壁の上の方には小さな窓が並んでいる。
そこから見えていた夜空が白み始めて朝が来たとわかった。
一人暮らしだから俺が帰宅しなかったのを誰も不思議には思わない。スマホは没収されてしまった。手首は拘束されたまま。
出入り口には2人の男。ヤツらは偉い人から見張っていろと命じられている。倉庫のような所は寒くて、それが不満な2人は俺に向かってブツブツと文句を言っている。
偉い人が立ち去る前に「素人さんだから丁重に扱え」と言ってくれたので殴られたりはしないが、それも面白くなさそうだ。彼らの足元には電気ストーブが置かれているが俺にはない。寒さで眠れなくて、白々と明けてゆく空の変化を眺めていた。
陽が上りすっかり明るくなった頃、朝食が運ばれてきて見張りは交代した。
俺の飯は菓子パン一つとストロー付きのウーロン茶一本だ。スマホにメッセージが入ると男たちが内容をチェックしている。
こんな時に限って叶多から連絡が来たりして・・・。
まあ、ないな。弓川くらいのもんだろう。
俺はどうなるんだろう。
江原寿美子が借金を返してくれればいいんだが、そうしたくないから行方をくらませたわけだ。叶多は江原社長の息子の学費くらいは出してやってくれと頼んだと言っていたが、それはどうなったんだろうか。
寿美子が株で稼いでいたような事を言っていたが、川西組もそれを察知しているだろうか。
見張りはスマホゲームに熱中している。その様子を見ていたら情けなくなってきた。
「はあっ」
「煩いぞ」
「すみません」
溜息くらいいいじゃないか。
「あの」
「なんだよ?」
「ここは川西組ですか?」
「だったらなんだよ!?文句あんのか!?オラッ!」
「知りたかったんです。すみません」
ここは間違いなく川西組で俺は生かしてもらってる、って感じだ。蹴られないだけマシだ。
「黙ってろよ!」
「うっせえんだよ!」
「すみません」
「大人しくしてろや!」
「はい」
どうしようもないな。偉い人に超ご機嫌な事が起きて、「素人のお兄さんはお帰り下さい」と言ってくれるのを祈るしかないか。
昼になり、誰が握ったかわからない歪な三角おにぎりが2つ運ばれてきた。味には言及したくない。ないよりはマシだ。
例の偉い人は顔も出さない。見張りは食事を運んできた者が交代していくが、俺の処遇は決まっていないようだ。見張りに聞いても無駄だとわかったので口は利かない。
美味くもないおにぎりをモソモソと食べていると、見張りの一人が近付いてきて声を掛けてきた。
「おい」
「はい」
見張りの若い男は気さくな様子で声を掛けてきた。俺のスマホを目の前でブラブラさせている。
「お前のスマホに荷物をどうするかってメッセージが届いてるぞ」
「荷物?」
弓川だ。
「何度もメッセージが届いてるからさ、返せば?」
「良いんですか?」
「おう」
「ありがとうございます」
「俺が打つけど」
「お願いします」
助けてくれ、と送りたかったが『荷物は預かっておいてくれ』と打ってもらった。
「ありがとうございます」
若い男は元が気の好い性格なのか、俺にニカッと笑ってみせた。まだ幼さの残る顔は、どう見ても20歳前か20代前半だ。
「お前、帰れるみたいだぞ」
えっ?それ、どこ情報だよ?
「本当ですか!?」
「おう。北岡さんが言ってたぞ」
「北岡さん?」
「お前、話ししただろう?」
「スーツの人ですか?」
「そう」
「あの人が組長さんですか?」
「違う。うちの本部長だ」
「本部長?」
「偉ーいお方だ」
話し過ぎたのかもう一人の見張りが大きな声を出した。
「おいっ!余計な事を言うな!」
「わかったよ」
若い男は俺にペロッと舌を出して見せて立ち上がった。
「ありがとうございました」
顔をクシャリとしてみせて男は元の位置に戻っていく。帰れるのは嬉しいが、もしかしたら叶多親子が見つかったから帰れるのかもしれない。
その後は若い男も話し掛けてこず、ただ黙って窓を見上げて時間が過ぎるのを待っていた。陽が傾き始めて空の色が変わった。
それと同時に外の様子がバタバタしている感じになり、空が暗くなった。そろそろ夕食が運ばれてきて見張りが交代する、そう思っていたが一向に交代する気配がなかった。
外から人が見張りの一人を呼びに来て、見張りが一人になった。残ったのはさっき声を掛けてきた若い方だ。
「すみません」
「なんだ?トイレか?」
もう一人がいた時はぶっきらぼうだったが、急にフランクな感じになった。
「飯、まだっすかね?」
外が慌ただしいとか言うと怒りそうだから、ここはそう言っておこう。
「腹が減ったのか?あんた、この状況で飯の心配するなんて度胸があるな」
スマホゲームに夢中になっていた男は、手を止めて感心したように言った。
「そんなもんはないですけど。人間なんで腹は減りますよ」
「今、兄貴が呼ばれて行ったから交代だよ」
「ああ、良かった!こんな時でも腹だけは減るんですよね。トイレも」
「便所、行く?」
「いいですか?」
「おう」
トイレだけはここにはなく一旦外に出て隣の棟に移動する。何かわかるかもしれない。
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