「会いに行かないのか?」
背中に回っていた叶多の腕がまるで、離さないでとでも言うように締め付けてくる。恐怖に駆られたかのように渾身の力で抱き付いてくる。息苦しくなるくらいに叶多に抱き付かれ、俺はただ背中を擦ってやるくらいの事しか出来なかった。
何度も慰撫するように頭の先から背中まで撫でてやると、叶多は俺の肩に甘えたように頬を擦り付けている。
「誰に?」
甘えているようだったが、その声には剣がある。
「鎌倉の」
俺が発する「お父さん」という単語を聞きたくないのか、被さるように叶多は答えた。
「行かない」
「ちゃんとお別れした方がいいんじゃないのか?」
「どうして?」
叶多は口では「どうして?」と言いながらも、そうしてケジメを付けたいと思っているのだ。
「どうして僕があの人を見送らなければならないんだよ」
「葬儀を見届ければ"お父さん"の死を確認出来るじゃないか?」
『お父さん』と聞いた瞬間、叶多の呼吸が止まった。ピクリとも動かなくなって、こちらの方が苦しくなる。背中を撫でると、叶多はやっと息をした。
「かく、にん?」
「そうだよ。確認だ」
棺桶に入った"父"を確認して、そこから踏み出さなければならない。幼かった叶多の心を切り裂いたのは母と"父"。
叶多はまだ"父"から解放されてはいない。叶多と親子の幸せとを引き換えた、母からも解放されていない。
成長した叶多には興味を失い見向きもされなくなったが、叶多は"父"から開放されてはいないのだ。叶多は、幼子のままで"父"に支配され続けている。
それは叶多が"父"を待ってしまったからだ。
叶多の身体を根本から作り変えてしまった人を、叶多の若い欲望は待ってしまった。それが叶多の中で消化されずにズクズクとした疼きになって残ってしまったのだ。
"母の人"だった"父"を母公認ではあるが奪ってしまったという罪悪感と、"父"に「誰にも言ってはいけないよ」と言われて背徳感が生まれた。甘い疼きと最高の快楽を教えられて、叶多は"父"に支配されてしまっている。
それらに抗いながらどうする事も出来ずに、膝を抱えて宇宙人を殴っているのが本当の叶多なのだ。
「葬儀に参列しなくてもいい。遠くからでもいい。叶多の記憶にある人を送り出すんだよ」
「送り出す?」
「葬儀が嫌なら、火葬場でもいい。ご遺体が焼かれるのを確認したら、君が楽になるんじゃないのか?」
「楽になる、かな?」
楽にならなくても、現実が君を生かしてくれるさ。
「一緒に行こう」
「嫌だ」
「棺桶に入った偽善者にバカヤロウと言ってやれ」
「・・・バカヤロウ」
ポツリと言った叶多は、急に笑い出した。
「あはははっ」
仰け反って、俺の腕から離れていく。仰向けに転がって両腕で顔を覆って、叶多は笑い続けた。
「あははっ・・・はははっ」
「叶多」
「いいね、それ!あははっ」
本当の家族が執り行う葬儀に出掛けて行き、亡くなった"父"への最後の言葉を受け取らせればいい。
あれから叶多は、ずっと俺の部屋にいる。
『江原商店』社長の葬儀は、一人残った息子が執り行う事になった。ひっそりとした葬儀には数名の親族が顔を出しただけだったという。
江原社長の妻はいまだ行方不明だ。「サロン」と呼んでいた場所に隠れ住んでいるのか、それとも違う場所で命を絶ったのか。未だにわからない。
娘夫婦の行方もわからず、大学生の息子だけが残されたわけだが、疎遠になっていた同腹の叔父と母の違う叔父らは彼を守ってやる事もなく、放り出されてしまったようだ。それで仕方なくお人好しの下津浦社長が何くれとなく世話を焼き、明鷹が面倒を見ていると聞いた。
『江原商店』の従業員たちは息子から多少の退職金を奪って退社し、息子の手元には僅かな金しか残っていない。今後の事は白紙だ、と聞いた。
「ただいま」
帰宅すると、部屋には電気も点いていなかった。玄関の電気を点けると、叶多の靴がある。真っ暗なリビングにいるはずの叶多は返事もしない。
だが、暗闇からボスボスと音がする。
「叶多、ただいま」
電気を点けると、ソファーに座った叶多が暗い顔をしてウサギと宇宙人を攻撃している。
「ただいま!」
「うん」
叶多は一心不乱にウサギと宇宙人を殴っていた。
「殴るなよ」
「可愛くないから」
「叶多」
その手から宇宙人とウサギを取り上げると、叶多の拳はソファーにのめり込んだ。
「何かあった?」
叶多の拳を握り目を合わせる。素直な目をして、叶多が見返してくる。
「母から電話があった」
「それで?」
「お葬式」
「いつだ?」
「明日」
「何時?」
「11時」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「迷惑じゃないか?」
「終わったら一緒にランチでも食おう」
「・・・うん」
叶多は俺の手を握り返して聞いた。
「どうして僕に優しいの?」
「君を好きだから」
「好き」
「そう、好きだ」
「・・・僕を?」
「ああ。他のオトコに渡したくないな」
「そうか」
儚げな子どもだった叶多の瞳に輝きが戻ってきた。
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