大見可野児さんはざっくばらんな性格で、僕の方が2つ年下だとか気にならないようだ。年下から呼び捨てにされても何ともないようで、もう何年も前から友人であるかのような気安さで接してくれる。
そういう点は《ピタゴラス》のヒカルにも共通していると思う。『友だち』と呼べる存在がいなかった僕の隙間を埋めるかのように、ヒカルはごく自然に接してくれたっけ。
可野児はお酒が大好きだという。家永さんや廉慈さんほどではないが、かなり飲める方だと思う。そして酔うとますます陽気になる。
ヒカルは酔うと甘えて寄り掛かったりしていたが、可野児はそうではない。何とか自力で歩こうとする。まあ、そこが危なっかしくて可愛いんだけど。
居酒屋ではビールやハイボールを飲んで酔った彼は、いつの間にか家永さんを『紀ちゃん』と呼んでいた。敦子さんとも気が合いそうだな。
可野児の明るい雰囲気に呑まれて、調子良く飲んでいた僕も顔が火照って仕方ない。お店の人から冷たいおしぼりをもらって頬を冷やしていると、家永さんが心配そうに聞いた。
「航、大丈夫か?飲み過ぎてない?」
「ああ、うん」
「あーっ、ラブラブ!」
「違うよ」
否定したが可野児は聞こえていないふりをする。
「あーっ、飲んだ、飲んだ。ところで廉慈お坊っちゃんはそろそろご帰宅あそばした方がよろしくないですか?」
可野児は「おほほほっ」とお上品ぶって笑った。
「ガキじゃあるまいし」
廉慈さんはそう言うけれど、そろそろ電車もなくなる。
「それはそうと、お前は電車で帰るのか?」
「おう!」
可野児は元気良く手を上げた。漸く時間が気になったのか、可野児はバッグの中に手を入れて「スマホ、スマホ」と捜し始めた。「ない、ない」と言いながらバッグの中をさぐる。それを見た廉慈さんと家永さんは顔を見合わせた。
「危ないな」
「危ない、危ない」
「タクシーに乗せよう」と家永さんが言うと、可野児は慌ててそれを拒否した。
「やだ!タクシー代が勿体無いから電車で帰る」
「じゃあ、俺が送るよ」
廉慈さんがそう言ったが、可野児は首を横に振った。そして真面目な顔で廉慈さんを指差して言った。
「廉ちゃんは家に帰って。今日中に」
「お前な」
トロンとした目。身体は時々、大きく揺れる。それに家永さんが「そうだ、そうだ。帰れ!今夜は説教地獄だ」と囃し立てる。廉慈さんは面白くなさそうに、「今夜、俺が家出したら、あんたらの所為だからな?」と睨みつけた。
「あっ、じゃあ・・・うちに泊まる?僕の部屋ならここから近いし」
それを聞いた可野児は、「はーい!」と手を上げて居酒屋中に響き渡るような声で言った。
「2人の愛の巣にお泊まりする!」
僕は慌てて「シーッ!」と言い、隣に座っていた廉慈さんは可野児の口を手で押さえた。
「んがっ」
「お前、煩い」
まるでデジャブだ。
「愛の巣じゃないよ。僕が借りてる部屋」
と、小声で注意したが可野児のテンションはまだまだ高いままだった。
「何でもいい!泊まる~!やったーっ!」
バンザイする可野児に苦笑して、家永さんが「若が背負っていけよ」と言って伝票を取り立ち上がった。
居酒屋から僕の部屋まで歩いて5分くらいの距離を、左右に大きく振れながら4人で歩いた。廉慈さんは「昨日もこうだったろうが」と小言を言ったが、可野児は「何のこと?忘れた~!」と全く気にもしていなかった。
マンションに着くまで可野児のテンションは全く下がらなかったが、エレベーターに乗る頃には疲れたのか電池が切れたロボットのように大人しくなった。
眠そうな瞼は閉じたり開いたりを繰り返し、廉慈さんと家永さんに支えられて部屋に入った可野児は、服を着たままベッドに倒れ込んでしまった。
「おや、すみ」
「可野児っ!ポンチョくらい脱げよ!」
「・・・んっ、はいっ」
