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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

菜虫化蝶・29【最終回】~『Love me do』番外編

 家永さんは早めに起き、先にマンションに戻った。僕は可野児と一緒に食べようと思って、朝食の準備をしている。

ここには廉慈さんが一週間はいるだろうと思っていたので、食材を少しだけ持ってきていたのだ。キッチンの音で目覚めたのか、可野児が起き上がった。

「おはよう、航」

可野児は「うーん」と大きく伸びをした。『航』と呼ばれて、ドキリとする。

「起きたの?」

「うん」

可野児はベッドに座ってボーッとしている。大きなあくびをし、「うーん」と手を上に伸ばした。

「大丈夫?」

ポスッと腕を下ろして目を擦る仕草が可愛らしい。

「うん」

「あの、可野児」

僕はドキドキしながら『可野児』と呼んだ。昨日の事は酔った勢いで「呼び捨てにされたくない」と言われたらどうしよう、と思ったからだ。

「なーに?」

可野児がニコリとしたので、ホッとして僕も笑みを返した。

「なんでもない」

「航は仕事だろ?」

「うん。可野児は?」

「うちは定休日だよ」

「そうか」

「でも店を片付けないと。それに早めに閉店のお知らせを出さないとね」

「お店を閉めるんだってね。昨日、廉慈さんから聞いたよ」

「うん。家は5月を目処に出てくれ、って言われてるんだ。あと一ヶ月ちょいだ」

深い事情はわからないけれど、ご両親と一緒に暮らせないのは子どもにとって悲しい事だ。彼を引き取って育ててくれたおじいさんたちとの想い出が詰まった家を出て行かなければならなくなって、可野児は憤りを感じているんじゃないかと思う。でも、彼はそれを口にはしない。諦めているんだ。

「色々大変だね」

可野児は「まあ、何とかなる」と言って、ニカッと笑った。深刻な問題なんだけど、可野児は前向きだ。そうなれる理由は廉慈さんの存在だと思う。

「どっちにしろ、じいちゃんが亡くなった時から相続がどうの、家はどうするって話しが出ていたしね。葬式の時にはいずれ家は処分するからと言われていたんだ。でも店の移転までは考えてなくてさ」

可野児は店の近くにアパートを借りて、『可野児スタジオ』の営業を続けようと思っていたそうだ。

「廉ちゃんが一緒に仕事をしようと言ってくれたんだ。マジで嬉しかった。どうせ店は賃貸だし、『ひいらぎ』に行った時に見た商店街の雰囲気も気に入ったし。思い切って移転も有りだと思ったんだよね。どう思う?航」

「僕は大歓迎だよ」

「うん。航もいるしね!今の店にも家にも愛着があるんだよね。移転費用を考えたら頭が痛いよ」

「そうか」

山崎さんの金物屋さんを改装して『ギャラリーひいらぎ』を開業した時は、資金繰りも大変だった。商工会から借り入れが出来たから良かったけど。

「でも、大丈夫。何とかなるよ。じいちゃんたちが使っていた家具は僕がもらうんだ。ちゃぶ台とか、階段箪笥とか、建具も持っていっていいと言われたから、新しい店で使えそうな物は取り外す」

可野児はすでに前を向いていて、新天地での夢を描いている。

「そうだ。『ひいらぎ』の3階は建築士の人が事務所を開いてるんだ。家永さんの友人だから相談に乗ってくれると思うよ」

「そう?安くしてくれるかな?」

「大工さんも良い人を紹介してくれるよ」

「うん。紀ちゃんに頼んでもらおう」

「それがいいよ」

可野児はガーッと音を立てて駅に入ってきた電車に気付き、「近いんだね」と興味深そうにカーテンを開けた。

「うん。音はそれ程気にならないでしょ?」

「気にならない。二重窓なんだ」

珍しそうに窓を開けて、閉めて、「家賃はいくら?」とか「便利そうだね」とか聞かれた。日当たりも悪くないし、家賃も思ったより高くないこの部屋を気に入ったのか、可野児は「ここって空き物件はあるのかな?」と聞いた。

「僕にはわからないよ。でも3月だから出入りは多いと思うよ」

「そうだね。今日、時間あるの?」

「うん。お昼休みと仕事が終わってからなら大丈夫だよ」

「不動産屋さん、紹介してくれるんだろ?昨日、廉ちゃんが言ってた」

「いいよ」

「昼飯は『ひいらぎ』で食うからな?」

漸くベッドから降りた可野児はもう一度大きく伸びをした。

「もちろん!ついでに、僕が作った朝ご飯も食べてね」

「泊めてもらって朝食付き?ありがたい」

「味は保証しないけど」

「大丈夫。僕、味オンチだから」

「うん」

長持ちするから、という理由で母が持たせてくれたジャガイモと冷凍庫に入っていた刻みネギだけの味噌汁と目玉焼きと、廉慈さんの為に買ってきていた食パン。それだけだったけど、楽しい朝食だった。


