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『夢見月夜曲』は日高千湖のオリジナルBL小説ブログです。

さやさやと流るるが如く・102

 ショーの当日は朝8時に店に集合したが、昼食までの記憶があまりない。あまりに慌ただしく、挨拶もそこそこに準備が始まった。北野さんや張本さんともろくに顔を合わせる事も無くて、ただただ準備を進めている。

店内の椅子やテーブルを片付けてランウェイを作りリハーサルが始まった。その間も大磯さんは丈やウエストの位置を直したりと修正に追われていたし、音響、照明の担当者と打ち合わせをしていたら時間はいくらあっても足りない。

 俺は店の入り口に置かれた受付で招待客に渡すショーのパンフレットと粗品のノベルティを準備したり裏方の仕事に集中していた。

昼食もモデルや手伝いの人に先に食べてもらい、俺が弁当を広げたのは午後2時だった。3時半には客が集まり始めるから悠長にしていられない。

「緊張してきた」

俺の隣で弁当を食いながら北野さんは胃の辺りを擦った。

「そうですね。こういうの俺も初めてなんで、勝手がわからないんですよね」

「だろ?『下津浦物産』は内覧会はやるが実際にモデルが着て歩いて見せるわけじゃなかったからな」

「そうですね。トルソーが見本を着て並んでるだけですからね」

客席の椅子の間を気取って歩くモデルたちを目で追いながら北野さんが呟く。

「本番は大丈夫かな?大磯さんはまだ修正してるんだぞ?」

「張本さんはこんなもんだって言ってましたけど?」

「間に合うのか?」

「大磯さんはデザイナーですから。自分で納得出来ない作品は披露したくないんですよ」

「そういうもんかなあ?」

「オーディションでモデルを選んでますけど、いざ着せてみたらイメージが違ったとか言ってましたからね」

「ふうん」

「細部にまで拘りたいんですよ」

「そうか」

「そうですよ」

俺にもよくわからないけどね。

胃を擦っているわりには北野さんの食欲は落ちていない。すでにほとんどのおかずが北野さんの腹に収まり、残りは一口、二口分の白飯だけだ。

「永瀬。その適当な『そうですよ』は止めろ」

適当に返事をするしかないんじゃないか。

独立したばかりの大磯さんにとって今日は正念場だ。これまでは某ブランドの何人もいるデザイナーの一人でしかなかった大磯さんの今後を占う大一番。一番緊張しているのは大磯さんだ。

