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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

合縁奇縁・91

 途中のコンビニで弁当を買い、先生のマンションに向かった。

玄関には一週間の滞在でもOKなくらいのスーツケースが置いてある。2泊3日にしては大き過ぎる。

「荷物、多くないですか?」

「いつもこんなもんだよ」

「そうですか」

「資料も持って行くし、延泊する事もあるからね」

「延泊?僕は延泊は出来ませんよ」

「わかってるよ。その時は俺だけ残るから」

「そうしてください」

「寂しいけど」

「仕方がありませんよ」

不満そうな先生から弁当を受け取り、電子レンジに入れて温める。その間に先生は風呂に湯を張る。

ブーンと音を立てる電子レンジ。それ程広くはないキッチンには必要最低限の調理器具しかない。先生も僕も積極的に自炊してこなかったのでそれでも問題はない。僕専用の箸とマグカップが増えたくらいのものだ。

「自炊か」

平日ここに泊まる時は、早く起きて車で送ってもらう。その点は先生に負担を掛けている。朝食と言ってもコーヒーとトーストと卵とかインスタントの味噌汁やスープで済ませている。

「一緒に住んだ方が都合がいいんだけど」

『S-five』に勤め続けたとしても、僕が電車で通勤すればいいだけだ。だが、別れた時は?それを考えると同居には二の足を踏んでしまう。

「そう、そう!そのとおり」

振り返るとバスルームからリビングへ戻る途中の先生がいた。

「ああ、居たんですか」

「俺はずーっと言ってるだろう?もう少し広い部屋を借りて一緒に住もうよ」

優しい微笑みだ。

「僕も前からそう思ってはおりましたが」

自宅に編集さんが尋ねて来る事もある。同居人が男というのは都合が悪くはないか、という言葉は一旦飲み込んだ。

 狭いキッチンに入ってきた先生は、当然のように僕の背中に張り付いて体重をかけてくる。

「重い」

「いいじゃないか。ここ、狭いし」

狭いのを言い訳に腕を僕の胸の前でクロスさせ、肩に顎を乗せる。こういう甘えた仕草をすると、やはり年下だなと思う。

「まあ、いいですけど」

首筋に熱い息が掛かる。呼気が耳に触れる。電子レンジがチンと邪魔をした。

「いいんだ?」

「ええ」

「悩んでるのか?」

「いえ、別に。離れてください。温まりましたよ」

悩んでいるのだ。本当は。

「山下さんがあっさりと休みをくれたのがそんなにこたえたのか?」

そっと髪を撫でる手。微かに香る先生のオーデコロン。こうして甘やかされるのは嫌いじゃない。

「いえ」

「君は有休の消化率も悪いし冬休みも取らない。君が冬休みを取らないから自分たちも言い出し難いとおっしゃっていたよ」

「そんな事を?」

「山下さんらしいけど」

「山下常務らしい?」

「うん」

その言葉を先生の口から聞けば、僕に休みを取らせる為に言っているというふうに聞こえるが山下常務は僕の所為にするような言い方はしない方だ。

「そうですね。山下常務は僕が"辞める"と言い易いように動いておられるようです」

「じゃあ、辞めれば?」

「辞めたくはないのです」

先生は「ふうん」と言うとギュッと抱き締めた。

「僕は辞めたいとは思ってはいません。でも、今の先生の状況を思えば、やはり誰かが傍にいなければと思うんです。山下常務はそれを察しておられるようです」

「君が辞めたらあの人が困るんじゃないのか?」

抱き締めていた腕が離れていく。腕はそのまま電子レンジに伸びてドアを開けた。

「あっつ」

「優秀な方ですから。僕などがお傍にいなくとも、完璧に業務をこなされるでしょう」

事務用ソフトウェアも良いのがあるし、次の人が決まらなくとも困る事はあるまい。

だが黒川店長がおっしゃっていたようにギリギリのギリギリまで弱音は吐かない方だ。無理をして体調を崩したりなさらないか、それだけが心配だけど・・・。

「黒川店長がいらっしゃるからな」

「黒川さん?」

「ええ。なんとかなるのかな?」

「俺だって一人でもなんとかなるよ。担当さんもいるし、スケジュール管理が面倒臭いから芸能事務所に所属したっていいし」

「そうですか?」

「ああ」

先生は温まった弁当を引っ張り出した。

「ギャラの交渉とかもやってくれるし、それの管理もしてくれる。俺に向きそうな仕事を取ってきたり。個人なら事前にどんな仕事の内容なのか確認して自分で受ける受けないを判断するけど、事務所にこれはNGこれはOKと基準を伝えておけばいいだろう?自分のギャラの取り分は減るけどね」

