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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

青い朝・29~『待つ夜ながらの有明の月』番外編

 翌日は山下くんと約束したとおりに本社に出社した。

何が面倒って、スーツだよな。《有明の月》と《SUZAKU》だけならカジュアルな服装で良いが、本社だとスーツ着用となる。山下くんがいない時に来客があれば、俺が代わって応対する事になるからだ。

昨日のように《イゾルデ》にヘルプに入るとなるとスーツに着替えなければならないし。どっちにしろ、スーツ万能、と理解するしかない。

「おはよう」

「おはよう。あれ?今日はスーツなの?」

「うん。必要な時に着替えるのも面倒だしね」

「それはそうだね」

山下くんは納得したのか、頷きながら俺にいくつか書類を渡した。それをパラパラと捲りながら、今日も爽やかな笑顔の山下くんに聞いた。

「山下くんのご予定は?」

いつも地味な色合いのスーツとネクタイの山下くんだが、今日のネクタイはオレンジ色だ。こういう時の彼は、ちょっと気合が入っているのだ。

山下くんは俺と自分の分のコーヒーをカップに注いでから自分の席に着いた。

「ありがと」

「俺は午前中は取引農家さんを何軒か回るよ。猪俣くんのリクエストなんだ」

「ふうん。猪俣には昨日も会ったけど、何も言ってなかったよ」

「そう?」

山下くんは《325》で6月から7月上旬に掛けて行われる、「夏野菜フェア」と書かれた資料をくれた。

「栽培数が少なくて市場には出回らない夏野菜を中心にメニューを考えてある。出荷数が少ないからね、うちで抑えられるかわからないが直接行って交渉してみるよ」

確かにスーパーマーケットではお目に掛かれないような名前や、聞いた事もない野菜の名前が並ぶ。珍しい野菜や日本で栽培され始めたばかりの野菜は、農家さんと直接契約して作ってもらうのが一番だ。

「わかりました」

他人事のように言ったが、少しばかり申し訳なく思う。

「午後から『滝山産業』に回るからね」

「《サラダボックス》は早めに分離して黒川に任せた方がいいよ」

「俺もそう思う」

山下くんは仕事をいくつか「お願いね」と言って出て行った。

 その後は『滝山不動産』に顔を出し、《銀香》に行って、《シェーナ》、《花宴》を回った。工事中の《BlauGarten》を覗き、写真を何枚か撮って山下くんに送信する。

ひっそりとした森の中に佇む洋館のような造りは山下くん好みだ。ついでに同じものを輝也に送信すると、『18時には戻ります』と返信が来た。

「よーし」

もう一頑張りしますか。


 昼食は《銀香》の服部くんが準備してくれたサンドウィッチを食べ、コーヒーの替わりにコーンスープをもらった。

《銀香》には元々ランチはなかったが、服部くんはベーグルサンドやサンドウィッチといった軽食をメニューに加えている。俺は午後2時を過ぎてから《銀香》に寄ったが、2人の男性がパソコンをいじっていた。

「ここに《サラダボックス》もってくればいいのに」

「俺はお払い箱ですか?」

「そうじゃないけど。ここ、喫茶店みたいな使われ方をしてるからさ。《サラダボックス・B》でもいいんじゃないかな?」

「まあ、確かに」

「服部くんの仕事がなくなるわけじゃないからさ、安心してよ」

「そうですか?」

「ただ信吾さんが残すと言うかもね」

「俺も愛着があります」

「そうか。ここのドアのカウベルの音、懐かしいね」

「ええ。駅前通りの《銀香》を知る方は、皆さんそう言われますよ」

服部くんは駅前通りに《銀香》があった頃にアルバイトをしていた。あの頃彼は、まだ大学生だったな。確か、服部くんの後に章太郎がアルバイトを始めた。

少しずつ変わっていく『S-five』。俺らはその中心に居て、小さな世界を動かしている。でもカウベルの音は変わらない。カランカランと懐かしい音で俺たちを見守っているのだ。