 可野児は「着替えに戻るのは面倒だから」と言って、僕が置いていたシャツを着た。無難な白シャツに可野児のワイドパンツと合わせて着ると、不思議な事にユニセックスなシャツに見える。

「サイズもちょうど良いね」

「うん。航が要らないならもらう」

「いいけど、安物だよ?」

チャンと目が覚めてからも呼び方が『航くん』から『航』になっていて、背中がゾクゾクした。

「気にしない。このワイドパンツもイチキュッパだよ」

「えっ・・・そうなの?」

「うん。女物だし、ウエストはゴムなんだ。アウトレットで安く買ったの」

「へえ」

「ベレー帽は古着屋で買ったし、ポンチョは長野さんが作った試作品を安くしてもらったんだ。でも、これを見て欲しいって言う人がいて、これまでに10着くらい販売したよ」

「うん。ポンチョ、素敵だよ」

「航も一枚どう?」

「もしかして今、営業してる?」

「うん。金が要るから」

「あははっ」

「あははっ」

物怖じしない性格が羨ましい。でも、可野児といると自分もそういう明るい人柄になれている気がしてしまう。


 朝食後、一緒にマンションを出た。可野児は早速、松前さんの事務所に行って話しを聞きたいと言った。『ひいらぎ』でモーニングコーヒーを飲んで、松前さんが出勤してくるのを待つつもりだ。

「ねえ、耳の傷」

僕の左側を歩いていた可野児が左耳を指した。湊がピアスを引き千切った時に出来た傷だ。

いつも髪で耳が隠れるくらいの長さにカットしてもらう。でも髪が長いわけではないから風で髪が動くと傷が見えてしまうのだ。

「ああ、これ。弟と喧嘩して」

「へえ、弟いるんだ」

「うん」

「なかなか凶暴な弟くんだね」

「今は大人しいよ。自慢の弟なんだ」

「航に似てる?」

「うーん。似てるという人もいるね。イケメンだよ」

「自分の弟をイケメンと言えちゃうなんて、ブラコン?」

「・・・そうかも」

「羨ましいかも」

可野児は僕の髪をかき上げた。

「父にも母にも新しい家庭で子どもが生まれたから、僕にも兄弟がいるんだよ。会った事はないけどね。これ、気にしてるの?」

可野児の柔らかな指先が僕の左の耳朶を摘んだ。ピアスを引き千切られた時の痛みを思い出して、僕はビクッとしてしまう。可野児はそれに気が付いても指を離す事はなくプニプニと揉む。

「目立たないよ?」

「弟が見たら気に病むかな、と思って」

「隠す方が気になるかな」

「そう?」

「うん」

「そうか」

「これくらいの傷、誰にだってあるよ。気にしなくてもいいんじゃないのかな?」

「・・・うん。ありがとう」

今度髪を切る時は、思い切って耳を出してみようかな?春だしね。

「ほら、あそこの公園で桜祭りがあるんだよ」

「咲いてるの?」

「どうかな?家永さんが見に行った時は、小さいのが咲いてたって言ってたけど」

急に寒くなれば開花が遅れるけど、今日の気温なら少しは期待出来るかも。

 可野児は公園に向かって走って行った。突然走り出されて驚いた僕は、「待って!」と後から追い掛けた。

「この公園、狭いけど花がたくさんあっていいね!」

「そうなんだ」

「あーっ!菜の花!」

公園の隅に植えられている菜の花も、これから咲こうとしているチューリップやクロッカスも青年部や商店街の女性たちが丹精込めて育てている。

日当たりの良い所に植えられた菜の花は満開ではないけれど、可憐な黄色い花を付けていた。家永さんが言ったように、桜の蕾も膨らんで小さな花が1、2輪綻んでいた。

「こっち!早く!蝶々いるよ!」

菜の花の前に走っていった可野児が手招きしている。風に揺れる黄色い花の間をモンシロチョウが飛んでいた。

「もう蝶々が飛ぶ季節なんだね」

「うん」

「じいちゃんが残してくれた家を追い出されて、本当は悔しいんだ。僕を放り出したんだから、家くらいくれっての」

可野児がポツリと言った。

「そうだよね・・・悔しいよね」

僕が同意すると、可野児はしゃがみ込んでモンシロチョウのはばたく姿をジッと観察し始めた。

「まあ、前向きに」

「うん」

「廉ちゃんは今日から親を説得するってよ。廉ちゃんね、『蘭雅』の若として着物のリサイクル会社をやろうとしてたんだ。でも、今回はただの『福富廉慈』として『蘭雅』とは切り離して考えてもらうそうだよ。貯金を全部吐き出すってさ。僕も親や伯母さんたちがビックリするくらい店を大きくして、バリバリ稼いでやる」