「そうなんだ。そういう手があったのか」

先生は、しまったという顔をして僕を見た。

「・・・いや、もうなんとかならない!俺はお手上げだ!典孝がいないと俺は過労死してしまう。もう書けない!」

「あははっ、甘えないでください。芸能事務所に所属すればいいんでしょう?『田原プロ』ならいつでもご紹介しますよ」

「結構です」

そうきっぱり言うと、「腹が減った。お湯も沸かして」と先生は温めた弁当を持って小走りでリビングへ向かった。

「ずるいぞ」

「ずるくない」

先生の言うとおりだ。

「気が付かなかったな」

だが山下常務はそういう事にはすでに気が付いておられたに違いない。

「難しいな」

「おーい!お湯が沸いたら味噌汁をお願い!」

「はーい!」

先生のお気に入りの茄子の味噌汁の封を開けてカップに入れ湯が沸くのを待った。


「しかめっ面して」

「ごめん」

箸を置いて立ち上がった先生はキッチンでガサガサしている。しばらくして戻ってくると、僕の前に茄子の味噌汁を置いた。

「飲めば?」

「ありがとう」

「やっぱ、これが一番好きだ」

「ええ『朱鷺の香』の新作です。美味しいですよね」

「うん。どうして難しい顔をしてるの?」

「僕は・・・あなたの傍で仕事をしたくもあり、今のままでいたくもあり」

「辞めたくないんだろう?無理をしなくても良いから」

「でも・・・。その・・・違う人を雇うのも・・・」

「気に入らない?」

「ええ」

「うーん」

「ほら、難しいでしょう?」

「難しくはない。味噌汁、飲めよ」

促されて手に取ったカップからはふわりと柔らかな味噌の香りがする。懐かしい香りだ。この香りは家族を思い出させる。家族から離れてもう10年以上経った。

「要は考えるな、って事じゃないのか?」

「考えるな、ですか?」

「そう。典孝は考え過ぎて空回りするタイプだからな」

「まあ、そうだけど」

新しい家族だ、と考えてもいいのかな?

別れたら?

また振出しに戻るのが怖いけれど・・・。

独りになるのは怖いけれど・・・。

その時僕はやり直せるのかな?

「僕は・・・いつでもやり直せるのかな?」

石場の呪縛を振り解いたように、新たなドアを開けられるのかな?

「ああ」

「先生と別れて独りになっても、また自分で部屋を借りて、寂しい、寂しいと繰り返しながら次の人を待つのかな?」

「おい」

「はい」

「どうしてそこまで飛躍した?」

「飛躍しましたっけ?」

「しました」

「すみません」

「そんなつまらない事を考える暇があったら、今、この瞬間、目の前にいる俺の事を考えてよ」

「・・・はい」

「今のところ、俺は別れる気はないし、典孝と一緒に住みたい。ずーっと一緒にいたい。君が『S-five』で今までどおりに勤務しようが、俺の事務所で働こうが気持ちは変わらないんで」

「あ、ありがとうございます」

「なっ?君の考えている事はどうでもいい事だろう?俺が一番だろう?」

味噌汁の湯気の向こうに未来が見える。

*****

ご訪問ありがとうございます!ごゆっくりお過ごしくださいませ!

えーーーーっと、サボっていました。すみませんでした。気分が重いというか、乗らないというか・・・。全く違うお話を書いてみたり。次回、最終話となります。

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コメント
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2020/07/03(金) 08:10 | | #[ 編集]
Re: 鍵コメ・Rさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメ・Rさま~いらっしゃいませ♪

Rさま、お返事が遅くなりまして大変申し訳ございません!!いつもいつもすみません。そして優しいお言葉をありがとうございます!!こうやって一言掛けてくださる方がいらっしゃるから、ブログも続けていけます。

最終回なんですが、またまたお休みしてしまって、すみません。野暮用が多過ぎてww
稲村くんも迷いながらも成長しているので、ちゃんと考えてくれるかと思います。最終回をお待ちくださいませね。コメントありがとうございました!!
2020/07/05(日) 23:19 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
拍手鍵コメ・aさま~いらっしゃいませ♪
aさま、いつもありがとうございます!!

ちょっとサボリ癖がついてしまって、更新が滞っております。

そうですよね、色々考えてしまいますよね。稲村くんの言葉が重なってしまいましたか?

日高は賑やかなオチャラケな家族に囲まれて、最近は本当に自分の時間がなくて更新も滞ってしまってます。一人が良いなあ~と思いますが、一人になると寂しくもありますよね。自分の都合の良い時にだけ一緒に居られればそれが一番ですけどね。

稲村くんを応援してくださってありがとうございます。よろしくお付き合いくださいませね。拍手&コメントありがとうございました!
2020/07/05(日) 23:44 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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2020/07/09(木) 00:31 | | #[ 編集]
Re: 鍵コメさま~いらっしゃいませ♪
鍵コメさま、いらっしゃいませ。

更新が滞ってお待たせしてしまって申し訳ございません!!頑張りますのでボチボチ遊びに来てくださいませね。コメントありがとうございました!!
2020/07/10(金) 22:40 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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