待ち合わせはいつもの駅の中にあるコーヒーショップだ。ブラックコーヒーを注文し、カウンタースツールに座ったのは午後5時45分。
読みかけの本を取り出して読み始めたが、内容は全く頭に入ってこない。こんな時はミステリーなんか読むもんじゃない。
たった5分の長いこと。いや、1分すら長く感じる。
まだ50分か。一度部屋に戻って着替えても間に合ったかな。そんな事を考えながら改札から出てくる人たちの中に"彼"を見つけた。その場がパッと明るくなって、"彼"に気付いた人たちの視線が集まる。
そんな"彼"と待ち合わせている事を誇らしげに思いながら手を上げると、"彼"も手を上げて応えた。俺を見て、ニコッとして店に入ってくる。
笑顔の"彼"とすれ違ったおっさんが、ギョッとした顔で振り返る。「いらっしゃいませ!」と言った店員の目は、"彼"の顔に釘付けになる。
「もう着いていたんだね」
楽しみにしていたからね・・・。俺はそんな気持ちを押し殺して返事をした。
「ああ。定時で退社したんだ」
「1本早い電車だったんだね」
「そうだね。コーヒー、飲むかい?」
「いい。そのコーヒー、早く飲んじゃってよ」
"彼"は隣のスツールを引っ張り出して座った。コーヒーは邪魔者扱いだ。
「わかったよ」
「さっき母から電話があって」
「うん」
「伯父の所の営業さんが来たらしい」
「そうか」
「伯父の居場所を母が知るわけがないのにね。逃亡先を知らないか、聞かれたそうだよ」
「営業さんも必死だよ。給料が清算されていないんだ」
「そうなんだ!それは気の毒だね」
「うん」
同情したような事を言ったが、"彼"はそうは思っちゃいない。
「でも、何も出ないよ」
「わかってる。関係ない、だろ?」
「そうだ」
"彼"はスマホを取り出してメッセージを読み、何か返事を返している。目はスマホに向けたままで、俺に話しかけてくる。
「っていうか、ここから先は伯父の話しはなしで」
「ああ、もちろんだよ」
元々、その約束だったからな。
「楽しい事だけ」
「そうだね」
コーヒーを飲み干して、一緒に店を出た。
友人の弓川健太郎がやっている店は、《ハンモック》と言ってざっくばらんな居酒屋だ。弓川は「カフェ&バーだ」と言い張るが、海老チリに麻婆豆腐、ピザにおでん。メニューは何でもありの居酒屋、と皆が思っている。
住宅街にある店は、2階が弓川家の自宅になっている。
店先には名前の通り大人が寝られるくらいの大きさのハンモックが掛かっていて、誰が置き始めたのかわからないがUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみが溢れている。気に入ったぬいぐるみは持ち帰ってもいいルールだ。
酔った客が勢いで「彼女が出来た」と言ってクマのぬいぐるみを抱えて帰ったり、子どもへの土産に持ち帰る者もいる。不思議な事にぬいぐるみのメンバーは変わるが数が減る事はないから、邪魔になった誰かが置いていくのだろう。
"彼"はそれを見て嬉しそうに指差した。
「ハンモックがある。ぬいぐるみ、いっぱいだ」
「気に入ったのは持って行っていいシステムだよ」
「そうなの?」
「ああ」
ハンモックに近付いた"彼"は、ぬいぐるみの山の中から頭が出ていた火星人のぬいぐるみを引っ張り出した。
「これ!」
"彼"は1メートル程の背丈の火星人のぬいぐるみを自慢げに俺に見せた。
「そんなに大きなやつ?」
「可愛いよ」
"彼"は笑いながら火星人をトートバッグに入れた。バッグからコミカルな火星人の上半身が出ている。それを持つ"彼"の様子が幼く見えて、俺は思わず笑ってしまう。
「可愛いか?それ」
「可愛いよ」
