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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

合縁奇縁・21

 『滝山産業』の関係先に一軒立ち寄り、信吾社長と共に《花宴》に到着した。

《花宴》は14時でオーダーストップ。店にはまだ残っているお客さまもおられるが、ランチミーティングの為に個室が準備されていた。部屋に入るとすでに山下常務、綱本室長、黒川店長、佐井寺店長が揃っておられた。

「皆、早いね」

信吾社長がそうおっしゃると、黒川店長がすかさず「社長が遅いんですよ」と気安く返す。

「俺、遅れた?稲村くん」

「いいえ」

ピッタリ2時のはず。慌てて腕時計を見ると、綱本室長が「黒川店長、稲村くんをからかわないでください」と笑っておられる。やはり僕がからかわれたのか。

黒川店長は僕を見てクスッと笑っておられる。僕はこの人の所為で調子が掴めないでいるというのに・・・。

 信吾社長はジャケットを預かった僕の肩をポンと叩くと、「君はこっちね」と山下常務の隣の席を勧めてくださり、ご自分は綱本室長の隣にお座りになった。

山下常務は隣に座った僕を労い、黒川店長を睨む。

「稲村くん、今朝はありがとう。君たちは遅れてなどいませんよ。黒川の悪い冗談だ」

「ありがとうございます」

ニヤニヤしておられる黒川店長と目が合う。「よう」と片手を上げた黒川店長には軽く頭を下げ、佐井寺店長とも挨拶をした。黒川店長の視線はさり気なく綱本室長へと向かって止まる。そして僕を見た。

黒川店長の口元が緩み、ニタリと動く。面白がっているのがわかって悔しいが、ここは我慢するしかない。

 信吾社長は星望学園での会議の資料を綱本室長に手渡して、「意見が纏まらないから困ったもんだよ」と苦り切った表情をされた。黒川店長が席を立ち、外にいたスタッフ指示して準備されていた料理が運ばれてくる。

「例の倉和奏さんの件ですか?」

「そうなんだ。元々『大倉メディアクリエイティブ』に所属している倉和奏のスケジュールを抑えてあったんだが、関連企業に『ステップ』を抱えている谷町さんが反対と言いだした。ついでに、倉和くんには《BIZAN堂》が大反対を唱えている」

「倉和さんと美山の一人息子さんとの関係が尾を引いているわけですか?」

「そうだ。本来ならば、美山側が倉和くんを盛り立ててやらなければならないんだが、拗れてしまっているようだ。大倉さんもその辺りの事情をご存じのようで、一歩も引かないんだ。倉和くんの後ろに井上会長がおられるものだから、大倉さんが強気でね。ほら、怜二と仲が良い辰弥くんと大倉会長のお嬢さんの縁談があるとも聞くしね」

「成程」

倉和奏さんと井上辰弥さんは恋人同士だ。

2人には年に何度か《シェーナ》で食事して頂くが、倉和奏さんが出入りする時は裏口を利用して頂く。時には怜二さんが同席して、2人の関係を悟られぬようにしている。

「困ったよな。同窓会会長の井上会長には縁談が進まない負い目もあるのか、『ステップ』が推す『MIT-3』の出演には難色を示しておられる。『田原プロモーション』はそこへ自社の所属タレントを捻じ込もうと働きかけてくるし」

「田原社長は誰を推しておられるのですか?」

「社会学者の是枝佳津佐さんだ」

テレビでもひっぱりだこの星望学園大卒のイケメン社会学者なら誰も文句は言えまい、という田原社長の戦略だ。

「創立記念行事に『MIT-3』では軽過ぎる、倉和くんでは反対派が多過ぎる。折衷案として田原社長が首を突っ込んだ形だ。だが長は井上会長だからな」

「しかし井上会長の独断では押し切れない、か」

「そうなんだよな。いっその事、倉和奏と『MIT-3』は白紙に戻して他大の出身者ではあるが去年のノーベル化学賞受賞者に記念講演をお願いしたらという意見まで出てしまった。そうなると、田原社長の思惑が大当たりってところだ」

