山下くんがくれた胃薬を飲んでから《SUZAKU》へと移動した。サッパリとした飲み口の胃薬で、モヤモヤとしていたものがスッキリした。
親子丼と蒸しパンは美味かったが食べ過ぎた。ああ、それにコーヒーの飲みすぎだな。胃薬のおかげか、ストンと胃が軽くなったような気がして急に腹が減った。
途中でパンを買い、ベニちゃんとしーちゃんには甘そうなカスタードクリームと林檎のコンポートが入ったデニッシュとメロンパンをお土産にした。自分とカンタたち、《325》のスタッフには牛すじカレーパンとハムとチーズのパン、それとフレッシュトマトが入ったハムのサンドウィッチだ。
「おはよう」
「店長、おはようございます」
嗅覚の優れたベニちゃんが、俺が持っている袋を目掛けて走ってくる。俺ではなく袋を見ている所をみると、ベニちゃんも小腹が減っているようだ。
「はい、これ。お土産のパンだよ」
「わあ!店長、熱でもあるの?お土産なんか買って来て」
ベニちゃんは箒を横に置くと、すぐに袋を開けて中を見ようとしている。甘そうなパンを見て、さっそく袋の中に手を入れようとした。
「ベニちゃん、ありがとうが先でしょ?」
「そうだった。ありがとうございます」
「それと、掃除が終わってから食え。これは《325》に持っててってくれる?甘そうなのはしーちゃんに。あとは適当に分けてくれって言って」
「はーい!」
ベニちゃんは袋を持って《325》へと駆けていく。俺はベニちゃんが放置した箒を持って、店の方を覗いた。
「カンタと鶴ちゃんも食べなよ」
仕込みを始めていた2人は「はーい」と返事をして作業を続けていた。切りのいい所までやってしまうつもりだ。俺は《325》におつかいに行って戻らないベニちゃんの代わりに、事務所の掃き掃除を続けた。
掃除が一段落してコーヒーが出来上がった頃、カンタと鶴ちゃんが手を拭きながら事務所に入ってきた。
「店を開ける前に食べなよ」
「ありがとうございます」
俺はコーヒーに牛乳を入れて飲みながらカレーパンを食べたが、どうも胃の調子が良くない。胸の辺りを擦っていると、カンタが心配そうに聞いた。
「圭介さん、どうかしたんですか?コーヒーに牛乳入れるとか」
「さっきから胃がもたれてさ。本社でコーヒーばっか飲んでたからかな?山下くんの親子丼食って、蒸しパン食ったら胃もたれ」
カンタと鶴ちゃんは顔を見合わせて呆れている。
「胃もたれなのにどうしてカレーパンなんか食うんですか?」
「食いたくなったんだよ。これを買った時は腹が減ってたんだ」
山下くんのお勧めのカレーパンを食いたかったんだよ。牛すじを一晩煮込んで作ったカレーは香辛料が効いていて食欲をそそる。だが今日の俺の胃袋には似つかわしくないようだ。俺は諦めて半分食べかけのカレーパンを袋に入れた。
「後で食べよう」
「普通、胃もたれの人が油で揚げたパンなんか食いますかね?」
「しかもカレーパンだし」
鶴ちゃんが気の毒そうに言った。
「その時はカレーパンの気分だったんだよ。美味いだろ?山下くんが教えてくれたパン屋さんだからな」
「パンはもちろん美味いですよ。ご馳走さまです」
気を遣ってくれる優しい鶴ちゃんがハムサンドに手を伸ばした。
「店長もサンドウィッチを召し上がったらいかがですか?」
「いや、もういいや。それ、最初に言って」
「あははっ」
「胃に優しいジャガイモのポタージュでも作りましょうか?材料がありますから」
「ありがと、鶴ちゃん」
鶴ちゃんは優しいがカンタは辛辣だ。俺と長年一緒にいるからか、最近特に口が悪くなった。
「無理しない方が良いですよ。もう歳だし」
「煩い、カンタ」
「本当の事なんで」
「あーもう」
俺は胃を擦りながら、救急箱の中から胃薬を取り出した。それを見ていた鶴ちゃんが近寄って来て、俺から救急箱を取り上げた。
「店長、本社で薬を飲んできたんでしょう?続けて飲むのはよくないですよ。もう少し時間をあけましょうよ」
「わかった」
鶴ちゃんが救急箱を閉めた。胃薬を諦めざるを得なくなった俺の次の行動が、カンタにはわかっていたようだ。
「今日は禁酒禁煙ですね。体調不良だから」
「・・・カンタって、山下くんに似てきたね」
「多少は」
「・・・俺、外の風にあたってくるわ」
「はーい」
ふらりと駅前広場に出て、『S-five』ビルの隅の方の出っ張りに座って薄暗くなっていく空を見上げた。いつもよりも強く吹き付けてくる風が心地よくて、胃の不快感を緩和してくれる。
温かいジャガイモのスープでも飲めばスッキリするかな。それとも炭酸飲料の方がいいかな。ポケットに手を突っ込むと小銭が手に当たった。
「炭酸水、買おう」
シュワシュワの炭酸水を飲んだら、胃がサッパリするに違いない。