返事はするが身体は動かない。廉慈さんと僕で協力してポンチョのボタンを外して脱がせ、廉慈さんと家永さんが2人で身体を浮かせて布団の中に寝せたが、それが終わった時は3人の額には汗が滲んでいた。
「もう。毎回、これなんだから」
廉慈さんが呆れたように言った。
「楽しい酒だからいいじゃないか?絡み酒でもないし、泣くわけでもないし」
「毎回だぞ?なあ?航くん」
「毎回、と言われても僕は昨日が初めてだから。でも、昨日もこんな感じだった」
「可野児が楽しいなら良いんだけどね」
廉慈さんは呆れたような口調だったけど、嫌だとは思っていないようだ。
「迷惑と言うほどの迷惑じゃないからな。家出する坊っちゃんよりはマシだ」
何かと『家出』と言われて、廉慈さんも辟易しているようだったが、これから彼は商店街の人たちから事あるごとに『家出』のキーワードでからかわれ続けるだろう。
「もう、家出の話は勘弁してくれ」
廉慈さんは可野児の頭に乗ったままだったベレー帽をそっと外した。優しく頭を撫で、キスでもしてしまいそうな優しい表情を浮かべる。なんか、良い感じだ。
昨日、僕が帰った後でどんな話しをしたのかを聞きそびれてしまったな。
「俺と可野児、共同で着物のリサイクル会社を設立しようと思ってるんだ」
「えっ?」
「俺は『蘭雅』の傍らやる事になる。可野児が住んでいる家はもうじき明け渡さなければならないんだ。可野児は親とか親戚とかあてには出来ないし、今の店は閉めて店ごとこっちに引っ越したいそうだ」
「そうなんだ!」
「明日から物件を探す」
「商店街にも空き店舗がいくつかあったよな?ほら、『蘭雅』の2軒先」
商店街には後継者がいなかったり、売り上げが落ちてやむなく閉店した店舗が数軒ある。「テナント募集」の貼り紙が貼られているシャッターの前を通ると、寂しい気分になるのだ。そこに『可野児スタジオ』が入れば商店街も活気付くだろう。
「去年までプラモデル屋があった所だろ?あそこは何の店が入っても流行らないからダメだ。その前は古着屋、雑貨店、と続けて経営難で閉店してるから縁起が悪い」
「若って、意外とそういうの気にするよな」
「ジジ臭いんだろ?悪かったね。それにうちの近くは家賃が高いから、駅から少し離れた方がいいかもね。航くん、可野児にはマジで友だちがいないからさ、遊んでやってよ」
「はい」
「それから・・・色々とありがとう」
廉慈さんは真面目な顔で僕に向き直ってお礼を言った。
「若」
家永さんが廉慈さんの肩を叩き腕組みした。
「はい?」
「それ、航にだけ言ってるよな?」
「おう」
「俺には?」
「ああ、ありがとう」
おざなりな言い方。家永さんは鼻に皺を寄せてみせた。
「何だよ?その、『ついで』、みたいな言い方」
家永さんが不満そうに言うが、廉慈さんは相手にしていない。廉慈さんは身体ごと僕の方を向いた。
「あははっ。航くんには迷惑を掛けたね」
「僕が勝手にやったんですよ?」
「まあ、そうだけどさ。航くんがお節介焼きだとは知らなかったよ」
「若!俺は?」
「まあ、ありがとさん」
照れ臭そうな廉慈さんはすっかりいつもの『蘭雅』の「若」の顔になっていた。僕のお節介も、廉慈さんには必要だったのかもしれない。
「『蘭雅』とは関係なく、店は共同経営にするつもりだ」
「だが社長たちは良い顔しないんじゃないか?」
「あっちも手を抜かないから大丈夫だ。可野児が着物の洗い張りやしみ抜きをもう一度学びたい、と言うからね。『蘭雅』の仕事を回してる職人さんの所に弟子入りさせてもらえないか、明日お願いしに行くつもりなんだ」
廉慈さんは『蘭雅』から離れる事は出来ない。だけど可野児の仕事を支えていきたいんだと思う。
廉慈さんは「今日中に家に帰らないと説教が3倍になる」、と言って帰宅した。
押入れに入れていた炬燵布団を引っ張り出して床に敷き、毛布を掛けて家永さんと僕はそこに横になった。家永さんには「帰っていいですよ」と言ったが、「俺以外の男と2人で泊まるのは納得がいかない」、と言うので仕方がない。そうか、可野児も一応男だしね。