「大磯さんは飯を食ってないんだよな」

「緊張してるんだよ」

「まあ」

「俺の緊張もMAXだよ」

また胃を擦っている。大磯さんにも何か食べてもらわないと。弁当が重いようなら、軽くつまめるサンドウィッチとかおにぎりを調達して来よう。そう考えて俺は箸を置いた。

「北野さんが緊張してどうすんですか?」

「お前さ、俺が臨時のアルバイトだからって、冷たくないか?その態度」

「弁当、足りましたか?足りないんならコンビニで何か買ってきましょうか?」

名残惜しそうに最後の一口を口に運び、俺を恨めしそうに見た。

「俺、ダイエット中なんだ。タバコを止めたら腹が出てきた」

悲しそうに腹を擦る。

「健康の為にも頑張ってくださいよ」

「でもなあ・・・」

「緊張してこれ以上は食べられないんでしょう?」

「そうなんだけど」

寂しくなった弁当を見ながら溜息を吐く北野さんが可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。

「あははっ」

「何で笑うんだよ」

「足りないんでしょう?」

「いや、大丈夫」

空容器を乱暴にグシャッと潰して、北野さんはビニール袋に入れた。

「ダイエット中ですから」

「俺の朝のパンが一つ残っていますよ。食べますか?」

「もらってもいいのか!」

メロンパンを差し出すと北野さんは顔を輝かせた。

「ええ。途中で倒れられたら困りますからね」

「ありがとう!永瀬」

多目に購入していたペットボトルの中から甘そうなコーヒーを持ってきた北野さんは、嬉しそうにメロンパンに食いついた。

「美味いな」

「でしょ?俺の奢りだから余計に美味いでしょ?」

「うん!うん!」

現金な人だ。さっきまで「緊張する」と言って胃を擦っていたのに。

「じゃあ、俺はゴミを集めて回りますから」

「うん。俺も食ったらやるから」

「はい、お願いします」

ゴミ袋を持って控室を回る。大磯さんはまだドレスと格闘中だ。

 階段を上って地上に出ると、陽が燦燦と降り注いでいた。

「良かった、天気は良い」

店の入り口にはいくつものフラワースタンドが並んでいる。もうすぐ3時だ。俺は箒を使って階段を掃き清めた。


 3時半くらいから招待したマスコミや雑誌編集者が来場し始めた。15分前にもなると最前列と2列目の席は空きがなくなった。

「良かったですね。15分前でこれなら開始時間には満員じゃないですか?」

「そうだな。出だしは好調だな」

「予備の椅子をすぐ出せるようにしておきます」

「頼む」

「大磯さんはどうですか?」

「かなり緊張してる。あいつがランウェイを歩くわけじゃないからいいが、ガチガチだよ。最後の挨拶は大丈夫かな?」

「経験があっても自分のデビューとなると緊張するんでしょうね」

「そうだな」

会場には大音量ではないが音楽が流れていた。ズンズンという腹に響く低音が心地良く感じられる。照明係がスポットライトのテストをしたり、司会者がマイクの調整をしている。

スタッフ側が作っている高揚感に招待客の期待感が加わって、好い感じで盛り上がっている。

「雰囲気はいいですよ」

「そうか?」

「ええ、良い意味で緊張感もあってお客さまの表情も良いし」

「そうだな、うん」

後方には脚立が並びカメラマンがその下で準備している。

「本格的だなあ」

「大磯がファッション業界で期待されている証拠だ」

誇らし気な張本さんは知り合いのバイヤーを見つけて挨拶を始めた。


 予定時間の5分前になると席は完全に埋まった。5分前からはスピーカーの音量が上がり、否応なく気分は高揚してくる。客席のざわめきを愉しみながら、俺は予備の椅子を壁際に並べた。

「もうすぐだな」

「ええ」

駆け込んでくる招待客を席に案内し終えて受付に戻ると、唐突に照明が落とされて会場は真っ暗になった。

「始まったな」

「ええ」

鳥のさえずりが聞こえてくる。リハーサルどおり白い衣装のダンサーがメインステージに飛び出していく。

「うわあっ。本番は違うな」

北野さんが感心したように言った。

「そうですね。リハよりもカッコいいですね」

「うん」

店の出入り口から目を離し、俺と北野さんはショーのイントロダクションに見入っていた。

「俺、見てきていい?」

北野さんの気持ちはとうにステージの方に向かっている。

「どうぞ」

遅れて来る客もいるから、俺は受付と会場の両方を見ていた。

 ズンズンと響く重低音。声にならない感嘆の声と拍手。ステージを彩る光の渦と華やかな衣装に身に纏ったモデルたち。ひらひらと飛び回る蝶のような彼女たちの衣装の裾。

「叶多にも見せたかったな」

喜んだだろうな。

そう思った。

確かに思った。

願った。

階段の上の方で人の気配がして顔を上げた。

「・・・えっ」

そこには見知った3人の姿があった。

*****

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コメント
拍手鍵コメ・Rさま~いらっしゃいませ♪
Rさま~いらっしゃいませ♪

さあ、誰でしょう!?日高はもしや下津浦親子&厚志では?と睨んでおります(笑)←A案

次話をお待ちくださいませね~!!

拍手&コメントありがとうございました!

2020/10/23(金) 17:04 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
拍手鍵コメ・お名前なしさま(10月23日午前9時26分)~いらっしゃいませ♪
拍手鍵コメさま、いらっしゃいませ♪

誰でしょうね?どうなるんでしょうね?お待ちくださいませ~~!!
拍手&コメントありがとうございました!
2020/10/23(金) 17:06 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
拍手コメ・アザミさま~いらっしゃいませ♪
アザミさま~いらっしゃいませ♪

さあ、誰でしょう!?A案は下津浦親子となっておりますけど!

今しがた歯医者さんから帰りまして、現在ボーッとしております。更新の準備が整いましたら今夜UP出来るのですが・・・。

ダメだった時はごめんなさいっ!!華恵ちゃんの必殺ごめんなさいのチューでお許しを!!

拍手&コメントありがとうございました!
2020/10/23(金) 17:09 | URL | 日高千湖 #-[ 編集]
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