「うん」

小さな白いモンシロチョウのはばたきは、可野児を未来へと押し出す。

「この蝶も、ついこの前まで隠れて葉を食べる青虫だったんだ。さなぎになってしがみ付いて、やっと蝶になれたんだよね」

長い冬を越して羽化したモンシロチョウが、花から花へと飛び回る姿はまるで春の使者のようだった。

「うん。前向き、前向き。何とかなる」

「うん、前向き」

モンシロチョウに向かってそっと伸ばされた指先。モンシロチョウはそれを恐れる事もなく、可野児の指を掠めるようにして飛び去って行く。

「忙しくなるな」

パンと膝を叩いて立ち上がった可野児は思い切ったように、「ウオーッ!」と天高く腕を突き上げた。

「よーしっ!僕も蝶になるぞ!」

「ははっ」

「航も一緒に蝶になろう?」

「僕はいいよ!」

「ダーメ!行くよ!」

可野児は僕の腕を掴んでズンズン歩き始めた。ポンチョの裾がはためき、ワイドパンツがしなやか揺れる。それはモンシロチョウのはばたきのようだった。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ♪

航くんにもお友だちが出来ました(笑)長々と続けてすみませんっwww今、何月だい?って話しだ。

航くん目線なのでわかり難いかと思ったんですが、彼、成長したと思いませんか?人と関わるのは苦手だったはずの彼が、今回は若にも可野児にもグイグイ行きました(笑)結局、人間って人と関わりたいんですよね。人と関わる事でキズ付き、人と関わる事で成長する。そういう部分が欠落していた彼なので、今回は頑張って動いてもらいました。

長い冬から春を迎えたのは可野児さんだけでなく、航くんであり、若でもあります。今の若があるのは『蘭雅』があるからで、これからの彼を作るのも『蘭雅』という母体がなければならないのでしょうね。

「菜虫化蝶」は『啓蟄』の最後の5日間をさします。『啓蟄』は「冬籠りの虫が這い出る」(広辞苑)という意味ですが、その最後の5日間が「菜虫化蝶」となります。3月下旬となりますから、さすがに春を実感できる気温に変わりますね。

冬を越した青虫が蝶になり次の世代へと命を繋ぐ。青虫の時はどちらかというと美しいとは言えない(翡翠のような色は綺麗ですけど)けれど、さなぎの殻を破って可憐にはばたく様子は春の使者と呼ぶに相応しいですね。
菜虫化蝶には簡単に説明と写真を載せておりますので、忘れちゃったよ、という方はどうぞ♪

ちなみに「大見可野児」は、明るくてケ・セラ・セラな人として航の目には映っていますが、日高の中では意外とダークな部分もある人です。ほら、綺麗な航くんの傷をわざわざ指摘してますよね(笑)

   日高千湖

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コメント
いいところで・・・(^ ^;)
日高様~~~きゅうきゅううっっ

若とかのこはこれからどうなるんでしょう。
2人とも実は両思いなのに、進展してませんね。
若もプチ家出を経てなんとか気持ちに区切りをつけたみたいだけど、
かのこと人生歩むとなると、またお家騒動で大変なことになりそう・・・

かのこも、単に明るいだけの人じゃなさそうだし。
まだまだひと波乱あるのかな?
それはまた別の機会に、ということ?

次は文ちゃんのターンかな~
楽しみにしてます♪
2018/06/17(日) 01:22 | URL | にゃあ #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/06/17(日) 13:16 | | #[ 編集]
Re:にゃあさま~いらっしゃいませ♪
にゃあさま~きゅうきゅきゅっ♪

> 若とかのこはこれからどうなるんでしょう。
> 2人とも実は両思いなのに、進展してませんね。
> 若もプチ家出を経てなんとか気持ちに区切りをつけたみたいだけど、
> かのこと人生歩むとなると、またお家騒動で大変なことになりそう・・・

若と可野児ちゃんですか?どうなるんでしょうねえ?需要があれば書いてみたいですけど・・・。
若には家出は必要だったんでしょうね。グチャグチャ言ってるだけでは伝わらないので。

> かのこも、単に明るいだけの人じゃなさそうだし。
> まだまだひと波乱あるのかな?
> それはまた別の機会に、ということ?

可野児ちゃんは単に明るいだけではないです。複雑な思いを持ってますからね、彼も。
別の機会か・・・来るかな?

> 次は文ちゃんのターンかな~
> 楽しみにしてます♪

文ちゃんはもう少し先ですかね。でも話は2月から始まってるんですよね(笑)まあ、いいか。

頑張ります~♪コメントありがとうございました!
2018/06/17(日) 23:10 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
Re: 鍵コメ・Aさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメ・Aさま、いらっしゃいませ♪

長々とお付き合いくださいましてありがとうございました!

お友達できたよ~って感じで、お喜びください。可野児ちゃんは単に明るいキャラではないです。複雑な思いを持っておりますから。家永さんにはちょっかい出さないと思いますよ(笑)

今回はエロい方向には流れずに終わりましたwww航くんも「若」の事で頭が一杯のようでしたので。そのうち、書ければとは思いますが、当分先の事となります。すみません。

暑くなってまいりましたね。梅雨明けはまだまだ先です。ご自愛くださいませね。

コメントありがとうございました!
2018/06/17(日) 23:17 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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