「背中、痛くない?」
「痛くないよ」
「無理しなくてもいいのに」
「無理はしてない。航が心配だから」
「また過保護、って言われるよ?」
「過保護でいいんだよ。それくらいでちょうどいいって事に気が付いたから」
そう言いながら家永さんの腕が僕の肩を抱いた。
「そう?」
「今回は色々と俺を出し抜いてくれたからね」
「出し抜いて、って」
「まあ、航が自分で考えた上での行動だからな。心配はしてないんだけど」
「嘘」
絶対に心配してたくせに。
「嘘」
「あははっ」
2人で笑うと、可野児が寝返りを打った。
「んっ・・・うーっ」
「シーッ」
「シーッ」
「ふふふっ。お泊まり会みたいで楽しいね」
「別に」
「そうかな?僕は楽しいよ」
「うん。なあ、若は可野児ちゃんの事が好きなのか?」
さすがに勘が良いね、家永さん。
「さあ」
「2人で起業するって言っていたな」
「うん。頑張ってほしいよね」
「ああ。まあ、そうなんだけど・・・」
「どうしたの?」
「いや・・・。若は人付き合いが良くて、初対面の人でもすぐに仲良くなれるんだよね。だが深く付き合おうとはしないんだ。誰に対しても広く浅く、だ。愛想も良いし朗らかで、誰からも好かれる。それってさ、若が作っていた『イメージ』だったのかな、と思ったんだ。本当の福富廉慈は、そういう人ではないのかもしれない」
「・・・うん」
無理をしていたのだと思う。出来上がってしまった自分の「イメージ」から外れないようにしていたんだ。
「後継者がいなくて店を畳む所もある中で、誰もが理想にしていた『若』だったんだが。それが嫌になったのかな?」
「・・・うん。そうかも」
そうだよね。老舗の和菓子屋、布団屋、靴屋、洋品店、と100軒近い店が並んでいるのに「若」と呼ばれている後継者は彼だけなのだ。
「明日から荒れるぞ?」
『蘭雅』の社長夫妻は何も知らないからな。
「うん!」
「航、楽しそうじゃないか?」
「そうじゃなくて」
「何だ?」
「何と言うのかな?そういう『時』だったんじゃないかな、と思ったんだよ」
「時?」
「うん。廉慈さんは『若』と呼ばれたくなかったんだって」
「だから、か?」
やっと僕が『若』から『廉慈さん』に言い替えている理由がわかった家永さんは、「はあっ」と大袈裟に溜息を吐いた。
「そう。廉慈さんはやっと『若』の殻を脱いだんじゃないの?」
「そうだな」
「家永さんもそうだったでしょう?」
「まあね。家出はしてないけどね」
「もう家出は言わないであげてよ」
「いや、俺は言い続けるぞ」
「家出人」とからかわれてムスッとする廉慈さんがいて、その隣にはちょっと中性的な不思議系の可野児がいて、『ひいらぎ』で2人はまかないを食べるのかな?
「あははっ」
僕が声を殺して笑うと、家永さんも同じような想像をしたのか「あははっ」、と笑った。
「そうだ!明日、納入先の保育園を回る事になったんだ。玩具メーカーさんから電話があって、収納用の棚や子どもが片付け易い玩具入れとかロッカーもお勧めしたいそうなんだ」
「明日も忙しいね」
「ああ。ギャラリーは航に任せるから」
「はい」
「ついでに不動産屋も紹介してやれよ」
「ここに住んでもらっても良いんだけど」
「弟くんが煩いだろ?」
「しばらくなら大丈夫だよ」
「それもいいな」
「うん」
可野児がこの商店街の仲間入りをすると思うと、興奮してなかなか寝付けなくなった。
*****
サボリ魔の日高ですwwwすみません、腰が痛くてサボリました。次の言い訳は考え中ですwww←腰痛は嘘じゃない
次回、最終回となります。ダラダラと続けてすみませんでした。
日高千湖
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