廉慈さんは急に口をへの字に曲げ、腕を組んで黙った。大見さんの「親も親戚もいなくなった」という言葉に、廉慈さんは反応したようだ。
逆に大見さんは、入り口に突っ立っていた僕を見てニコリとした。
「一緒にご飯を食べようよ、鹿之江くん」
「・・・はい」
「廉ちゃんも、ね?」
「勝手にしろ」
廉慈さんは不機嫌そうに言った。大見さんは廉慈さんの機嫌なんか知ったこっちゃないって感じで元気良く手を上げ、「了解」と返事をした。そして僕を見てニコニコしながら「駅の近くに美味しいイタリアンがあるんだ」、と親指を立てて見せた。
「お任せします」
「うん。じゃあ、廉ちゃんも行くよ」
「・・・」
廉慈さんは返事をしなかった。
「廉ちゃん、お返事は?」
先生か親のような口調で言われた廉慈さんは、ブスッとしたまま立ち上がった。そして大見さんが荷物を纏めるのを黙って見ていた。
細い路地に入ると、目的のイタリアンはすぐにわかった。店の前にイタリアの旗が2本立ててあったからだ。
ここに着くまで、大見さんは廉慈さんと腕を組んで歩いた。家出中の廉慈さんを逃がすまいとしたのだと思うけど、廉慈さんは時々振り返って迷惑そうな顔をして僕を見ていた。
連れて来られたイタリアンは畏まった店ではない。全体的にカジュアルな雰囲気で、粗くペンキを塗った感じのベージュの壁にはヴェネツィアの仮面、オリーブの絵が描かれた陶器のオリーブオイルボトルとイタリアワインの瓶が飾られている。
「可野児ちゃん、廉ちゃん、いらっしゃい」
「こんばんは」
気さくなマスターに迎えられ空いていた席に座ったが、大見さんは「廉ちゃんはここね」と一番奥に廉慈さんを押し込むようにして座らせた。
「どうして俺が奥なんだよ?」
「逃げられちゃ困るからね。ねっ?鹿之江くん」
「そうです」
廉慈さんの隣に大見さんが座り、僕は廉慈さんの前に座る。
「メニューをどうぞ」
「ありがとうございます」
大見さんに渡された白木の枠のメニューを広げると、まずはパスタやドリアの絵が目に入った。色鉛筆でさらっと描いたような手描きのメニューから、ここがざっくばらんなレストランだとわかる。
メニューもどんな料理かわからないような横文字ではなく、「三種のきのこの和風パスタ」とかわかり易い。
「ピザが美味しいよ」
「うーん。大見さんのお勧めでお願いします」
「そう?」
僕がメニューを大見さんに返すと、廉慈さんが横から奪うようにして取り広げた。
「航くんは海老が好きだよね」
「あ、はい」
話しをしている間に、マスターがやって来ておしぼりとグラスと水の入ったデキャンタをテーブルの上に並べた。
「廉ちゃんはいつもの?」
大見さんがメニューを横から覗き込んだ。でも廉慈さんは肩で大見さんの肩を押し返す。そしてチラリと僕を見て、鼻に皺を寄せてみせた。
「半熟卵とベーコンのカルボナーラピザと」
「またそれなの?廉ちゃん」
「悪いか。ついでに海老とホタテのクリームパスタ」
「ふふっ。この人、いつもこれなんだ」
「いつも」というくらい、2人はここに来てるんだ。仲が良さそうだ。少なくとも大見さんは廉慈さんを嫌ってはいないと思う。大見さんはノンケだと言っていたけど、本当にそうなのかな?
「美味しそうですね」
「うん、美味いよ。シェアして食べよう?」
僕が頷くと、大見さんは昔ながらのナポリタン、それと海老とマッシュルームのアヒージョ、蒸し鶏たっぷりサラダを注文した。
「足りなかったらまた注文しよう。飲み物は?」
「赤」
「鹿之江くんは?」
「僕は」
手を振って「お酒はちょっと」と言おうとしたが、廉慈さんはそう言わせなかった。
「飲め」
命令形の廉慈さんを手で押し退けるようにして、大見さんは「飲もうよ」と笑っている。「飲みません」とは言い難くて、一杯だけお付き合いする事にした。
「・・・じゃあ、赤を一杯だけ」
「マスター!赤を一本」
こうしてちょっと複雑な飲み会が始まった。
「で?廉ちゃんはどうして家出なんかしたんですか?」
ワインのボトルは半分以上減っている。廉慈さんが2杯、大見さんが2杯、僕は1杯目がまだグラスに残っている。廉慈さんは変わった様子はないが、大見さんは1杯目からハイテンションだった。
大見さんの2杯目があと一口でなくなる頃に、酔ったのかと思うような質問をしたので、思わず大見さんに目で合図したが遅かった。
「別に」
「『別に』だって!あははっ、可愛いでしゅね~若は!」
大見さんは赤ちゃん言葉で廉慈さんをからかった。廉慈さんは迷惑そうな顔をして、自分に寄り掛かるような姿勢の大見さんを肩で押し退ける。
「可野児、煩い。静かに飲めよ」
「僕は元々おしゃべりなんです~ぅ」
可愛らしい人だ。綺麗系とは違うけど、小さな鼻、笑うと目がなくなってしまう所とか、ぽっちゃりした唇とか。確かに男性だけど、女性的な所もある。中性的、というのが一番ピッタリする。昼間に着ていたポンチョの下は黒い長袖Tシャツとベージュのジレ。ベレー帽がよく似合っている。
「こーんな美人のお迎えが来てるのにさ」
「余計なお世話なんだよ」
「だってよ?鹿之江くん」
廉慈さんは僕を箸で指し、大見さんは2杯目のワインを飲みながら笑い掛ける。
「すみません」
「俺が素直に家に戻ると思ったら大間違いだからな?」
「またまた!廉ちゃん、鹿之江くんがわざわざ来てくれたんだからさ、一緒に帰りなよ」
お酒の量と比例するように大見さんはますます明るく元気になり、廉慈さんは不機嫌になる。
「余計なお世話だ、って言ってるだろ?」
肩をバンバン叩かれた廉慈さんは余計に意固地になったようだ。大見さんは、廉慈さんが僕の事を好きだったと知っているのかな?
