未知久はドラマの撮影とプロモーションで忙しい。京都と東京を行ったり来たりの生活だ。
ドラマ撮影にレコーディング。テレビ出演も多いし、今はライブの準備に入っていて、休みは週一あればいい方だった。
ドラマ撮影の為に未知久が新幹線で移動しているのを知ったファンが駅で待ち構えていて、毎回警備が大変らしい。と、純さんが教えてくれた。
「真央ちゃーん」
俺が帰り支度をしていると、純さんがニコニコしながら俺の手を両手で握った。こういう時の純さんは、何かお願いがあるのだ。その内容も、俺には何となく察しが付いている。
「はい」
「お願いがあるんだけど・・・」
やっぱり。
「はい?」
「今年もよろしくお願いします!」
純さんの手には"『MIT-3』のライブが決定"と報じるスポーツ新聞が握られていた。松沢くんは自分の机に座って何か書いている。だから彼には聞こえない程度の小声で・・・。
「ああ、わかりました。東京で良いんですよね?行きたい日を教えてくださいね」
「出来れば4日間、お願いします!」
純さんは「真央さま!」と手を合わせて俺を拝む。
「4日間も通うんですか?」
「はい、通いますけど。何か?」
完全に開き直ったな。そして、物凄い笑顔だ。
「社長と行くから2枚」
両手でVサインを作り、「お願いっ!」と繰り返す。
「その間にうちの放送はないんですか?」
「大丈夫!その為にてっちゃんがいる!」
純さんがビシッと松沢くんを指さした。いきなり名前を呼ばれた松沢くんが顔を上げてこちらを見た。
純さんが「呼んでないから!」と言うが、いきなり名前を呼ばれた方は気になるよ。俺は純さんに目配せしたが、純さんは「お願ーい!」とVサインを大きく振った。
「・・・ですね」
純さんのテンションは上がる一方だ。このままだと純さんの可愛らしい口から、「4日間、ミッチーに会いたいよーっ!」が飛び出しかねない。
「わかりました。手配しますね」
「ありがとう!真央ちゃん!愛してるよ!」
純さんはガバッと俺に抱き着いて、バンバンと背中を叩いた。未知久なら何とかなるだろう。いや、何とかしてもらわないと純さんのモチベーションがだだ下がりしてしまう。
今の所、俺と藤代未知久が何かしらの関係があるとは松沢くんには知られてはいないようだ。
一応、未知久が住んでいるマンションの他の部屋に俺も住んでいるという設定だが、松沢くんには俺と未知久とが知り合いとかは言ってない。
だが純さんの机の上は、『MIT-3』のCDやライブグッズで溢れている。ロッカーの中には未知久のブロマイドや雑誌の切り抜きが貼られているし、ツイッターのアイコンも未知久だし。松沢くんもいずれは「俺と未知久が知り合い」くらいの情報は得るだろうな。
社内でライブがどうの、チケットがどうのと言っていたら、勘の良い人なら気が付くよね。実際に俺たちが遠縁とか昔馴染みという噂を聞いた社員さんから、「ライブチケット何とかなりませんか?」と頼まれたりもするし。
とにかく俺と未知久が一緒に住んでいて恋人同士だ、なんていうスキャンダルな情報が松沢くんの耳に入らなければいいのだ。
帰社する時に純さんを呼んだ。
「純さん、会社では困ります」
「そう?」
「はい。特に松沢くんには注意しないと!」
「ああ!ごめん、ごめん!急いで言わないと、と思ってさ!」
「今度から自宅から電話してください。チケットは何とかなりますから」
純さんは手を擦り合わせながら謝った。何せ、ライブチケット4日分だからな。
「早く言わないとさ、良い席がなくなっちゃう!」
「もし、ですよ?もし色々バレてしまったら、チケットの融通も出来なくなりますからね?」
「ええっ!どーして!?」
純さんは悲壮な顔で俺の腕にすがった。
「当たり前じゃないですか?事務所が許しませんよ。今は『NMW』と『from.N』のCM契約があるから純さんには良い席を準備出来ますけど、もし純さんの口から俺たちの関係がバレたとなれば、事務所は良い顔をしませんよ?」
チケットの融通が出来なくなる、と言うと純さんは蒼白になった。口をポカンと大きく開けてあわあわしている。
『MIT-3』のライブのチケットは、ファンクラブの会員でも情け容赦なく落選するプラチナチケットなのだ。純さんは毎年、未知久が準備するアリーナ席でライブを楽しんでいる。それが手に入らなくなると、くじ運の悪い純さんはライブには行けなくなるのだ。
純さんの開きっ放しだった口がやっと閉まった。今頃気が付いたのか?
