目を瞑って、ほんの十数秒だったと思う。ピッとロックを解除する音がして、裏口のドアが開いた。てっきり小鳥居が戻ってきたのだと思い込んだ俺は、何も考えずに言った。
「忘れ物か?小鳥居」
「・・・」
人の気配はするが返事はない。ロックを解除出来たって事は、うちの関係者には間違いない。あれ・・・小鳥居のはずがないな。ここの鍵は《SUZAKU》のスタッフか、山下くん、三木くんしか持っていないはずだった。
俺はボンヤリとした頭を起こした。
「誰だ?」
すると言い難そうに返事があった。
「・・・俺」
「・・・テル?」
「うん」
俺は「テールー!」と大きく手を伸ばした。迎えにきてくれたのだ。だが、輝也は近寄って来ない。
「テル!」
「圭介さん、今まで小鳥居さんとここにいたの?」
「ああ」
「そうか」
あれ?どうした?輝也。どうしてここに来ない?
こちらへ来ない輝也に痺れを切らせて、俺はダウンケットを剥ぎ取って手を広げた。
「テールーッ!」
「ここから出て行く小鳥居さんを見かけたよ」
輝也のテンションはいつになく低くて、悲しげな雰囲気さえ漂っている。
「今、帰ったからな」
輝也は抑揚のない声で聞いた。
「今まで、ここで何をしていたの?」
「何を、って・・・寝てた」
「2人で?」
「・・・まあ、そういう事になるかな?」
勘違いしていないか?輝也。
まあ、誤解されても仕方がないか。シャツを着てはいるがボタンは留めていないし、当然パンツは穿いていない。上にシャツを着てるのが奇跡みたいなもんだ。っていうか、前は肌蹴てるしね。
「どうして裸なの?」
輝也は悲しそうな目で俺を見ていた。
「まあ・・・いつもの事だからな。知ってるだろう?」
「ああ、うん」
勘違いされているのはわかっていたが、いつもこれだから仕方がない。癖なんだよ、酔ってベッドに入ったら脱ぐの。
「俺、ここに来ない方が良かったかな?」
「迎えに来てくれたんだろう?」
俺は今、このタイミングで「勘違いするなよ」と一言言わなければならなかったのだが・・・。浮気の現場を目撃された、ってわけじゃないのだ。俺は堂々としていればいい、それくらいに思っていた。
「うん」
「帰るぞ」
ベッドの脇に放っていたパンツを掴んで穿いたが、輝也は近寄って来ない。フラフラしながら服を着る俺を、輝也はその場から動かずに見ている。いつもなら着せてくれるのに。
「俺が酔っ払って寝ちゃったから、カンタたちは先に帰ったんだ。小鳥居は律儀だから、一人だけ残ったらしい」
言い訳だが、言わないよりはマシかな。
「小鳥居は帰るタイミングを失ったんだと思う」
「うん」
声が重いな。まあ、勘違いするのが普通か。仕方がない。着替えを終えて輝也を見ると、スッと目を逸らした。何となく、嫌な感じだ。
「テル」
「早く帰ろう」
「おう」
まだ酔いが残っていた。頭がガンガンする。いつもなら「大丈夫?」とか「歩ける?」とか言うのに、今日の輝也は何も言わない。それどころか、俺とは目も合わせない。
いつもなら手を繋いで歩く帰り道。俺の右手は空いたままで明け方の冷たい空気に取り込まれてしまった。
マンションに着くまで、輝也は一言も話しをしなかった。隣を歩くわけでもなく、俺の一歩前を歩く輝也の背中はいつもならシャンとしているのに、今日は心なしか猫背だ。
俺が浮気するわけがないのに、勝手に勘違いしやがって。
リビングには輝也のキャリーバッグが置いてあった。
「俺、朝から箱根に出張なんだ。三木店長と伊織さんと」
「急に決まったんだな?」
《BlauGarten》の準備で忙しいのに、箱根の《天つ空》の桜祭りの準備に行くのか。山下くんは《サラダボックス》の出店に新入社員の世話まで引き受けているから、箱根には三木くんが行くしかないか。
「うん、まあ」
「桜か?」
2泊分の荷物が詰まったバッグが恨めしい。輝也がここを出るまでに「誤解だ」、と説明すべきなのかな?