「僕は無理に家に戻れとか言いませんから。僕の部屋で」
「無理」
「そうですか。昨日はどこに泊まったんですか?」
「ホテル。コールボーイを呼んでイイコトしてました」
「またまた!廉ちゃんったら~!」
ゲラゲラ笑いながら大見さんは廉慈さんを叩いた。
「ダメだよ、こんな純情そうな人をからかっちゃ!」
「純情そうなのは顔だけ!これでも彼はボーイズバーのナンバーワンだったんだからな」
「えーっ!」
大見さんは目を丸くした。僕がちょっと困った顔をしたのを見た大見さんは、気を遣ったのか「廉ちゃんは冗談が上手いんだから」と笑った。
「可野児、声が大きい」
廉慈さんの目は僕に挑むかのようだ。僕が何と言い訳するのかを待っている。
「ボーイズバーでバイトしていたのは本当ですよ。でもナンバーワンではないです」
「えっ?本当に!?」
「はい」
「あははっ」
夜のバイトの件を敦子さんや平木さんが知ったら驚くとは思うけど、恥ずかしい事ではないと思う。ただ一瞬、田代さんの顔を思い出してしまったくらいの事。
「へえ・・・意外だね」
「彼、秀藤なんだぜ」
「マジで!?天才じゃない!」
『秀藤』と聞き、大見さんは目を丸くした。
「天才じゃないですよ。僕は落ちこぼれです」
「僕に言わせれば合格しただけでも天才だよ」
「ボーイズバーでバイトしていたのは親への反抗心からです。僕、勉強ばかりやらされてて、終いには自分が何の為に勉強してるかわからなくなってしまって。勉強したくないとは言えないからずっと最下位でした。大学受験に失敗して浪人してたんですけど予備校もサボってばかりで。大学も一応通ってたんですけど、すぐに辞めちゃって。親には迷惑ばかり掛けてしまいました」
「ふうん・・・やりたい事を見つけられなかったんだね」
「はい」
「それはこの人も同じだよ」
大見さんは廉慈さんを指差した。
「悪かったね」
場が白けてしまった感じで、廉慈さんは面白くなさそうにグラスの中に残ったワインを飲み干した。
*****
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すみません、サボリ癖が治りません(笑)お休みを勝手に頂いてしまいますが、ご容赦くださいませ。
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廉慈さん、意地になっちゃってますね~
気持ちの持っていき場がないのかな。
可野児さんもなかなか良い性格してるし(笑)
なんだかめんどくさそうな状況になりつつありますね(^ ^;)
大丈夫かな、航・・・
とんだとばっちりって感じだけど、ここは付き合うしかないのかしら。
ちょっと心配。
風邪が治らず仕事も休めず、執筆が滞っております(´Д`;)/ヽァ・・・
早く復活したい・・・
日高様もお体ご自愛くださいね~
お忙しい中、ご訪問ありがとうございます!!
> 廉慈さん、意地になっちゃってますね~
> 気持ちの持っていき場がないのかな。
> 可野児さんもなかなか良い性格してるし(笑)
廉慈さんは意地になってるのでしょうね。次話で、まあ・・・。(ごにょごにょ)
可野児さんも可愛らしい人ですので、可愛がってやってね~♪
> なんだかめんどくさそうな状況になりつつありますね(^ ^;)
> 大丈夫かな、航・・・
> とんだとばっちりって感じだけど、ここは付き合うしかないのかしら。
> ちょっと心配。
航くんは毎度巻き込まれ易いようでwwwしかし今回は自らドプンと飛び込む感じです(笑)
> 風邪が治らず仕事も休めず、執筆が滞っております(´Д`;)/ヽァ・・・
> 早く復活したい・・・
> 日高様もお体ご自愛くださいね~
風邪ですかっ!大丈夫ですか~っΣ(・oノ)ノ
寒かったり暑かったり気温も乱高下してますからね。早く良くなりますように!!
日高さん地方は梅雨入りしたらしいですwww早過ぎるっ!!
お互いに体調だけは崩したくないものですね、治りが悪いからwwwお大事に♪コメントありがとうございました!
あらら、若にお怒りですか?まあ、敦子さんたちに知られなければ航くんもなんともないんだと思いますが。
ここでなぜか上がる家永の株(笑)
《ピタゴラス》のナンバーワンというか、航がいた頃はノルマもなくてワチャワチャやっていたので、「ナンバーワン」という意識はなかったんじゃないですかね?
志賀さんとか、日高ももう忘れてますよ。鹿児島の人でしたね。顔の濃い(笑)
Aさまもご自愛くださいませね。梅雨入りしますと体調を崩したりしますから。コメントありがとうございました!