 山下くんは午後4時過ぎにやっと帰社して、代わりに俺が「さようなら」だ。

「もうすぐテルが帰って来るんだ」

「明日は《SUZAKU》しか開けられない、とか言わないでよ」と、山下くんが言った。

「わかんない。ベッドから出られないかも」

「這ってでも出勤してよ?」

「這ってでも、か。うん、大丈夫」

「飲み過ぎないでよ」

「胃がおかしいからカンタに飲ませてもらえないんだ」

「まだ痛むの?」

「痛いというか、時々おかしな感じ。昼のコーヒーは飲んでないよ」

山下くんは時計を見て「まだ開いてるから病院に行けば?」、と心配そうに勧めてくれた。

「大丈夫だよ。胃薬で十分」

「お大事にね」

「ありがとう」

山下くんは『滝山産業』本社ビルの脇で開店する《サラダボックス・B》の準備で忙しそうだった。


 俺が《SUZAKU》に出勤した時には、ベッドは運び出されていた。ベッドが置かれていた床だけが色が褪せていない。ベッドが置かれていた所の壁だけ、タバコのヤニで変色していない。

もう長いことここは俺の城だったんだけど。そろそろカンタに譲るべきだよな。

「おはようございまーす!」

「おはよう、カンタ」

「おーっ!ベッドがない」

カンタはベッドがあった場所を踏んで、「おおっ、広いぞ」と確認している。

「うん。俺も今来たんだけど、あれがないと寂しいな」

「そうですね。出勤して圭介さんを起こすのが日課だった時期もありましたからね」

「そうだったっけ?」

すっ呆けると、カンタは軽く俺を睨んだ。

「しらばっくれるな。テンちゃんは遅刻するし、圭介さんは起きないし!あの頃の俺はしょっちゅう圭介さんのマンションとテンちゃんのマンションと店を行ったり来たりして、迷惑掛けられっぱなしでしたよ?」

「あははっ」

「酸素カプセル、待ってますから」

「簡単に言うなよ」

「福利厚生」

「福利厚生、ね」

「ランニングマシーンとエアロバイクでもOKです」

「そんな物を置けば、使った後に『疲れたからマッサージ器が欲しい』とベニちゃんが言い出すじゃないか?」

「じゃ、酸素カプセルで」

一体いくらするんだよ。

「カンタ、お前、鬼?」

「ええ」

「そうか・・・。いつまでもここを空けておくと毎日言われそうだしな」

「あははっ。よろしく」

カンタは笑いながらロッカールームに消えた。

 カンタと同じ時期に入社したテンちゃんはすでに店長になって異動になり、河崎くんも独立して、後から入った黒川や章太郎、輝也や小鳥居やしーちゃんたちが昇格している。

カンタは「自分には《SUZAKU》は箱が大き過ぎる」と言ったが、カンタにはここを任せられるだけの度量も実力もある。

「なあ、カンタ!」

「はいっ!何ですか?」

ロッカールームから顔を出したカンタは、着ていたジャケットやシャツを脱ぎ上半身裸だった。

「お前がここの店長やってよ」

「えっ?この前の話しの延長戦ですか?」

「俺、不動産の方に専念してくれって言われてるんだ」

「圭介さん・・・この前の、マジなんですか?」

「ああ。小さな箱が空いたらって話しはなしで、カンタがここをやってよ」

手に持っていたシャツの袖に腕を通しながら、カンタは呆れたように言った。

「そういう重要な話しを、俺が着替えてる途中にしますかね?」

「ああ、ごめん。今度、山下くんからちゃんと話しをしてもらうから。ほら、内示欲しいだろ?」

「全く。うちの店長ときたら」

そういうカンタも一瞬消えたと思ったらジーンズを脱ぎ、仕事用の黒いズボンに穿き替えている。

「ごめん」

「ごめんで済むなら警察は要らないって、薫ちゃんが言ってましたよ」

「ああ、うん。ほら、決心が付いたからさっさと言わないと。また、やーめた、となっちゃうだろ」

「そんな豆腐のような決心なんですか?」

「豆腐で悪かったな」

「いえ、まあ・・・考えさせてください。っていうか、圭介さんが考え直してくださいよ!」
 
俺の決心は豆腐並みだが、『S-five』は進化を止めないのだ。 

*****

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