「うん、準備だけ。2泊しますから。6時には出ます」
「6時。早いな」
「うん」
ああ、だから起こしに来たのか。朝起きて俺が戻っていないから、出張を直接伝える為に来てくれたわけだ。
「ごめん、テル」
「朝飯の準備、してますから。それから冷蔵庫に煮物とポテトサラダがあるから。良かったら、どうぞ」
「・・・ありがと」
何だ?このおかしな空気は。輝也の態度は取り付く島もない、って感じでしかも敬語だ。
「気を付けていけよ」
「うん」
運転は三木くんだから、大丈夫か。
「あー、眠い。俺、寝るから」
「うん」
「9時に電話で起こしてよ」
「わかりました」
俺は敬語を止めない輝也をその場に残し、コートを脱いで放りベッドに潜った。今、色々話してもこじれるだけのような気がしたのだ。
目覚まし時計のけたたましい音が鳴っていた。ビビビビビッという不愉快な音が鳴り響く。
「・・・どこだよ」
手で枕元をさぐったが目覚まし時計はない。もう少し範囲を広げてナイトテーブルにも手を伸ばしたが、そこにも時計はないようだ。頭に響く音と闘いながら手をバタバタと動かしたが、時計は手に当たらない。そして漸く、音が足元から聞こえてくる事に気が付いた。
「足元か?」
時計はどうやらドアの前の床に置いてあるようだ。絶対にベッドから降りないと止められない場所だった。
「電話もしたくないって事かよ?」
輝也のささいな反抗に舌打ちしながら、俺はノソリと起き上がった。
*****
ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ!
久々のオマケコーナー♪←行方不明だったのが見つかったよ~!全く、しょうもないオマケです。ご自由に。
【業務日誌】
「三木店長、もし、もしもですよ。奥さんが浮気したらどうしますか?」
「・・・輝也。お前、うちの奥さんが浮気すると思ってるのか?」
「いいえ!思ってないですけど、例えば、ですよ」
先に『もしもの話しだ』と言ったじゃないですか。
「しない」
「しないけど、もしも、ですよ」
「反省する」
反省?反省で済まされるのか、浮気ってやつは。
「奥さんに反省させるんですか?」
「『反省させる』とは言っていない。俺が、だよ」
はあ?悪いのは奥さんなのに、どうして三木店長が反省するんだよ?俺の質問の仕方が悪かったのかな?
「いえ、そうじゃなくて!奥さんが浮気をしたら、ですよ?」
「当然、俺が反省する」
三木店長は仕事が忙し過ぎて頭がおかしくなったんでしょうか?
「奥さんが浮気して三木店長が反省するんですか?」
「そう。浮気したって事は、俺が至らなかったから奥さんが不満を持ったって事だろ?浮気の原因は俺だ。だから反省するよ」
心が広過ぎませんか?三木店長。
「反省・・・か」
俺に反省する点があっただろうか?確かに、圭介さんが三木店長にヤキモチ妬いていたな。それは圭介さんに寂しい思いをさせていた、って事なのか?