「・・・だよね!だよね!うん。そうだよね!わかった、俺は貝になる!」
前にもそう言ったよね?
「お願いします」
「了解!」
ピシッと敬礼した純さんは可愛いんだが、今一つ信用出来ないというか・・・。いや、信じるしかない。
俺は駅へと急いだ。
今日は未知久は京都に泊まりだから、おばあちゃんの所へ寄るつもり。おばあちゃんと一緒に美味い寿司でも食べようと、お寿司屋さんを予約していたのだ。
ダッシュで駅へ向かう俺を、後ろから呼ぶ声が聞こえた。
「片平さーん!」
「えっ?」
振り返ると松沢くんが追い掛けてくる。
「松沢くん!どうしたの!」
「一緒に帰りましょうよ!」
ハアハアと息を切らせながら俺は、「ごめーん!適当に追い付いて!」と駆け出した。彼を待っている余裕はないのだ。追い付いたら同じ電車に乗れるし、間に合わなければ次の電車にどうぞ!
なんてね・・・。スポーツマンの彼が追い付けないわけがないよね。追い付けないどころか、逆に追い越されたし。
「片平さん、もしかして運動音痴ですか?」
「失礼だな。君はついこの前まで現役でサッカーやっていたんだよね?俺は最近、走ってないから」
「そうですか」
電車のホームに並び汗を拭いている俺と、涼しげな顔で白い歯を見せて笑う松沢くん。ちょっと悔しいが、運動不足は否定出来ない。今夜から未知久のランニングマシンを使おう。
「松沢くん、早かったね」
「ええ」
「さばけてるなあ!」
「ええ。要領だけは良いんで」
「あははっ」
うん、そんな感じ。
「片平さん。今から飯、一緒に食いませんか?」
「ごめん!俺、今夜はおばあちゃんとお寿司屋を食べに行くんだ」
「へえ!寿司か。いいなあ」
そんな言い方をしても誘いはしないよ。あのお寿司屋さん、高いんだから。
「松沢くんは来月から給料が上がるから、自力で食ってね。俺、先輩だけど君より給料低くなるから」
夜間勤務手当が減るから、給料はガーンと下がるのだ。
「あはっ。好きだな、そういうサッパリした性格」
「そう?」
「ええ。可愛い顔して結構毒舌だし、たまーに純さんや社長に驚くような毒を吐いてますよね?」
「ええっ?そうかな?」
「見た目を裏切る感じ、好きです」
「それはそれは」
「じゃあ、明日は?俺、給料が上がるんで奢りますから」
「後輩に奢られるの?嫌だな」
男の沽券、ってやつはあるんだよね。
「いいでしょう?昨日MCの寺崎さんから、もっと服の見せ方を研究しろって、叱られたんです。コツを教えてくださいよ」
「純さんに習えば?」
「純さんは自分で何とかしてね、って言うだけなんです」
後輩に頼りにされるって、なんかいいな。
「じゃあ、割り勘なら」
「いいですよ。じゃあ、明日!」
「うん」
「絶対ですからね?」
「うん」
未知久は明後日しか戻らない。一人でご飯を食べるのは、寂しいんだよね。
*****
ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ!
日高千湖
ランキングに参加しております、良かったらポチッと押してやってください♪
↓
にほんブログ村 ありがとうございました!
- 関連記事
-
スポンサーサイト
鮑男(笑)オオカミじゃなくて?
王子さまは現在京都でーす!飛んで来られるかしら?
怜二くんも誕生日は来るけどサザエさん化しておりますので、おばあちゃんもそうなるのではないでしょうか?
肩から肘にかけて痛くて、どうしようもありませんwww騙し騙しでやっておりますので、時々お休みさせて頂きます。ご心配下さってありがとうございます!
皆さまから応援コメントを頂いて、励みになっております。
拍手&コメントありがとうございました!