開店と同時に客が入り始めて、大忙しというわけではないがずっとバタバタしている。俺の胃は炭酸水で洗い流されたかのようにスッキリした。だがスッキリ感はその時だけで、すぐにモヤモヤが戻ってきた。
時々胃を擦りながら、カウンターに座った常連客を相手に話しをしていたから、カウンター内ですれ違う時などにカンタが「大丈夫ですか?」と心配して声を掛けてくれる。
「一杯付き合ってよ、圭ちゃん」
「今夜はカンタ先生に禁止されてるんですよ」と、シェイカーを振っているカンタを親指で差した。
「どうしてだい?」
「店長は胃の調子が悪いんです。俺が頂きますよ」
「そんなに悪いのか?圭ちゃん」
俺はカンタを睨んだ。客に心配させるような事を言うんじゃない。
「一杯くらい平気ですよ。頂きます」
カンタが怖い顔をして睨むので「一杯だけだよ。付き合わないと悪いだろう」と納得させて、カンタと2人一杯ずつご馳走になった。まあ、これが間違いの元だったんだけどね。
「圭介さん、胃は?」
休憩に行こうとする俺に、カンタが聞いてきた。何度も聞いてくるから、かなり心配してくれているのだ。
「ああ、もう大丈夫」
「本当ですか?」
「おう」
カンタはこんなに心配性だったかな?
「なに?俺、顔色悪いの?」
「いいえ。圭介さんって、ちょっとどこか痛いと『テルを呼べ』とか、『テルがいないからよくならない』とか煩く言うんで、いつも仮病じゃないかと思うんですけど、こんなの初めてだったんで」
カンタ、一言二言多いぞ。
「いや、痛くないって。モヤモヤだから」
「同じですよ。もう酒は飲んじゃダメですよ。タバコも」
「OK。休憩行きます。薬、飲んでいい?」
「酒を飲んでるからダメでしょう」
「・・・それ、早く言えよ」
事務所に入って胃を擦りながらソファーにゴロンと横になった。
「あーっ、胃だけ取りたい」
原因は酒の飲み過ぎというわけでもないな。例の会議に行かなかった一件以来はセーブしてたし。親子丼は量が多かったわけではない。いつもと同じだ。
蒸しパンか?シンプルな蒸しパンは甘さ控え目で、サツマイモもホクホクだったし・・・。胃に悪そうな物は食べてないんだけどな。酒は一杯しか飲んでいないし、昼に薬を飲んでから6時間以上経っているわけだし。
「飲もう」
不快なまま店に立つのは精神衛生上良くない。俺は飲みかけの炭酸水で胃薬を飲んだ。
休憩が終わり、ベニちゃんと交代した。胃薬と炭酸水のダブルでスッキリした俺は、カンタが止めたにもかかわらずビールを開けた。
「やっぱり、炭酸が一番効くね」
「圭介さん、ビールは止めましょうよ」
「大丈夫だって」
「知りませんからね」
「はーい」
「いらっしゃいませ」
ベニちゃんの声で顔を上げると、スーツ姿の小鳥居が見えた。
「小鳥居だ」
「懐かれてますね、圭介さん」
「懐かれてますねえ。どうしてでしょうねえ?今日は差し入れに胃薬でも持ってきたかな?」
「あははっ、それはないでしょう。今の圭介さんに胃薬が必要だとわかってるなら、完全にストーカーですよ」
「ははっ」
真っ直ぐにこちらへ来る小鳥居は、確かに微笑んでいる。思ったんだけど、あれはプライベート小鳥居のMAXの笑顔だ。
「こんばんは」
「お疲れさま、小鳥居」
「また来てしまいました」
「こっちは大歓迎だよ。ただし、うちは忙しくなったらカウンターに入らせるからな」
「えっ?そういうシステムなんですか?」
「当たり前。黒川は自主的にカウンターに入るぞ」
だからあいつは、自分が機嫌が良い時にしかここには来ないんだよ。
「わかりました」
この俺が、忙しい時に従業員をノンビリと座らせておくかよ。
カンタが冗談めかして「差し入れは?」と聞くと、小鳥居は「それもシステムですか?」と真顔で聞いた。
「カンタ、からかうな」
「すみません。冗談です」
「ああ、良かった。今日は何もないんですよね。橋本店長の好みがわからなかったんで」
「あっそ。じゃ、何か奢って」
「いいですよ」
「圭介さん」
カンタが睨んだが、ビールを一本飲み終えた頃には胃の不快感もわからなくなっていた。
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6月ですよwww日高家の庭には紫陽花が12本あるんですが、その中の名前もわからないピンクちゃんが元気に咲いています。花が咲き過ぎてるので、午後3時になったら一斉にションボリしてしまう(笑)
梅雨入りしたわりには雨が少ないので、朝夕の水撒きに20分掛かります。頑張るwww
日高千湖
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