混沌とした会議だな。同窓会内部の覇権争いも絡んでいるようで、単なる"記念行事"では済まない所が星望学園たる所以か。

「ケンカにはならないが冷戦状態。だが水面下では交渉が進んでいるようだ。来週には決着するだろう」

「そうですか」

「田原社長は兄に猛プッシュしているが、兄が相手にしていないからな。後から乗っかろうとするのが気に入らないようだ」

「会長はご気性が真っ直ぐですからね」

綱本室長の低い声に導かれるように僕は顔を上げた。山下常務を挟んでその向こうに座っておられる綱本室長の横顔を伸び上がってでも見たくなる。

どうしよう・・・。

「稲村くん」

「・・・は、はい」

隣に座っていた黒川店長に声を掛けられてハッとした。

「清家先生に頂いた本は読んだか?」

「えっ・・・。新刊本なら今日から読んでおります。まだ序章ですが」

「俺も。今までの作品とは雰囲気が違うよな」

「私は大学生探偵しか読んだ事がございませんが、あのシリーズとは全く違っていますね」

良かった・・・。

声を掛けられなければ、僕は綱本室長を見つめ続けていた。隣に座っておられる山下常務の表情を窺いたかったが、まともに横をむけない。山下常務は聡いお方だ。

山下常務が「俺は半分まで読んだよ」と、会話に入って来られた。

「作風がガラリと変わったよね」

「今のところ、ファンタジーなのかミステリーなのかわからないんですよね。山下店長、半分まで読み進んだのなら犯人を教えてくださいよ」

「嫌だよ。世界で一番無粋な人間にはなりたくないからね。それに犯人はまだわからない」

「そうですか?山下店長、犯人当てはお得意でしょ?」

「稲村くんや西谷くんも読んでいるんだ。言うわけがない。後でお前にだけ教えてやるよ」

「ははっ。お願いします」

「序章しか読んでないクセにミステリーの犯人を知ってしまうなんて、最悪だろ?」

「あははっ」

黒川店長に助けられた。チラリと見るとニヤリとする彼に、心の内を見透かされているようで居心地が悪いが、席が隣で良かった。


 ランチが終わり、黒川店長が事務所に呼ばれて席を立たれた。

社長たちの話しは長くなりそうだ。僕は迷わず黒川店長を追った。

 事務所のドアをノックして中に入ると、黒川店長は電話中だった。僕がなぜ追ってきたのか理由を知る彼は、黙ってソファーを指さす。

電話の内容はわからないが、相手は業者のようだ。

黒川店長は《サラダボックス・B》の社長に内定しており、現在は《花宴》の店長と《サラダボックス・B》の責任者を兼任しておられる。今、一番忙しいのは間違いなく彼だ。

「はい。では指定通りにお願いします。失礼します」

僕の顔を見ながら簡略に電話を終えた黒川店長は、「バーカ」と一言。そう言われても仕方がないな。僕は立ち上がって頭を下げた。

「先程はありがとうございました」

「ホント、クソ真面目だな」

つまらない人間だと思われているだろう。黒川店長のような軽薄な方にどう思われようと知ったこっちゃない。クソ真面目で結構だ。開き直った僕はクソ真面目に頭を下げてやる。

「申し訳ございません」

素直に礼を言った自分がバカバカしくなってくる。

「あんな物欲しそうな顔をして綱本さんを見ていれば、誰だって気が付くぞ」

「物欲しそう、ですって!?」

「ああ」

黒川店長はニヤリとした。本当に人を食った方だ。こんな人とは一生友人にはなれない。

「そのような」

「事、あるね。精々、山下店長にバレないように、頑張れ」

「そのような!」

「事、あるね。残念ながら、稲村くんは綱本さんから目が離せないでいた。違うか?」

「違います!それはあなたが!」

「俺が何かしたか?真面目な顔をして社長の愚痴を聞いていただけだが」

「あなたが変な事をおっしゃるから!」

「俺が?いつ?君はさっきの礼を言いここまで来たんだろう?俺に助けてもらったと思ったんじゃないのか?」

ダメだ。完全に墓穴を掘っている。

「・・・」

「あんた、わざわざ俺に礼を言う為にここへ来たんだろう?」

「ち、違います。先日のお礼を」

見当違いの事を言い出したのが可笑しかったのか、黒川店長はクスッと笑った。その笑い方がまた憎々しい。

「礼なら何度も聞いたから、結構です」

「そ、それから、変な噂が立たないようにお願いします。あなたとデートしたとか、困ります」

「へえ!そっちでいいのか?綱本さんに惚れてるって方はしゃべってもいいんだな?」

誰もそんな事は言ってない!

「そこも含めての"変な噂"ですよ!」

黒川店長は含み笑いをしながら、悠々とソファーに座った。

「へえ・・・。高いよ?」

「はあ?」

「口止め料」

「口止め料?」

黒川店長は目を瞑って尖らせた自分の唇を指差した。

「バカな事を」

「だから高いと言ったじゃないか?ガキにはハードルが高過ぎて払えまい」

「ハードル?高過ぎる?私は子どもじゃありません!高過ぎる事はありません」

完全に挑発に乗ってしまった。僕の記憶が正しければ、大学時代に石場と交わしたキスが最後だった。完全に初心者じゃないか。
 
*****

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おい、こら。倉和奏と美山の関係がわからんぞ!!とおっしゃる方はこちらへ→末摘花の色に出でなむ【目次】

昨日、実写版『窮鼠はチーズの夢を見る』の予告映像を観て悶絶した日高です(笑)大倉くんがっ・・・。

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