俺に笑われたのが気に入らなかったのか、"彼"は口を尖らせて《ハンモック》の引き戸をガラガラと開けた。
「いらっしゃいませ!」
弓川の声が響いてきた。"彼"を見た弓川が、どんな反応をするか楽しみだ。
「うわっ」
何だよ、その第一声。カウンターにいた弓川が両手を上げて反り返った。
「永瀬、どこで攫ってきたんだ?この別嬪さん」
「攫ってねえよ」
"彼"は笑いながら俺たちのやり取りを聞いている。こういう雑多な感じも嫌いではないらしい。
「奥、いいんだろ?」
「どうぞ、どうぞ!」
客のいない店内を突っ切って、一番奥の席に座った。ここだけが個室のようになっていて、暖簾を下ろしてしまえば他は気にならなくなる。
向かい合って座った俺たちを見比べた弓川は、おしぼりを真ん中に置いた。"彼"にメニューを渡して「マジで美しい」と感嘆の声を上げる。
「おい、見るな。暖簾、下ろせ」
「嫌だよ!カウンターから別嬪さんを眺めたいじゃないか」
「ダメだ」
「いいじゃないか!これだけの美人を独り占めはずるいぞ」
「とにかくダメ。見世物じゃない」
「はあっ・・・。友だち甲斐のない男だ」
"彼"は口元を緩ませながらメニューを開いた。
「暖簾、開けてていいですよ」
「いや、ここの客はマスター同様、品がないから」
これから増えてくる客たちは、ジロジロと不躾なくらいの視線を寄越すに違いない。
「コラーッ!品がないとか言うんじゃないっ!」
弓川は腰に手を当て、俺を指差して大声で言った。
「ほらね?品がないだろう?」
"彼"は珍しく口を大きく開けて、あははっと声に出して笑った。
「オーナーからしてこんな感じだよ。流行の物はすぐに取り入れるんだ。このゴチャゴチャした店にラクレットチーズは全く似合わないだろう?」
"彼"は肉じゃがの横にピザと書かれているのを指差して笑っている。その横にはビビンバ、チキンカレーと続く。全く適当なラインナップだ。
「多国籍料理なんだ?」
「そうなんだよ!美人さんは理解力もある!」
「という事にしておいてくれ。実際、ごった煮が正解。闇鍋だよ、闇鍋」
「ちょっと待て、永瀬。お前、散々うちの悪口を言う割には、ラクレットやってるかってわざわざ聞いてきただろう?こんな美人が一緒なら、気取った黒服が『いらっしゃいませ』って言っちゃう高級レストランを予約すれば良かったじゃないか!」
弓川は高級レストランの気取った黒服の真似をして、胸の辺りに右手を添えてギクシャクと一礼してみせた。
「いいね!今夜はその感じでお願いしますよ、マスター」
「畏まりました。って、出来るか!」
「はははっ。わざわざ来てやったんだから、感謝しろ」
「ムカつくなあ!こいつ!」
弓川は右手でグーを作って俺の頭の上で止めた。
「閑古鳥が鳴いてるじゃないか?さっさとラクレット出せよ」
「はい、はい!」
弓川は俺には「ふんっ」と鼻を鳴らしたが、"彼"には「待っててね~!」と猫撫で声で言っている。弓川が行ったと同時に、俺は暖簾を下ろした。大きな達磨が墨で一筆書きされている渋い暖簾は、ムードもへったくれもない。
「ごめんね、こんな店で」
弓川に聞こえていたのか大声で、「こんな店で悪かったな!」と言い返してくる。
「楽しいね、ここ」
「ごった煮だけどね。客もみんなこんな感じ。ちょっと変わってる。でも入り易いし、長居しても文句も言われない。ゴチャゴチャなわりには飯は美味い」
「そうなんだ!」
「うん。でもその宇宙人を気に入って持って帰ろうとするあたり、君も変わってるよ」
「ふふっ」
バッグの中から上半身を出した宇宙人の頭を撫でた"彼"がいつもより幼く見えた。
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