

「絵本を500冊か。凄いわね」

「そうですね。社員には外国人もいますから、っておっしゃったんですよね」

「そうなんだ!じゃあ、洋書も何冊かは入れないとね。1ヵ所に100冊ずつか・・・夏のボーナス大幅増かもよ?頑張りましょうね!」

敦子さんは楽しそうだ。

「ボーナス・・・。これくらいでは大幅増は無理じゃないですか?多分、ちょっぴりですよ」

絵本を専門に販売している『ひいらぎ』の評判は良くて、遠い所から絵本を買いに来てくださる方も多くなった。仕掛け絵本のコーナーも人気があって、クリスマスシーズンには仕入れが間に合わないほど売れた。

ボーナスも他所に比べれば少ないけれど出るし、お給料もまあまあだ。

「本の利益率くらいわかってるわよ!ちょっと言ってみただけよ。私はここで働かせて頂けるだけでも幸せなんだから」

「でも今日は残業ですよ?」

「いいわよ。たまには夕飯が弁当でも!息子に大学の帰りに弁当を買って帰るように連絡したから」

「すみません」

「どうして航くんが謝るのよ?あっ、そうか!社長夫人だったわね」

「えっ」

家永さんとの関係はとうの昔にバレているけど、こういうのには慣れなくて、弱いのだ。僕の指は固まってパソコンのマウスを動かせなくなった。

「どうして固まってるの?」

「す、すみません」

「可愛いんだから!」

敦子さんは僕の髪をグリグリとかき回した。


 「これを納品するのはお屋敷かしら?」と、敦子さんは夢見る乙女になって豪華なお屋敷を想像している。

「園に直接納品でしょうね」

「そうよね。お屋敷なら一緒に行こうと思ってたんだけど」

「残念でしたね」

「そう、あっさり言わないでよ」

敦子さんは目に留まった絵本をピックアップしながらポツリと呟いた。

「若のアンポンタンはどこにいるのかしら?」

『蘭雅』では廉慈さんの行方を全く掴めていないらしい。廉慈さんの潜伏先が目と鼻の先の僕の部屋とは知らない敦子さんが「若」と言う度に、僕の心臓は飛び出てしまいそうだ。

「北海道とか」

もっともらしい事を言ってみた。

「『白い恋人』、買って来てくれるかな?」

「どうせなら蟹の方がいいですよ」

「いいわね!って、家出した人が蟹をお土産に戻ってくるなんてありえないわよ」

「そうですね」

「っていうか、航くん」

「はい」

「吉塚さんがいたから言わなかったんだけど」

敦子さんが僕の目を見て言った。

「あんまり心配してる感じじゃないわね」

「えっ?」

「知ってるんじゃないの?」

「何をですか?」

「若の居場所」

「知りませんよ」

今の一言を、僕はさり気なく言えただろうか?

*****

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