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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

磯の鮑の片思い・5

 俺のハンガーラックに掛けられていたはずのスーツがない。

モニターを観ると、加本さんと純さんが新商品の説明をしている。

『加本さん、まずは触ってみてください。生地の良さはさすが「NMW」だ、と言って頂けると思います。そしてこの縫製の良さ。このお値段でこの品質は当社ならではです。「from.N」はお手頃なお値段で最高の品質を、を心掛けながら商品をお作りしております』

上品なワンピースは、新春のご挨拶やあらたまったお席にピッタリのデザインだ。紺色とベージュが中心にカウンターが回っている。落ち着いたバーガンディーが派手に見えるのか、数字が伸びていない。

ディレクターさんがバーガンディーを着たモデルさんに、もう一度ステージに出るように指示している。純さんはベージュのスヌードを手に取った。

『バーガンディーは一見派手に見えますが、大変落ち着いたお色目です。後程ご紹介致しますエコファーのスヌードと合わせて頂くと、大変上品ですね』

『まあ、素敵ですね』

純さんめ・・・。真面目腐って商品説明している顔を苦々しい思いで見つめながら、俺は唇を噛む。

やられた・・・。

そう言えば、毎年この時期になると「ハロウィンの衣装」を真剣に相談してくる純さんが、今年は何も言わなかった。未知久の予定も聞かれず、去年のように「4人で仮装して会員制のクラブに行こうよ」とも誘われなかった。

そうか・・・。

「真央ちゃん!まだか!?」

ディレクターさんの焦った声が飛んでくる。

「はいっ!」

俺が赤ずきんちゃんの衣装の前で戸惑っている間にも、番組は進行していく。

 今日の放送はおばあちゃんも観ている。

もちろん、老人ホームのお仲間も。老人ホームのホールにある大型テレビで「皆で観るわよ」、と言っていた。

赤ずきんちゃんの衣装を前に、頭を抱えた。可愛い孫が女装してテレビに出るなんて・・・。おばあちゃんの名誉の為にもこのままバックレるか?そう考え始めた時だ。着替えの為にモニターから純さんが消えた。

ステージをモデルさんがワンピースを着て歩いている。加本さんのネット注文を勧めるアナウンスが入ってきた。同時に奥に駆け込んできた純さんが、その場でジャケットを脱ぎ捨てた。

「真央ちゃん!何をしてんの!早く着替えなよ!」

純さんはさっさと着ていたシャツのボタンを外して脱ぎ始めた。汗拭きシートで首の汗を拭き、自分のラックに掛けられていた衣装を手に取る。

「純さん!あんまりですよ!」

「衣装、お揃いだよ」

「えっ?」

純さんのラックにも赤ずきんちゃんの衣装が準備されていたのだ。

「ほら!」

「俺はスーツを着ます!」

純さんは俺の抗議を無視して、「てっちゃん!手伝って!」と松沢くんを呼び、赤ずきんちゃんの赤いドレスに袖を通している。

松沢くんとADさんが駆けてきて、無理矢理俺のアンダーシャツを脱がせてしまった。

「うわっ」

「真央ちゃん、観念しなさいよ」

ADさんも、ディレクターさんも、加本さんも、もちろん純さんも中園社長も、みんなグルなんだ。


 松沢くんはニコニコしながら「どうぞ!」と赤ずきんちゃんの衣装を差し出した。

クソッ。新入社員にまで騙されていたなんて。俺のタクシーに乗り込んできた時に追い出せばよかった。

「チッ」

舌打ちして睨んでも、効果はない。それどころか、ADさんを手伝って俺に赤いワンピースを着せようとする。


もう、こうなったら、明日からニートになってやる。俺はもう街を歩けない。おばあちゃんの所にも行けないし、会社にも行けない。出社拒否だ!

セクハラだ!パワハラだ!訴えてやる!

俺はただお人形のようにADさんと松沢くんの成すがままに着替えさせられてしまう。

「はい、足を上げてください」

「・・・なんだよ?」

「これ、穿いてください」

「・・・何だよ?これ!」

スカートの下に穿く白いパニエだ。スカートがふわ~っと広がって、脚が綺麗に見えるやつ。これって未知久の好物だ。

「パニエですけど?」

「それくらいは知ってます」

「早く足を上げてくださいよ!純さんが待ってますよ」

「・・・クッソー!」

もうヤケクソだ。未知久のヤツめ!

あいつ、スーツを誂えてやるという名目で俺を『NMW』へ連れて行って、赤ずきんちゃんの衣装をオーダーする為の採寸を手伝ったな?

謀られた。


 純さんとお揃いの赤ずきんちゃんのワンピースは、さすが『NMW』の仕立てだ。生地は最高級品だし、サイズもぴったりだ。ミモレ丈の赤いワンピースに赤いマント。籐の籠にお花を入れて、ダブル赤ずきんちゃんの出来上がり。

「真央ちゃん、マジで赤が似合うね」

ステージの袖で待機している間に、軽く頬紅と口紅を塗られた。もう、メイクさんの成すがままだ。

「褒められたって、全く嬉しくないんですけど!」

純さんは「あははっ」と笑った。松沢くんが「2人とも似合います!似合いますよ!」と褒めたたえながら、スマホで写真を撮りまくっている。その姿に無性にイラッとして、俺は松沢くんの背中をバシッと叩いた。

「松沢くんは黙ってて!撮影禁止!」

BGMが変わった。照明が紫とオレンジに変わる。

「真央ちゃん!さあ、出るよ」

「帰りたい」

本音を呟いたが完全に無視された。

「同時にステージに出たら、真央ちゃんが先にセンターまで行ってね。俺が合流してからセンターステージでポーズを決める」

純さんは腰に手を当て、上半身を捻って右腰を前に突き出すようにして綺麗なポーズを決めてみせた。そして籠を持った手を口に持っていき、投げキッスだ。

「ほら、ほら!真央ちゃんもやってみて!」

それは無茶ぶり過ぎるだろ?ディレクターさんのキューサインが出ている。それでも俺は最後の抵抗を試みた。

「ポーズを決めるとか、俺、わかんないです!」

「大丈夫だよ。俺がやるとおりに、ねっ?」

そのままの姿勢で純さんは、バチッと音がしそうなウィンクを飛ばしてくる。思わずそれを両手で叩き落とし、覚悟を決めた。全国放送とはいえ、CS、BS放送だ。

この時間は多分、おそらく、なんとなく、日本国民の0.3%とか0.4%の人しか観ていないはず。多分。多分だけど!

*****

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