「輝也」
「はい」
「反省するなよ」
「でも、今」
「俺は反省するけど、お前とは違うだろ?」
「・・・」
「圭介くんと何かあったのか?」
「いえ!何も」
「何もないのに彼が浮気した時の相談か?」
「ええ、まあ」
「もしかして、これから輝也が浮気するのか?」
「しませんよ!」
「そうか?」
「はい」
俺は後部座席に座っている伊織さんに聞いた。
「伊織さんだったらどうしますか?」
「朝陽くんが浮気したらって事かい?」
「はい」
「朝陽くんは浮気なんかしませんけど」
「いや、もしもですってば!」
どうしてこの人たちは俺の「もしも」を聞き逃すのだろうか。
「もしも、か」
伊織さんは黙り込んでしまった。
「あの・・・仮定の話ですから」
「泣く」
「泣くんですか?」
「じゃあ、輝也はどうするんだい?」
「・・・泣く」
「あははっ」
三木店長は呆れたように笑った。
「じゃあ、もしも、だ。輝也が浮気したらどうするんだ?」
「しませんけど」
「もしも、だ」
「もしも」か。どうするんだろう。
「とりあえずバレないようにする、かな?」
「誤魔化すのか?」
「拙いですかね?知ったら圭介さんが悲しむと思うんですよね。なるべく、穏便に」
「黙っておくのも優しさ、か?」
「ええ」
「じゃあ、バレたら?」
「土下座」
「土下座か?」
「平謝りします」
「伊織くんは?」
「浮気はしませんけど・・・そうだな。俺は隠さずにすぐに土下座かな?」
「しーちゃんがそんなの見たら、すぐに『いいよ、僕は赦します』って言いそうだな」
「あー、わかります。しーちゃんは優しいですよね。圭介さんは『チビ軍曹が厳しすぎる』と言うけど、何だかんだで圭介さんの事を甘やかしてるんですよね」
「輝也、お前が言うな」
「すみません」
「圭介くんを甘やかしているのは山下くんとしーちゃんと輝也だからな」
いや、三木店長もかなり甘いですよ。
「はあっ」
俺は溜息を吐いた。俺の悩みは全く解決に向かいそうにないが、もうすぐ《天つ空》に到着します。
福原輝也
日高千湖
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圭介さん、ダメじゃないの~~~
ここで輝君を行かしたりしちゃ!
なんで「誤解だよ」ってちゃんと説明しないの!
何を変なとこで意地張ってんだか(`ε´)
輝君、大丈夫かな。
ラブラブカップルに嵐の予感?
他のカップルだったらスレ違うところに
ドキドキしちゃうのに、
このカップルはなんだか安心して
読んでられる(^3^)/
でも圭ちゃん、ちゃんと言い訳してあげてー!
ちょっと腰が痛くてwwwゴロゴロしておりまして、申し訳ございません!!
> あわわわ・・・Σ(゚Д゚;o)
> 圭介さん、ダメじゃないの~~~
> ここで輝君を行かしたりしちゃ!
> なんで「誤解だよ」ってちゃんと説明しないの!
> 何を変なとこで意地張ってんだか(`ε´)
圭介は今のところ、重大事とは思ってないですねwwwこれくらいなによ?って感じです。
> 輝君、大丈夫かな。
> ラブラブカップルに嵐の予感?
テルちゃん、大丈夫ですかねえ?オマケにはちょっと深刻な感じですが。←三木店長には相手にされてないけどwww
嵐は吹くかな~どうでしょう?というところでーす(笑)
コメントありがとうございました!
初めまして、でしたでしょうか?
レスが遅くなりまして大変申し訳ございません!!いつも楽しみにしてくださってありがとうございます♪嬉しいです♪
> 他のカップルだったらスレ違うところに
> ドキドキしちゃうのに、
> このカップルはなんだか安心して
> 読んでられる(^3^)/
>
> でも圭ちゃん、ちゃんと言い訳してあげてー!
すれ違ってますね(笑)しかし圭介的には「なに怒ってんの?変なテル」くらいの感じです。
まあ、安心して頂けてるなら少々バトルのもいいかもですね!←違う
圭ちゃんは言い訳はしないですからね、輝也はどうするかな?
飛び飛びでの更新で読み難いとは思いますが、次をお待ちくださいませね!コメントありがとうございました!
初めまして!コメントありがとうございます!!
輝也と圭介のカプがお好きなんですね!ありがとうございます♪
ラブラブな二人はどこに行っちゃったんでしょうねえ?圭ちゃん的には、テルが怒ってる意味わかんなーいって所ですね。
ラブラブまで少々お待ちを!!
初めてのコメントでしたのにレスが遅れてしまって申し訳ございませんでした!!
またお気軽にお立ち寄りくださいませ!拍手&コメントありがとうございました!
いつも応援してくださってありがとうございます。「楽しみにしています」の一言が励みになります~♪
拍手&コメントありがとうございました!